4-3 それは、『想いの形』(5)
聞こえた、風子の声。
弱弱しいけど、間違いなくスマートフォンを通していない、風子の愛らしい声だ。
お父さんが、横から覗き込んで声を上げた。
「奇跡だ……。母さんっ、風子が目を覚ましたっ!」
「ええっ?」
見ると、さっきはドンと立ち上がったお母さんが、今度は立ち上がれずにあたふたしている。
その横には、諸田さんとハルダの泣きべそ笑顔。
手前では、雅が腰を抜かして床に座り込んでいた。
ぎゅっと握り返された手。
じわりと瞳を戻して、もう一度、そっと風子を覗き込んだ。
「おはよう? 風子」
「こう……へい、あたし、……嬉しい」
「喋らなくていいよ? 元気になったら、またいっぱい声を聞かせて」
うんうんと頷く風子。
そして僕がもっと顔を寄せると、風子の両手がゆっくりと僕の顔を抱き寄せた。
「嬉しい、嬉しいよぉ。光平の顔、ちゃんと……見れた」
「うん。僕も嬉しい。風子の顔、ちゃんと見れた」
「もう、光平の後ろに居るのはイヤ。顔が見られないのは絶対にイヤ」
すっと風子に抱き寄せられて、その温かい頬が僕の頬に触れた。
「光平、……大好き」
「うん。僕も」
どれくらいそうしていただろう。
さっきまで軽薄に思えていた薄緑色の壁が、ずいぶん温かみのある色に見えた。
もう、目に見えるものだけしか信じないなんて言わない。
そう思いながら僕は、この頬に伝わる風子の温もりに再び会えたことを、神さまに一生ぶん感謝したんだ。
「お父さんにね? 一昨日、光平があたしを起こすときに言った『手を繋いでやらない』ってどういう意味? って聞かれたー」
「え? なんて答えたんだ?」
「ご想像にお任せしますって」
「なんだよそれ。それって一番まずい答え方じゃないか?」
「えへへー」
今日は月曜日。
ベッドの上の風子は、もういますぐにでも退院していいんじゃないかって思うほどの元気さ。
風子の目覚めから一夜明けた昨日、日曜だというのに僕は早朝からまたこの病室へとやって来て、それから夜になるまでずっと風子のそばに居た。
吉報を聞いて、次々と駆け付けたクラスメイトたち。
『うわぁ、あんたたち、本当に付き合ってたんだね』
いったい何人からそう言われただろうか。
話によれば、お医者さまがすごくビックリしていたそうだ。
結局、医学的には意識が戻らなかった原因は分からないまま。
お医者さまいわく、『みなさんの想いが神さまに通じたんでしょう』とのこと。
いや、実はそれが正解なんですが。
「でもね? お父さん、笑ってたよ? 仲がいいんだねーって」
「なんか気まずいなー。あ、そうだ。風子にすごいお知らせがあるんだ。聞いて驚け」
「おおーう、なんでも来いっ」
「なんと……、愛も復活した」
「なっ、なんですとー?」
昨日の夜、ずっと昏睡状態だった愛が、突然、目を覚ましたそうだ。
水が欲しいってナースコールをして、看護師さんを驚かせたって。
そして、今朝の検査ではさらにお医者さまもビックリする事態に。
『内臓の機能がほぼ正常になっています。理由は……、分かりません』
どうやら、神さまは風子だけじゃなくて、愛にも祝福をくれたらしい。
「やったっ! あたしのお願い、神さまに通じたんだっ!」
「風子のお願い?」
「そうよー? 愛ちゃんの復活はあたしに感謝してねー」
「え? なんでさ」
「だってね? あたし、道を探しながらずっと神さまにお願いしてたんだー。神さまのとこへはあたしが行くから、愛ちゃんはみんなのとこへ帰してあげてって」
それはいかにも風子らしい。
もしかしたら、風子のあまりにも強い想いに神さまが根負けして、心変わりしてくれたのかもしれないな。
「明日、退院したあとお家に来てくれるよね? 光平」
「うーん、でも……、風子のお母さんがなぁ……」
「お母さん、光平に謝りたいって言ってたよ? ちゃんと光平のこと理解してなかったって」
嬉しそうに笑う風子。
その笑顔を見て、ちゃんと顔を見ることができて、ちゃんと声を聞くことができるってこんなにも幸せなことだったのかって、改めて思った。
外はもう秋。
風子のあどけない笑顔が、この寂しさいっぱいの秋を彩り豊かにして、僕の心をとっても温かくしてくれている。
さて、風子は明日、もう退院できるらしい。
学校はもう少ししてからだろうけど、早く風子と教室で笑い合いたいなーなんて、僕はちょっと僕らしくないことを考えながら、病室の窓から見える秋空をゆったりと眺めていた。




