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うしろの風子  作者: 聖いつき
43/49

4-3  それは、『想いの形』(2)

 悟りにも似た……、なんともいえない諦め。

 僕はどうすることもできなくて、ただただ夜空を見上げた。

 父さんなら、きっとこう言うだろう。

『これは、神さまの思し召しだ』

 そうだな……、神さまが決めたことなら……、仕方がない。

 でも……。

 でも……、やっぱり。

 でも……、やっぱり……僕はイヤだ。

 僕は、もう一度、風子の顔が見たい。

 画面越しなんかじゃなくて、真っ直ぐにその愛らしい顔が見たいんだ。

 そして力いっぱい抱きしめて、この気持ちを真っ直ぐに伝えて、誰よりもその笑顔が大好きだって、大きな声で叫びたいんだ。

 もっとたくさん、風子の笑顔を見ていたい。

 もっとたくさん、風子の声を聞いていたい。

 来年の夏祭り、一緒に行こうって約束したじゃないか。

 こんな僕と、手を繋ぎたいって言ってくれたじゃないか。

 どこにも行って欲しくない。

 どこにも行って欲しくないんだっ!

『……兄さん?』

 心の叫びが飽和したとき、どこかから響いた優しい声。

 ハッと足元を見た。

 転がったイヤホンのすぐそば。

 真っ白な光の点が、なぜかそこで輝いている。

 思わず、再び空へ目をやった。

 一条の、光りの筋。

 その清らかな細い光が、真っ直ぐに僕の足元へと射している。

 愛?

『兄さん? ちゃんと、風子さんの名前を呼んであげて?』

 愛の声だ。

 天をたなびく『魂の通り道』の中から、真っ直ぐに射す光の筋がその声を運んでいる。 

 風子の……、名前を呼べばいいのか?

 ふと見ると、小さな雅が泥だらけの白い衣を引きずりながら、目を大きくして空を見上げていた。

「愛……? 愛なの? あなた、どうしてそこに居るの?」

『雅さん、兄さんの後ろに居た風子さんを、除霊で病院の風子さんのところへ帰そうとしたのね?』

「でも……、私の力では……、ああ……、わたくし、どうしたらいいの……」

『あの「うしろの風子」さんは……生霊じゃないの。あの風子さんは……、神さまがくださった、想いの形』

「想いの……形?」

『そう。「魂の通り道」へ迷い込みそうになった風子さんを神さまが見つけられて、そしてその「想い」に添ってあげようとお思いになられて……、それで風子さんを兄さんのところへ導かれたの』

「ではっ……、わたくしはどうすれば……」  

『たぶん、雅さんの術だけでは元に戻せない……。兄さんの気持ち、みんなの気持ち、そして……雅さんの気持ちがひとつになれば……、きっと神さまが祝福をくださるわ』

「わたくしの気持ち……? わたくしっ……、桜台風子が許せなかった。こうちゃんが困っている姿を……、もうこれ以上見たくなかった」

『でも、風子さんがそんな女の子じゃないって……、目に見えるものだけではすべては分からないって……、雅さんもそう思ったから――』

「わたくしは……、わたくしは……」

『――雅さんもそう思ったから、風子さんを元に戻したいって思ったんでしょう?』

 泣き崩れた雅。

 さらに大粒の雫が、その瞳からとめどなく溢れた。

『雅さんがとっても大切に思ってくれている兄さんは……、風子さんが居なくなってしまったら、また笑顔のない兄さんに戻ってしまうわ……。だから……、ね? 雅さん……』

 愛の問い掛け。

 震える雅の両手が地につき、それからゆっくりとその顔が上がった。

 そして、天を仰いで動いたのは、小さな唇。

 しかし、その声は僕には届かない。

 永遠にも感じられた、一瞬の間。

 雅がさらに泣き崩れると、すぐにその答えは届いた。

 愛の声が響く。

『よかった。神さまはもう、雅さんをお許しになっているわ。そして、風子さんに道を示されている。風子さんが祝福とともに新たな目覚めを迎えられるように』

 次の瞬間、地に射していた光の筋がはじけ飛んだ。

「うわっ!」

 思わずつむった目。

 真っ白な光が世界を包み込む。

 なにも見えない。

 しばらくして、まるで母さんのように僕の両頬に優しく触れたのは、温かな手の感触。

『兄さん? 神さまが道をお示しになったわ。あとは、兄さんが風子さんの名前を呼んであげるだけ』

「愛は……、愛は一緒に戻れないのか?」

『うん。でも、ここへ来られてよかった。兄さんと風子さんが心配だって申し上げたら……、神さまがここへ来ることを許してくださったの』

「そうか……。そうなんだね……。ごめんね、愛。ありがとう」

『兄さん……、でもまだ、風子さんは帰り道を見つけられないでいるみたい。だから……、兄さんがちゃんと呼んであげて?』

「呼ぶって……、どうしたら」

 ふと、周りを見回した。

 すべてが真っ白だ。

 雅も、諸田さんも、ハルダの姿もない。

 森や神社の風景もまったく見えなくて、そこにはただただ純白の平原が広がっていた。

『兄さん、見える?』

 そう言われて、凝らした瞳。

 平原のずっとはるか向こう。

 声も届かないくらい、ずっとずっと向こう。

 そこに、ひとりの女の子の後ろ姿が見えた。

 制服を着ている。

 あれは……、風子だ。

 なにか不安そうに、周りを一生懸命に見回している。

『ねぇ……、兄さん? 風子さんのこと……好き?』

 突然問われた、その問い。

 愛の優しい声が、ゆらりと響き渡った。

 風子のこと、好きかって?

 そんなの、決まってる。

 誰に問われても、どんなことがあっても、その答えは絶対に変わらない。

「うん……。好きだ」

 一点の曇りもない、真っ直ぐな気持ち。

『よかった。最後にその言葉が聞けて。兄さん、それじゃあ、その気持ちをいっぱいに込めて、しっかりと風子さんの名前を呼んであげて。目を閉じて、そう、風子さんのことを一心に想って』

 感じた、愛の柔らかな笑顔。

 ふわりと頬を撫でた、優しい風。

 風子、僕はここだ。

 風子のずっと……後ろ。

 でも、たぶん風子は僕を見つけられない。

 風子はいつだって、前だけを見ているから。

 だからきっと、『魂の通り道』でも前だけを見て、そのまま真っ直ぐに天国へ行ってしまう。

 もう、霞みかけている風子の後ろ姿。

 風子、僕はここだよ?。

 大きく息を吸う。

 届け。

 風子が行ってしまわないように。

 この気持ちが、ちゃんと伝わるように。

 そして僕は……、目を閉じて、一心にその名を呼んだ。

「風子――」

 ハッとした。

 体がふわりとして、温かなゆらぎに包まれる。

 ずっと向こうで、風子が振り返ったような気がした。

 ただただ真っ白な世界。

 最後に届いたのは、愛の、柔らかな、声ではない声。

『兄さん、風子さんのこと、大事にしてあげてね』

 その声は、大聖堂の中のように広がって消えた。

 そして僕は、ついに自分がそこに居るという感覚すらなくなって、いつの間にか遠くへと意識を手放していた。

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