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うしろの風子  作者: 聖いつき
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4-2  雅、その呪文の意味は(2)

 雅いわく、人が人としてこの世に生れることとは、天界にある魂と、物質界にある肉体とが『えん』によって結ばれた結果なのだそうだ。

 そして、その魂と肉体との結びつきが解けるときが、物質界でいうところの『死』ということらしい。

 そして、その天界と物質界との間を魂が行き来するときに通るのが、『魂の通り道』。

 目に見えないその『道』は、名のある霊山や神社仏閣、沢や岩、霊木などが網の目のように結ばれたネットワークで、我々の世界とは別次元として普遍的に重なって存在しているものらしい。

 人が『死』を迎えると、その魂は記憶を宿した『霊』として肉体から離れ、この『魂の通り道』を通って天界へと戻るんだそうだ。

 そして、天界において浄化され、無垢の『魂』となって、またいつかこの我々の世界との『縁』が結ばれる機会を待っている……ということらしい。

「で? 風子はどういう状態なんだ?」

『で? あたしはどういう状態なの?』

 一瞬、肩をすくめた雅。

 小さく咳払いをして、僕のほうへ目をやる。

「そのサラウンド効果、どうにかならないかしら。桜台風子、会話に入るならもう少しまろやかになさいっ」

『えー? ごめーん。雅ちゃん、ずっとあたしが見えているのかと思った』

「見えていないわ。あなた、やはり普通の霊とは少々違うようね。しかし、この感触は間違いなく生霊だと思うのだけど」

『でも、あたし、光平に恨みなんかないもん』

 ぐっと唇を一文字に結んだ雅が、背筋を伸ばしながら長い黒髪を後ろへ払う。

「そんなはずはないわ。なにか大きな力が、あなたをこうちゃんの後ろから動けなくしている。それは『怨念』しか考えられないの」

「雅、そんなはずないって、さっきも言っただろ」

『そうよー。あたし、光平のこと大好きだもーん』

「桜台風子っ、女性がそんなことを軽々しく口にしてはダメよっ? あなた、ほんとに軽いわね。その品性ではきっとお尻も軽いのでしょうね」

『なんですとー? あたし、尻軽じゃないもんっ。たっ……、体重はちょっと重いかもしれないけど』

「あーら、ちょっとどころか、ずいぶん重そうに見えるけど。わたくしは最近やっと四十キロ台になったばかりよ」

『ううう、それはチビだからでしょー? あたしはちゃんと出るとこ出てるもんっ』

「なんですってっ? あなたは幼児体型がそのまま大きくなっただけじゃない」

『ぐぬぬ、か……、返す言葉が無い』

「風子、雅、もういいか? 話が進まないから」

 突き詰めてみれば、結局、雅もこの『うしろの風子』がなんなのか、よく分かっていないってことだ。

 『肉体から抜け出て来た魂』であることは間違いなく、それがまだ現世の記憶を保っているから『霊』だと言っているんだろうが、どうも腑に落ちない。

 そして、僕の後ろに留まっている理由が『怨念』だとする説明は、明らかに合理性を欠いている。

「こうちゃんっ、桜台風子っ、とにかく、明日の午後七時、わたくしの神社の本殿の裏へ来るのよっ!」

 そう言ってほんの少し目を泳がせたあと、雅は急に笑顔になって「ごきげんよう」と祓串を振りつつ、そそくさと物理室を出て行った。




 雅の足音が聞こえなくなったあと、物理科学部の連中に詫びを言って僕も物理室を出た。

 自転車置場へと向かいながらかける、ハルダへの電話。

 まぁ、ハルダにはずいぶん仲良しになった雅が連絡するだろうけど、一応。

『なにっ? 明日の午後七時に雅どのの神社とな。あい分かった。諸田メンバーには小生が連絡しておこう……っと、あっ、たぁーくんっ、それ引っ張ったらダメっ!』

 急にガチャガチャと雑音が入って、オフマイク気味になったハルダの声の向こうで、ワイワイと騒ぐ子どもたちの声がした。

『ハルにいっ、こっちこっち!』

『ハルにいちゃんっ、ヨシくんがコケたー』

 そうか。

 寺の手伝い中だったな。

『なっ、永岡よっ、小生はちょっと取り込み中なのである。用件は諒解だっ! また、明日の夜……、あーっ、まーくんっ、それはダメっ――』

 プツリと切れた通話。

 思わず苦笑いが出た。

 イヤホンの奥で、風子もケラケラと笑っている。

 ハルダとは半年ほど付き合ってきたが、あんな声は初めて聞いた。

 幼稚園の園庭で、エプロンをして、たくさんの子どもたちに囲まれているハルダの姿が目に浮かぶ。

 僕の知らないハルダ。

 やっぱり、人って見た目だけでは分からない。

 分かったつもりでも、実際は分かっていない。

 見上げれば、抜けるような秋空。

 漕ぎだした自転車。

 正門までの長い坂道を下りながら、僕は背中にずっと、『うしろの風子』を感じていた。

 そのときふと、風子の歌声が聞こえた。 

 かわいい声だ。

 気分が軽くなる。

 そうか。

 僕のこの塞いだ気持ちを……、愛のことでずっと澄み渡ることがなかったこの胸の淀みを……、いつも風子が軽くしてくれていたんだな。


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