1-1 「うしろの風子」と「病院の風子」(4)
「あ? いや、実はこれ、電話じゃないんだ。その……、詳しいことはあとで話すよ。とりあえず、おごるのはファミレスでいいか?」
「いや、待て。せっかくお見舞いに来たのだ。ちゃんと事跡を残しておかねばならぬ」
ハルダは大事そうにコンビニの袋を抱えている。
途中でどうしてもコンビニに寄ると言うので待っていたら、お見舞いを買ってきたと言ってこの袋を持って来た。
中を見ると女子が好きそうなチョコやクッキー系のお菓子が数点。センスの欠片も無いが、手ぶらの僕よりいいか。
ハルダに気圧されてエレベーターで上階へと上がる。
階のボタンを押すときにその横の表示を見て、『病院の風子』がいる病室は特別な病室で、普通に入っていけるようなところじゃないことが分かった。
扉が開いたエレベーターの中に流れ込むひんやりした空気。誰も居ない少し薄暗い廊下が、ずっと奥まで続いている。
僕についてきている『うしろの風子』は、いまどんな心境だろうか。
廊下の中央付近に、薄緑色の壁を背景に淡い光が漏れるガラス窓があって、その中で看護師さんがやや慌しく動き回っているのが見えた。
ナースセンターらしい。
ちょうどその前に来たところで、ピンク色のナース服を着た看護師のお姉さんがひとり、僕らを見つけて出てきてくれた。
なんか申し訳なさそうに眉をハの字にしている。
「ごめんなさい。ここから先は入れないの。キミたち、誰かを訪ねて来たの?」
「えっと、友だちのお見舞いに来たんですが。桜台風子が入院していると思うんですけど」
「あ、ああ。桜台さんはいま絶対安静で、面会はできないのよ? ごめんなさいね?」
分かってはいたが、やはり言葉に詰まる。
そして思わずそんなにひどい状態なのかとやや目を泳がすと、突然、ハルダがコンビニ袋を提げた腕をドンと突き出した。
「ふん。そんなことは分かっておる。ただせめて、委員長のためにと買った菓子を届けてもらおうと思ったのである」
「そっ、そうなのね」
「ところで彼女の容態はどんな感じなのだ? 危ないのであるか?」
「えっと……、そうね、いまは落ち着いているわ。ごめんね? それ以上はお話できないの」
「ふん」
ハルダがそう鼻を鳴らした直後、その看護師さんの少し後ろから品のいい女性の声が聞こえた。
「その制服、あなたたち、風子のお友だち?」
年格好からすれば、きっと風子のお母さんだろう。
ずいぶん小奇麗な出で立ちで、僕の母さんとはまったく違う上品な感じ。
でも、ずいぶんと疲れている様子。
『お母さん……、お母さんだ!』
イヤホンの奥に、風子の少し悲しげな声が響いた。
「ごめんなさいね。わざわざ来てもらったのに……。まだ意識が回復しないの。当分は誰とも会えないわ」
「そうですか」
となりを見ると、ハルダが菓子の入ったコンビニ袋をぎゅっと握り締めたまま、直立不動で固まっている。
「では、また来ます。お大事に」
僕がそう言って踵を返そうとすると、風子のお母さんが柔らかく微笑みながら、とても優しく言葉を投げた。
「ありがとう。あなたたち、お名前は?」
「僕は永岡です。風子さんと一緒にクラス委員をやってます」
「私はハルダであ、……いや、ハルダです。ハラダではありません」
僕らがそう返すと、お母さんの表情が突然曇った。
一度足元に落とした視線が、ゆっくりと上がって僕を捉える。
「あなたが、永岡……さん?」
その問いに僕が返事をする前に、お母さんはすっと数歩詰め寄ると、突然、僕の制服シャツの襟首をギュッと掴んだ。
ぐいと近くなった、疲れで真っ赤になった瞳。
その瞳が、みるみるうちに鋭い眼光でいっぱいになった。
『お母さん! どうしたのっ?』
風子の声はお母さんには届かない。
「そう……、あなたが永岡光平さんね。その顔、よく覚えておくわ」
低い声。
ああ、この人もそうだ。
あの少年係の警察官と同じだ。
おそらく、どう説明してもいまは理解してもらえない。
もしかしたら、一生理解してもらう事はできないのかも知れない。一度強烈に植えつけられてしまった人の印象なんて、実際そんなもんだろう。
それから僕は返す言葉を見つけられなくて、ゆっくりと頭を下げた。
そして、耳の奥に聞こえる風子の声と、燃えるように僕を凝視するお母さんの瞳に胸を締め付けられながら、僕はゆっくりと背を向けて歩き出した。




