4-3 それは、『想いの形』(1)
「桜台さんを突き落としたのはっ、御笠さんよっ!」
なんだって?
雅が風子を突き落としたっていうのか?
甲高い金属音は、まだずっと鳴り響いている。
その響きが降り注ぐ中を、諸田さんが這いながら雅に近づく。
「御笠さんっ! やめなさいっ!」
「邪魔をしないでっ! いまこの術をやめるわけにはいかないのよっ!」
「あなた、桜台さんを完全に葬ってしまいたいんでしょうっ?」
「とにかくわたくしから離れなさいっ!」
「きゃっ!」
雅が振った腕の先で諸田さんがひっくり返った。
雅が……、風子を葬りたい?
どういうことだ?
雅はいったい、なにをしようとしているんだ。
半身を起こした諸田さんが再び這い始めたのを横目に、雅が小さく舌打ちしながら両手で不思議な形を作った。
声にならない声の呪文。
「さぁ、桜台風子……、そこから出てくるのよ」
突然、背中が熱を持った。
ひりひりとした感覚。
それが波紋のように広がり始めると、金属音を背景に耳元でかすかな囁きが聞こえた。
『こう……へい……』
風子?
風子の声がする。
イヤホンはすぐそこに転がっている。
耳の奥に染み渡った、イヤホン越しじゃない風子の囁き。
ふと見ると、地面に描かれた円のすぐ外を、枯葉にまみれながら諸田さんがさらに這い進んでいる。
「光平くん……、よく聞いて……」
絞り出すような諸田さんの声。
「桜台さんの……制服から検出されていた……DNAのうちのひとつが……、御笠さんのものと……一致したわ……」
雅は頬を濡らしながら、さらに呪文を続けている。
「間違い……ないわ……。御笠さんを撫でる振りをして……私が採取した彼女の髪……、そのDNAが一致したの……」
ハッとした雅。
その口元がわなわなと震えた。
「諸田巡査部長! わたくしは逃げも隠れもしないわっ! この術が完成するまで大人しくしていなさいっ!」
「ダメよっ! あなた、光平くんのこと……とっても大事に思ってるんでしょう……? 光平くんを困らせる桜台さんが……許せなかったんでしょう?」
雅の頬を、さらに大粒の雫が伝う。
その瞬間、空から降っていた甲高い金属音が飽和して、周囲の空気が一気に張りつめた。
「光平くん……、御笠さんは……、この除霊術を使って……桜台さんを本当に天国へ送ろうとしているわ……。それは絶対にやめさせないと……」
最後の力を振り絞った諸田さん。
その手が、呪文に集中している雅の足を掴む。
「きゃっ、なにをするのっ!」
「お願い……、桜台さんが死んでしまったら……、あなたは一生……、謝れなくなってしまう……、私は……あなたを救いたい……、あなたを救いたいのっ……」
「放しなさいっ!」
「お願いっ! 桜台さんを行かせないでっ!」
「ああっ!」
倒れた雅。
枯葉が舞う。
ドサリと音がして、真っ白な衣が土にまみれた。
そうか……。
これも……、僕のせいだ。
僕がもっと早く、目に見えない大切なものに気が付けていたら、雅はそんなことしなかっただろう。
「なんてことするのっ? いま術をやめたら桜台風子が道を見失ってしまうのよっ?」
雅の叫び。
それと同時に、あれほど耳をつんざくほどに響いていた甲高い金属音が、なぜか突然消えた。
そこは、まったくの無音。
森の木々も、台座の上のかがり火も、まるで写真のように動かない。
そのときだ。
突然、背中が軽くなった。
さっきまで熱いほどに感じていた背中の熱が一気に冷めて、まるで氷を背負っているかのような冷感が襲う。
寒い。
声も出ない。
見ると、雅が諸田さんに向かってなにか怒鳴っている。
声は聞こえない。
それを聞いた諸田さんが、なぜか口を押えて目を泳がせている。
不安を覚えるほどの静けさ。
ゆっくりと体を起こす。
もう、押さえつけられるような重さは感じていない。
膝立ちになり、空を見上げた。
そこは、満天の星空。
森の木々によって切り取られた群青色の夜空が、その真ん中に煌びやかなひと筋の帯を湛えている。
天の川?
いや、もっとハッキリしている。
そうか……。
あれが……、『魂の通り道』だ。
そのとき、突然、雅の声が聞こえた。
「桜台風子っ! 見上げてはダメっ! あなたが行くべき道はそっちではないわっ!」
雅の叫び。
我に返った。
そのとき、背中に感じたのは、とても優しい、とても暖かな感覚。
風子だ。
風子が居る。
雅が僕の後ろへ驚愕の眼差しを投げて、何度も大声で叫んでいる。
「桜台風子っ! わたくしはっ……、わたくしはっ……」
泣き崩れた雅。
枯葉だらけになった真っ白な衣を震わせて、雅が地面に這いつくばって泣いている。
「こうちゃんっ……、ごめんなさいっ……、もう、わたくしの力では……、どうすることも……」
どうしてだろう。
その雅に、なぜか風子が『大丈夫だよ』と言っている気がした。
ふと、顔の両側に感じた、見えない手。
たぶん、風子の手だ。
僕を抱きしめている。
その手を掴まえようとそっと手を掛けたけど、やはりそれはすっと空を切った。
ゆっくりと僕から離れ始めた風子の両手。
風子が浮き上がっている。
柔らかな、風子の香り。
そうか。
行ってしまうのか。




