4-2 雅、その呪文の意味は(4)
雅だ。
いつもの巫女装束とは違う、テレビでたまに見る『陰陽師』の格好をしている雅。
真っ白な上下、肩口の隙間からは中着の真紅が覗いている。
頭に載せている真っ黒な縦長の烏帽子が、かがり火の灯りを受けて暗がりでゆらりとしていた。
「雅……、えっと、僕らはどうしたらいい?」
「そこで止まりなさい。まだこの円の中へ入ってはいけないわ」
雅に制止されてハッと足元を見ると、落ち葉がキレイに取り除かれた地面に、大きな円に囲まれた星のような図形が描かれていた。
どうやら、なにか重要な意味があるらしい。
「ほう。雅どの、これは六芒星ですな」
「そうよ。それ以上近寄るとあなたも巻き添えになるわ。そこで大人しく見ていなさい」
「うむ。では、この辺りに機器を設置するのである」
そう言ってドサリとバックパックを土の上に下ろしたハルダ。
雅は着物の衿をぎゅっと締めている。
ずいぶん物々しい。
しかし、本当にこんなもので風子が元に戻るんだろうか。
「さぁ、こうちゃん。『処置』を始めるわ。そのスマートフォンを持ったまま、ゆっくりとこの星の真ん中へ入るのよ」
『そのときが来たらきっと分かります。必ず、風子さんの名前を呼んであげてください』
愛の手紙には、風子の名前を呼べと書かれていた。
愛の言う『そのとき』が、ちゃんと僕に分かるだろうか。
「風子、頑張れよ?」
イヤホンに手をやりながら、囁いたその言葉。
しかし、なぜか返事がない。
イヤホンのペアリングが切れてしまったのかと思ってスマートフォンを覗くと、接続中のアイコンはちゃんと表示されていた。
「風子?」
「こうちゃん? なにをしているの? ちゃんと真ん中まで進みなさい」
「あ、ちょっと待って」
立ち止まり、スマートフォンのカメラのアイコンに触れる。
しかし、何度触れても画面が切り替わらない。
「おかしいな。おい、風子?」
そのときだ。
突然、画面が光った。
着信だ。
「うわ、びっくりした。諸田さんからだ。雅、もうちょっと待って」
「早くしてちょうだい。もう気が集まり始めているわ。手短に」
「うん。もしもし? 永岡です」
『こっ、光平くん? 私っ、いま、参道、走ってそっちに向かってるっ。ちょっとっ、御笠さんを止めてっ!』
「え? そんなに急がなくても大丈夫ですよ? ハルダもやることなくて見学なんで」
『違うのっ! そのっ、変な儀式っ、やめさせてっ! 桜台さん、ほんとに死んじゃう!』
「えっと、どういうことです?」
『桜台さんにもっ、気をしっかりって、言ってっ!』
一方的に切れた電話。
雅はゆっくりと両手を上げて、なにやら小さな声で呪文を唱えている。
「えっと……、雅? よく分からないけど、諸田さんがこの儀式を中断しろって言ってる」
「それはできない相談ね。たったいま結界が閉じたの。いま術を止めると大変なことになってしまうわ」
「結界?」
「いま、この神社の境内ぜんぶが四方水晶の結界の中にあるわ。だから、あなたの後ろの桜台風子も大人しくしているでしょう?」
それで風子がまったく喋らない……、いや、喋れないのか。
「大丈夫なのか? なにをしようとしているんだ」
「桜台風子の魂に道筋を示すわ。あとは……、彼女次第ね」
次の瞬間、ガサガサと聞こえた木々の音。
振り返ると、本殿の横を駆けて来る女性の姿が目に入った。
声が聞こえる。
「光平くーんっ! ダメよっ! すぐやめさせてーっ!」
諸田さんだ。
ハッとして雅が手のひらを諸田さんへ向けた。
「それ以上近づかないでっ! 死にたいのっ?」
「ああっ!」
突然もつれた、諸田さんの脚。
ザザッと響く乾いた音とともに、諸田さんが寄せられた枯れ葉の山に倒れ込んだ。
「あっ、諸田さんっ!」
思わず駆け寄ろうと足を踏み出すと、いきなり肩に岩でも乗せられたかのような重みが掛かった。
膝が崩れて、地面に押し付けられる。
「みっ、雅っ?」
「こうちゃんっ! 大人しくしていなさいっ! いま術を中断すると――」
息ができない。
さらに背中に力が加わり、星型の中心へとねじ伏せられる。
イヤホンが抜け落ちて、地面に転がった。
チラリと見ると、ハルダが機器の画面を見比べながら目を白黒させていた。
遠ざかる意識。
どこからか、キーンという甲高い金属音が聞こえる。
その音と重なった、諸田さんの叫ぶ声。
「御笠さんっ! やめるのよっ! あなた、人殺しになりたいのっ?」
「あなたはなにを言っているのかしらっ! 私の術の邪魔をしないでちょうだいっ!」
円のすぐ外で、顔を地面につけて僕を覗き見上げる諸田さん。
「光平くんっ! すぐにそこから出てっ! このままこの儀式を続けさせたら、御笠さんは桜台さんを二度と帰れなくしてしまうわ!」
さらに顔が地面に押し付けられる。
思い切り力を込めて首を捻じると、そこに見えた雅は涙いっぱいの瞳で僕を見下ろしていた。
「こうちゃん、動かないでっ!」
諸田さんがさらに叫ぶ。
「光平くんっ! よく聞いてっ! 桜台さんを……、桜台さんを階段から突き落としたのはっ――」
ハッとした雅。
ザワザワと音を立て始めた森の木々たち。
そして、その絶叫は森が揺れる音に重なって、そこに響き渡った。
「桜台さんを突き落としたのはっ、御笠さんよっ!」
なんだってっ?
雅の瞳から、溢れ落ちた雫。
そして、かがり火を受けて煌めいたその雫は雅の頬を伝い、響き渡った諸田さんの叫びの向こうでゆらりとした。




