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うしろの風子  作者: 聖いつき
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4-2  雅、その呪文の意味は(3)

 橋を渡る。

『あっ、あたしの中学校だ』

 見えたのは、隣町の中学校。

 風子が卒業した、僕が知らなかったころの風子が通っていたその校舎を見て、何度も見たことがある風景のはずなのに、なんだかとても胸が締め付けられた。

 たしか、ハルダも風子と同じこの中学校の卒業生だ。

 でも、ふたりはお互いにまったく知らなかったらしい。

 三年間も同じ学年で過ごしたのに、一度も互いを認識し合う機会がなかったなんて。

 そう思えば、人同士が『知り合える』機会ってすごく限定的で、さらに『理解し合う』関係になるまでに費やせる時間となればもっともっと少なくて、真に人を理解するって本当に難しいことなんだって思い知らされる。

 もし、この『うしろの風子』と出会えなかったら、僕は一生、桜台風子という女の子を理解できないままだったと思う。

 渡る橋から見下ろすと、河川敷に咲く名もない花たちが秋風に揺れていた。

 夕暮れの川沿いの道。

 風子の歌声はまだ聞こえている。

 誰よりも、いつも正しく人を見てきた風子。

 八方美人なんじゃない。

 その人の正しい姿を知るために、誰にでも同じように、なんのわだかまりもなく接していたんだ。

 の『フーコーの振り子』は、ただひとり黙々と振れていた。

 周りから見れば、時間が経つにつれて振り子の振れる方向がひとりでに変っていったように見えたかも知れないが、実は回っているのは地面のほうだった。

 宇宙の大法則である慣性に従って、誰からの影響も受けずに、ただひたすら正しく振れ続けていた『フーコーの振り子』。

 風子は、その『フーコーの振り子』と同じだ。

 どんな邪念や憶測を聞かされようとそれにとらわれないで、その相手を正しく在りのままの姿で受け止めて、そして理解して真心を注ぐ。

 まさにその名前の由来のとおり、風子はいつも誰にも流されずに、正しくいろんなものを見続けてきたんだ。

 僕のことも、同じように。

 心から信じて、心から大切に想って。

 だから僕も……、僕も正直に風子へ向き合いたい。

 この、気が付いてしまった正直な気持ちを、ちゃんと風子に伝えたい。

 もしも……、もしも明日の夜、雅のおかげで風子が元に戻れたら……、真っ先にこの気持ちを風子へ伝えよう。

 そして、風子から抱きしめられる前に、僕が風子を抱きしめるんだ。

『ねぇ、光平……、あの……、明日のことなんだけどさ』

「どうした?」

『あのー……、雅ちゃんの神社、夜祭……なんだよね?』

「あー……、そうだな。少し早く出て、ふたりで夜店を回るか」

『えっ? いっ、いいのっ?』

「愛のこと気にしてるんだろ? たぶん愛は『風子ちゃんを楽しませてあげて』って言うと思う。だから」

『うっ、うっ、嬉しいっ! あー、でも、できれば、そのー……、ハルダ抜きのほうがいいなぁ』

「あはは、分かったよ」

 ちょっとだけ肌寒くなった夕暮れの空気。

 でも、背中はなんだかあったかい。

 その暖かさでずいぶん軽くなった気持ちがさらにぺダルへと伝わると、柔らかな秋風が、まるで母さんのように優しく頬を撫でてくれた。




 日が暮れて間もない参道。

 その両側に、ふわりと浮かびあがる露店の灯り。

 参道の入口から境内の楼門まで、見渡す限り柔らかな露店の灯りが続いているこの光景は、まるでなにかの絵本の一ページのよう。

 分かってはいたが、やはり少々肌寒い。

 かわいらしい浴衣を着ている女の子も居るけど、みんなちょっと寒そうだ。

「だいたい夏祭りを秋にやるなど、非常識であるっ」

「だから、『夏忘れ祭り』って書いてあるだろ。楽しかった夏を忘れるんじゃなくて、夏にやるのを忘れたからいまやるって祭りなんだ」

「なにっ? そうなのか。知らなかった」

「そんなわけないだろ」

「なーがーおーかぁー」

『ちょっとぉー。 なんでハルダが一緒なのよ。せっかく光平とふたりで早く来たのにぃ』

