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うしろの風子  作者: 聖いつき
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4-1  ついに見えた! うしろの風子(5)

 ハルダが背中を支えると、雅はバサッと祓串を上下に振って、それからムニョムニョと呪文のようなものを唱え始めた。

 僕はまったく信じていないんだけど。

「おお、永岡よ。これは……すごいぞ? 諸田女史にも見えますかな?」

「え、ええ……。見えるわ……。御笠さん、これって、どういうことなの?」

 雅は諸田さんの問いにすぐには答えず、「しーっ」っと唇の前に人差し指を立てて、それからゆっくりと祓串を水平に突き出した。

 大きく吸い込まれる息。

 次にその息を吐きながら、じわりと雅が僕に近づく。

 僕の顔に向けられた祓串。

 そして、それがゆっくりと僕の顔の前を通り過ぎて、僕の左後ろの空間へと突きつけられた。

「桜台風子……、あなたはそんなところでなにをしているのかしら」

 画面の中の風子が、ハッと目を大きくした。

『み、雅ちゃん、あたしが見えるのっ?』

「馴れ馴れしく呼ばないでほしいわ。それにしても、このわたくしでさえ意識を集中して心の眼を凝らさなければ見えないなんて……」

『えっと……、その……、雅ちゃん、ごめんなさいっ……。あたしが光平を振り回してばかりいたから、怒ってるんだよね』

「桜台風子、あなた、道に迷っているわね?」

『えっとー、そうなのかも。おんなじことを愛ちゃんも言ってた』

「愛が同じことを? そう……、愛にもあなたが見えたということならば、やはりあなたは……」

 スマートフォンの画面には、僕越しの雅に瞳を向けている風子。

 僕の前には、僕の左後ろへ睨みを利かせている雅。

 そして、その背後には、あんぐりと口を開けているハルダと諸田さん。

 どうしたんだ。

 三人に『うしろの風子』が見えているのか?

「雅、どういうことだ?」

「こうちゃん、あなた、その後ろに居る桜台風子とずっと話をしていたのね」

「永岡よ。ハルダにも見えるぞ? お主の左後ろでモヤに映るように浮かび上がっている『バーチャル風子』が」

『もうっ、また「バーチャル」って言ったっ!』

「ちょっと御笠さん、なにがどうなってるの? 私には意味が……」

 溜息をつきながら、ゆっくりと瞼を閉じた雅。

 続けて、なにやら呪文のようなものを唱えるその声がかすかに聞こえ始めた。

『あー、あれ? あー』 

 なにやら、突然、ふらふらし始めた画面の中の風子。

「風子、どうした?」

『光平……、なんか……急に寒くなって、頭がぼーっと……』

 雅がゆっくりと目を開ける。

「あまり反応はよくないけど……、呪文は少し効くみたいだわ。やはり……、そのこうちゃんの後ろの桜台風子は……」

『あー、こーへーい、もうだめー』

「雅、その変な呪文やめてくれ。風子の様子が変だ」

「こうちゃん……、あなた、その後ろの桜台風子が何者なのか、まだ分かっていないのね。ハルダ、もう手を離していいわ」

 そう言って、小さく祓串を振った雅。

 すると同時にハルダと諸田さんが目を丸くした。

「おお、見えなくなったのである」

「桜台さんが、消えた……」

 雅は祓串をサブバッグに戻すと、それからハルダに「コーヒー」と言ってその小さな手を差し出した。

 放心していたハルダが、我に返って抱えていた缶コーヒーの一本を雅に手渡す。

「こうちゃん、よくお聞きなさい。いまあなたの後ろに居る桜台風子は……」

 もう一度、机に腰掛けた雅が、やや瞳を泳がせながら僕らにその事実を告げた。

「その桜台風子は……、おそらく『いきりょう』……」

 生霊?

 まったく以って予想していなかった言葉。

「それも……、『魂の通り道』の途中で道に迷っている、少々厄介な生霊ね」

「しかし、雅どの。生霊とは深い怨念によって人の魂が生きながらにして恨みの先に取り憑くものであろう? 風子どのが永岡に恨みを持っていたとでも言うのであるか?」

「人は見かけでは分からないものよ? 桜台風子が心の奥底ではこうちゃんに深い恨みを持っていたとしても、それはおかしいことではないわ」

 風子が、僕に恨みを?

 そんなことあるか。

「ただ、間違いなく言えるのは、いまこうちゃんの後ろに居る桜台風子は、病院の桜台風子から魂が抜け出て来たもの……、ということよ。おそらくはその魂が死の世界へと至る途中、何らかの理由で道に迷い……、そしてこうちゃんの後ろへ……」

 物理科学信奉者の僕には、まったく理解できないとんでもない荒唐無稽さ。

 しかし、雅の目は真剣そのものだ。

 じゃあ、どうすればいいんだ。

 死へ向かう途中ということは、無理やり僕の後ろから離したら、風子は死んでしまうっていうのか?

 なぜか、雅は下を向いていた。

 みんな、ひと言も発しない。

 窓の外では、色づき始めた木々に囲まれた校庭に、やや生気を失くした夕暮れがじわりと広がっていた。


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