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うしろの風子  作者: 聖いつき
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1-1  「うしろの風子」と「病院の風子」(2)

 八角形の特徴的な建物が目を引く僕の高校は、ちょっとした高台の上に建っている。

 すぐ横には大きな高架の国道が走っていて、丘のすぐ下は市道と国道の立体交差だ。

 市道から脇道を入るとレンガタイルで造られた幅広の正門があって、そこから校舎横の自転車置場まではけっこう長い坂道を登らないといけない。 

 体力温存派の僕はいつも正門に入ったところで自転車を降りて、そこから歩いて坂を登っている。

『え? ここで自転車降りちゃうんだ。坂は勢いよ? 勢い!』

「そうかい。軟弱者で悪かったな」

『もう、誰もそんなこと言ってないのにぃ。ほーんとミスター被害妄想だねー。妄想光平!』

「うるさいよ? 誰が被害妄想だ。一日は長いんだ。計画的に無駄な体力は使わないようにしてんの。誰かさんみたいに遅刻ギリギリでバタバタ来るのとは違うんだからな?」

『なんですとー? 妄想光平だって遅刻ギリギリに来たことあるじゃん』

「『妄想』言うな。一回だけな? あのときは妹の容態が急変して」

『おおう、そうなんだ。……えっと「妄想」抜きだよね。よしっ。こ、光平? 妹が居るんだ』

「うん。いま………というか、ずっと入院してるんだ。それにしても僕がギリギリに来たとか、よくそんなこと覚えてるな」

『そりゃー、光平のことだからねー』

「いや、意味分からんし」

 そんな会話を目に見えない彼女と交わしながら歩いていると、不意に右後ろに視線を感じた。

 振り返ると、一年生の女子だろうか、二人組のその子たちがわなわなと唇を震わせながら、僕をじっと見ている。

 あ、これって、ちょっとアブナイ人に見えるかも。

 ずっと独り言を言ってるわけだし。

 小さく咳払いをして逃げるように坂を早足で登る。

 いつもより少し遅めに着いた教室。

 なぜか僕が教室に入った途端、騒がしかったみんなの談笑がパタリと止んだ。

 一斉にみんなが僕を見る。

 そして、その向けられた眼差しは明らかにいつもと違っていた。

 僕の席は、一番窓側の後ろから二番目。

 教室の前の方の出入口から入って、教壇前を通って自席に向かう。

 ひそひそと聞こえる声。

 「桜台さんを階段から突き落としたらしい」、「警察に呼ばれたらしい」なんて囁きが聞こえてくる。

 机にはご丁寧に、見えるか見えないかの鉛筆文字で「事実を語れ」なんて落書きまでされている。

「小学生じゃないんだからな」

 僕はその落書きなんて意に介さず、いつもどおりにカバンを机の横に掛けてドサリと椅子に腰を下ろした。

『光平、なんかごめん』

「昨日も言っただろ? なんで桜台が謝るんだよ」

『いやー、なんとなく』

「また『なんとなく』か。今後それ禁止な。ものごとは明確かつ的確に言う。分かったか?」

『うーん、努力する』

 そんな会話を彼女としながら一限目の教科書とノートを机の上に出していたとき、不意に前の席のはるが振り向いて声を掛けてきた。

「永岡よ。さっきから誰と喋っているのだ。校内での携帯電話使用は禁止だぞ?」

「おう、ハラダ。どうした。お前も僕が桜台を階段から突き落としたと思ってんのか?」

「なにおう? 私はハ()ダではないっ! ハ()ダであるっ! だいたい、おぬしのような軟弱者がそんな大それたことするはずないだろう」

「そうか。ぜんぜん嬉しくない言い方だけど、お前、見かけに寄らずいいヤツだな」

「見かけに寄らずは余計である!」

 コイツは、なぜかこの高校で唯一僕に理解を示してくれている変わり者だ。

 四角いメガネが特徴的な、180センチメートルを超えるかなりの長身男。

 ずいぶんバスケット部やバレー部から熱烈なお誘いを受けたみたいだけど、そのすべてを断って、我が校きっての謎の高IQ集団『物理科学部』で理解不能な高度な実験に取り組む日々を送っている。

 ちなみに僕は、その物理科学部の常連部外者だ。

 仲良くなったハルダに誘われて足を運ぶようになり、たまに実験に参加するようになった。

 今年の春、二年生で同じクラスになって初めて会ったハルダ。

 新学期早々の物理のテストで僕が満点を獲ったのを見て、それから僕にいちもく置いてくれるようになったらしい。

 いや、ほんとまぐれだったんだけど。

 昔から理数系は得意だけど、満点を獲ったのは初めて。

 まぁ、おかげでこの高校で唯一の友人と呼べる付き合いが生まれたわけだが。

「そうだ、ハルダ。今日の放課後、空いてるか?」

「今日も部活である。だがしかし、その後なら構わんぞ? 夕食前の軽い食事で手を打とう」

「たかるのか。まぁ、仕方ないな。すまんがちょっと一緒に行って欲しいところがあるんだ」

「どこだ?」

「あとで話す」

 そう言って僕がハルダとの会話を切ると、待ち構えていたように『うしろの風子』が口を開いた。

『光平、ハラダくんと仲いいんだね』

「こういうのを仲いいって言うのかね。よく分からん」

 僕がそう小さな声で返した直後、朝のホームルームのために担任の若宮先生が教室へ入って来た。桜台クラス委員長が不在のため、副委員長の僕が挨拶の号令を掛ける。

「起立、礼」

 着席したあと、僕はルーズリーフを一枚取り出してちょっと言葉を書き込むと、『うしろの風子』に見えるように机の左前にそっと置いた。

【これ、読めるか?】


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