 一気にご機嫌ナナメになった風子。

 少々イヤな予感はしていたが、まさかこんなにもタイミング良く……、いや、この場合は『悪く』、コイツが現れるとは。

「約束したわけではないぞっ? 土曜保育の送りのバスがこの近くを通るので、ちょっと早いが乗って来ただけなのであるっ」

『ほんっと、おジャマ虫なんだから。ねぇ光平? 来年はふたりで来ようねー? あたし、浴衣着るもーん』

「うん? 風子の浴衣姿は見てみたいけど、ずいぶん寒いからなー。無理しなくていいよ」

『手もつなぐー』

「それは来年までの風子の頑張り次第だな」

『頑張るもーん』

「なんと、一緒に来ること自体は決定なのか。もうお腹いっぱいなのである」

『あはは』

 独特の夏の雰囲気。

 僕は小さいころ、この風景があまり好きじゃなかった。

 露店が並んでいる参道は賑やかでとっても楽しい雰囲気なんだけど、その背後にある暗がりがなんとも不気味に思えて。

 暗黒の世界の中でその参道だけが煌々と光を放っていて、まるで現実から逃避した夢の中のような……、誰もが暗黒を知っているのにことさら目を背けているような……、そんな強烈な孤独感を覚える風景。

 聖書、『ユダの手紙』の第六節。

 選ばれた民をかどわかす偽の教師に対する警告として、旧約聖書にある神の戒めを解説する、その一説。

 ずいぶん小さいころ聞いたのであんまりよく覚えていないけど、その中にあった『不徳な天使をしばりつけたまま閉じ込めた暗闇』という言葉だけは、いまも鮮明に記憶している。

 黒く、深く、冷たい、その暗闇。

 夏祭りに足を運ぶたびに、僕にはこの露店の向こうに広がる暗黒の空間が、まさにその聖書が謳う恐ろしい暗闇に見えていた。

 警告を受けた、上辺だけしか見ることができずにいろいろなものを見誤ってきた、『偽の教師にかどわかされる民』。

 それはまさに、僕自身のことだ。

 だからこそ僕は、この風景に不安を覚えずにはいられなかったんだ。

 参道を行き交う人の波。

 お祭りが始まってまだそんなに経っていないのに、その波はもう幾重にもなってずっと向こうの境内まで続いている。

 イヤホンの奥では、ずっと風子がはしゃいでいた。

 僕はその声を聞くのが嬉しくて、いくつもの露店に立ち止まりながらゆっくりと参道を進んだ。

 参道の終わり、厳然と構える楼門。

 そこから境内を覗くと、そこは参道のしっとりした雰囲気とはずいぶん違って、いかにもお祭りらしい賑やかさ。

 仮設ステージではお爺ちゃんが自慢ののどを披露していて、手水舎の付近では大ビンゴ大会が行われていた。

 その賑やかさを横目に、境内の外縁を奥へと進む。

「ところでハルダ。 その背中のバックパックにはなにが入っているんだ? やけにデカいな」

「うむ。本日のイベントを物理科学部の校外活動とするのである」

「計測機器か」

「そのとおり。騒音計、照度計、震度計、サーモセンサー、磁力計測器……、ガイガーカウンターまで揃っておるぞ? 霊媒術とやらを科学的見地から検証するのである!」

「そういえば、人は死の瞬間に二十一グラム軽くなるって研究があったな。意外に面白いかもしれない」

「そうであろう? おっ、あそこではないか? 雅どのが指示した場所は」

 ハルダが指さした先、拝殿の裏、本殿のさらに後ろ。

 うっそうとした森の中に、ポツンと小さな灯りが見えている。

「なんだろう。焚火かな」

「うむ。なかなかに不気味なのである」

 拝殿の横を過ぎると、途端に足元が真っ暗になった。

 徐々に遠ざかる背後の賑やかさ。

 進む先は、まさに、あの聖書の暗闇のような静寂な空間。

 ハルダがスマートフォンのLEDライトで足元を照らしている。

 辺りに響くのは、その足元から聞こえる枯葉を踏む音だけだ。

 本殿の背後へ回ったところで、森の中の灯りが、そこに浮かぶ小さなかがり火だと分かった。

 三本の棒が互いにもたれあうように組まれた台座の上で、炭の炎が煌々と輝いている。

 少しだけ、背筋に悪寒が走る。

 風子も黙っている。

 近づくと、その横に誰かが居るのが見えた。

「こうちゃん、ハルダ、よく来てくれたわ」


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