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うしろの風子  作者: 聖いつき
32/49

3-3  泣きべそ光平と『うしろの風子』(4)

 頬を伝った雫が、握った手の甲にポツリと落ちた。

 もう一度、ゆっくりとベッドの上の風子へ目をやった。

 風子の想い。

 ずっとずっと、風子は僕を想ってくれていた。

 目の前でベッドに横たわる風子は、いまその想いを口にすることができない。

 もしかしたら、もう口にすることができないままかもしれない。

 僕はそんな彼女の想いを、いままでずっと踏みにじって……、ひとり涼しい顔をしていたんだ。

「……あの、すみません。少しの間だけ、風子とふたりきりにしてもらってもいいですか?」

「……うん。風子も、きっと喜ぶと思う」

 優しく微笑んだお父さん。

 そしてゆっくりと立ち上がると、お父さんは外で待っていると言って静かに部屋を後にした。

 しんと静まった病室。

 風子の枕元に真っ白なスマートフォンをそっと置くと、僕はシーツの上に出ている風子のその手にゆっくりと手を重ねた。

 温かい。

 風子はちゃんと生きている。

 その顔を覗き込むと、風子がなんだか笑っているように見えた。

 もっとたくさん、風子の笑顔を見ておけばよかった。

 もっとたくさん、風子の優しい声を聞いておけばよかった。

 こんなにも僕のそばに居てくれたのに。

 こんなにも僕のことを想ってくれていたのに。

 僕はなにひとつ風子に応えてあげられないまま、その想いを大切にしてあげられないまま、ただ彼女のことを誤解し続けていた。

 ぽろぽろとシーツに雫が落ちる。

「風子、お前、こんなかわいい顔してたんだな……」

 僕はゆっくりと風子の肩口に額をつけて、漏れ出る声を飲み込んだ。

「風子……、ごめん。本当に、ごめん……」

 届かない言葉だと分かっているのに、僕は何度も何度もそう呟いた。

 どれくらいそうしていただろう。

 ふと気付くと、窓の外の雨音がやんでいた。

 とても愛らしい寝顔。

 風子の寝顔を見て、正直にそう思った。

 そのときだ。

 どこからか、聞き覚えのある音がかすかに届いた。

 プチプチと、電気回路がショートするような雑音。

 思わず顔を上げる。

 すっと周りを見回すと、その音がとても近くで鳴っていることに気が付いた。

 風子の枕元。

 僕とお揃いの真っ白なスマートフォン。

 耳を澄ますと、そのスマートフォンのスピーカーがごくわずかに音を立てていた。

 その瞬間、消えていた画面がふわりと明るくなった。

 僕はなにも操作していない。

 ひとりでに画面がカメラに切り替わって、ガリガリとスピーカーから音が鳴っている。

 ハッとした。

「風子っ?」

 思わず手に取った。

 もしかして、もしかして……。

 風子に……、会いたい。

 自撮りモードのカメラには、LED照明が放つ真っ白な光がふわりと映っている。

 大粒の涙がぼろぼろと落ちた。

「神さま……、お願いします。風子に会わせてください……。風子と話せるのなら、なんでも……、なんでもいたします……」

 口元がくしゃくしゃになって、無意識にそんな言葉が口を突いた。

 温かなスマートフォン。

 そして僕は大きく息を吸って、それからゆっくりとそれを傾けた。

 僕の、後ろ。

『光平……?』

 居た。

 雫でぼやけた視界の先、画面にふわりと映った、その愛らしい顔。

 そこに映し出されていたのは、雫でいっぱいになった瞳をキラキラさせている、『うしろの風子』。

 思わず笑みが出た。

「風子? そんなとこで、なにしてるんだ?」

『なんですと? 泣きべそ光平のくせに』

 スピーカーから聞こえた優しい声。

 僕はこのとき、初めて神さまに感謝した。

 素直に、そして心から、その愛らしい風子の笑顔に再び会えたことに感謝したんだ。

「あはは。風子だって泣いてるじゃないか」

『いーの。だって嬉しいんだもん』

 心からこんなふうに笑ったのは、いったい何年ぶりだろう。

『光平の笑顔、とっても素敵だよ?』

「ありがとう。風子には負けるけどな」

『光平、あたしのこと「こんなかわいい顔してたんだな」って言ってくれたもんね?』

「え? 聞いてたのか?」

『ずーっと聞いてたよ?』

「忘れてくれ」

『忘れない。ぜーったい忘れてあげない』

 愛らしい笑顔、優しい声。

 神さまが僕に、もう一度会うことを許してくれた、『うしろの風子』。

 謎はまったく解けていないけど、これからどうしたらいいのかもまったく分からないけど、いまはそんなことどうでもいい。

 もう少し、この風子の笑顔を眺めていたい。

 そんな僕らしくないことを思いながら、僕はそれからしばらく、画面の中の風子の優しい笑顔をただただ眺めていた。




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