エピローグ 仲良く並んで(3)
「えっと、コーヒーとクッキー、ここに置いておくわね?」
「ありがと、母さん」
「風子さん、よかったら、夕飯食べていかない?」
「えっ? いいんですかっ? お母さま、あたしっ、お料理のお手伝いしますっ!」
「ほんと? じゃあ、もうこのままウチのお嫁さんになって?」
「うわ、母さん、なにを勝手なことを言って――」
「あああ、あたしっ、おっ、おっ、お嫁さんになりますっ!」
「あはは。光平、よかったわねー。ごゆっくりぃー」
艶のあるフローリングには、傾き始めた陽光が描くレースカーテンの美しい波模様。
いつもの、僕の部屋。
いつもと違うのは、風子の笑顔がすぐそこにあること。
「お嫁さんだって。えへへ。あー、これこれっ、この本。ねぇ、いまちょっとだけ見ていい?」
「いいけど、劇の台本はどうするんだ? 今日と明日で書いてしまわないと間に合わないぞ?」
「もぉー、せっかく光平の部屋に戻って来たんだから、もうちょっとだけゆっくりさせてよぅ。もうねぇ、このベッドにぃー、こうやって腰掛けたかったのっ!」
ベッドに腰掛けて足をパタパタさせた風子。
僕は「はいはい」なんて言いながら、ポケットから取り出したそれをそっと机の上に置いた。
真っ白な、僕のスマートフォン。
あの日、『うしろの風子』と出会わせてくれた、僕の宝物だ。
「あー、光平のスマホ、修理から戻って来たんだねー」
「うん。昨日の夕方、ショップに取りに行ったんだ。……ん? どうした?」
「へへーん」
満面の笑みの風子。
その笑みの前で振られているのは、スカートのポケットから取り出された風子のスマートフォン。
なにがそんなに嬉しいのか、その顔を見てこちらも思わず笑みが出る。
すると風子は、その笑みのままよいしょっとベッドから立ち上がると、それから僕の前に身を乗り出して、その真っ白なスマートフォンをそっと机の上に置いた。
僕のスマートフォンの、となり。
行儀よく、そのふたつがそこに並ぶ。
「おー、お揃いお揃い」
すごく嬉しそうに笑う風子の横顔。
ドキッとした。
こんなにも……可愛かったっけ。
僕は思わずあさってのほうへ目を向けて、まぁ、これも風子のことをちゃんと理解していなかったせいだなーなんて思いながら、そのドキドキをごくりと飲み込んだ。
「どうしたの?」
「いや……、なんでもない。えっと、そうだ、写真撮ろうか。ちょっとシャレで」
「シャレ?」
「うん。風子、僕の後ろに立って」
「あ、なるほどっ」
クスッと笑った風子が、椅子に座った僕の左後ろに立って、肩にちょこんとあごを乗せた。
背景は窓の外の秋空。
スマートフォンのカメラを自撮りモードに切り替えて、ちょうど初めて『うしろの風子』に会ったときみたいに、画面にふたりの顔を映す。
「うんうん。こんな感じだったねぇ」
「さすがにあの不気味さは再現できないか。風子、もうちょっと『うしろの風子』っぽくして」
「なんですとー? 不気味とかひどーい」
そう言った風子は、なにやら僕の左隣に膝立ちになって、僕の腕をぎゅーっと抱き寄せた。
腕にちょこんとおでこが触る。
「なんだよ」
「もうねぇ、『うしろの風子』はおしまいっ!」
「ん?」
「そうっ! あたしは『うしろの風子』ではないっ、『となりの風子』であるっ」
「なんだそれ」
「いいから、早く早くっ」
ぎゅっと僕の左腕に身を寄せた風子に、僕もちょっとだけ頬を寄せた。
思い切り伸ばした右手でシャッターを押す。
なるほど。
『うしろの風子』改め、『となりの風子』か。
「ねぇ、見せて見せてっ! うわー、空がきれーい!」
つい見とれてしまった、画面を覗き込む風子の横顔。
ちょっと咳払いをして、僕も風子にそっと肩を寄せて画面を見る。
ふたり初めての記念撮影。
風子はちゃんと写真に写っていた。
これからはずっと、僕の『となりの風子』でいて欲しいな。
笑顔いっぱいの風子が覗き込んだ白いスマートフォンの中、僕と『となりの風子』の後ろには、抜けるような秋空がどこまでもどこまでも続いていた。




