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うしろの風子  作者: 聖いつき
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3-1  巫女コスプレっ? 雅ちゃんは神社の娘(1)

 思わず光平を抱きしめた。

 回る風景。

 そして、響いたゴツリという鈍い音。

 光平の頭がアスファルトに叩きつけられて、動かなくなった光平の向こうに真っ赤な血が流れ出た。

『光平っ! 光平っ!』

 喉がちぎれるくらいに叫んでも、光平は答えてくれない。

 力のない光平の手のひらの向こうには、地面に放り出された真っ白なスマートフォン。

 光平にあたしの声を届けてくれていたのに。

 光平にあたしの顔を見せてくれていたのに。

 電源が切れて、画面がひび割れて、そこに痛々しく転がっている。

 振り返ると、階段の一番上で女性刑事が係長の襟首を掴んでいた。

 係長は目を泳がせて、なにやら言い訳がましいことを怒鳴り散らしている。

 すぐに若い男性刑事が階段を駆け下りてきて、光平の様子を見ながら大声で電話をかけ始めた。

「救急です。十七歳の男子高校生がコンクリートの屋外階段で転落して頭から出血しています。呼び掛けに応じません。場所は――」

 すごく冷静。

 さすが警察官だ。

 あたしが階段から落ちたときも、光平がこうやって電話してくれたのかな。

 救急車はすぐに来た。

 運ばれる光平。

 光平に付き添って一緒に救急車に乗り込んだのは、諸田という女性刑事だった。




「光平はまだ目を覚まさないかい?」

「まだみたいね」

 光平のお父さんとお母さんの声。

 ぼんやりと天井のLEDの真っ白な光が見えると、その手前に心配そうにこちらを覗き込むお母さんと、その後ろに立っているお父さんの元気がない顔が見えた。

 愛ちゃんの姿はない。

 ここは……、病室?

 光平の顔は相変わらず見えないけど、頭には包帯とネット、首にはコルセットが着けられていた。

 しんとした病室に、かすかに聞こえる光平の息。

 トントン。

 そのとき、不意に病室のドアがノックされた。

 ベッドの横の時計を見ると、もう午後九時を回っている。

「すみません。諸田です。戻ってきました」

「え? 諸田さんですか。まだなにかあるのでしょうか」

 お父さんが、そう返事をしながら病室のドアを開けた。

 その向こうには、背中を丸めて肩を落としている諸田巡査部長さん。

 お母さんが立ち上がる。

「すみませんが、もう帰ってください。納得はしていませんけど、さっきの係長さんの説明で、とにかく警察に責任はない、光平が勝手に階段から落ちたんだという現場調査の結果は分かりましたから」

「いえ……、本当のことをお話しするために、私だけ戻って来たんです。本当に申し訳ありません」

 顔を見合わせたお父さんとお母さん。

 ひと呼吸あって、お父さんがゆっくりと手を出して、諸田さんを招き入れた。

「そうですか……。では、お掛けになってください。母さんも座りなさい」

 お母さんが口をへの字にして腰を下ろすと、お父さんと諸田さんも音を立てないようにそっと椅子に座った。

「上司の下見がご両親に説明したこと……、そして現場で見分を行った刑事課員に話した当時の状況は、どれも下見自身の保身を見越したものです。本当は下見に……、いえ、下見と私に責任があると、私は思っています」

「そんなことを私たちにお話しになっていいのですか? あなたも立場がおありでしょう?」

「はい。だからこそ、私は責任を感じているんです。光平くんは、もう完全に桜台さん転落事件の犯人だと決めつけられています。そんなことがあっていいはずありません」

 え?

 あの光平をいじめてた女刑事が、なんかすごくちゃんとしたことを言っている。

 どうしたんだろう。

「私は、光平くんは被疑者ではないと思います。根拠はありません。でも、絶対に違うと思うんです」

「それは……、ありがとうございます。ただ、息子はなにをするにも誤解を招きやすい性質ですので、仕方ありません」

「その誤解を解くことこそ、私たちの仕事のはずなんです。恥ずかしながら……、実は私も最初は光平くんを見誤りました」

「……見誤った?」

「はい。でも、彼の人となりを追い掛けていくうちに、彼が本当は風評とはぜんぜん違う人物だということを理解しました」

 少しだけ目を大きくしたお父さんが、座っている椅子を軽く引いて小さく咳払いをした。

「そうですか」

「おそらくこの捜査は、このまま行けば証拠不充分のまま終わると思います。なんの処分も措置もないまま、光平くんは放免されます」

 諸田さんがゆっくりと立ち上がって、ベッドの横から光平の顔を覗き込んだ。

「でも……、でも、それだけではダメなんです」

 お母さんも目を大きくして諸田さんを見上げている。

「それだけでは……、彼が『無実である』とハッキリと答えが出ないことになります。そして、それがその後の光平くんをずっと苦しめることになると思うんです」

 諸田さんの瞳が潤んでいる。

 ちょっと嬉しい。

 そう、光平はなかなか理解されない。

 一年生のときもそうだった。

 物理の先生から頼まれて、光平がまだ課題を提出していない生徒に「早く出してってさ」って連絡したことがあった。

 光平は物理の成績がすごくいいから先生からとっても気に入られていたのは確かだけど、先生はたまたま話す機会があったから光平に頼んだだけなのに。

 でも、その生徒から「点数稼ぎか」なんて文句を言われて、それを言いふらされて。

 結局、『ゴマ磨り永岡』なんて言葉が独り歩きして、ずいぶん陰口を叩かれてた。

「諸田さん……、息子のことをそんなふうに思ってくださってありがとうございます。しかし、それも神が与えたもうた試練でしょう」

「光平くんの無実は、私が絶対に証明します。下見とのやり取りで光平くんが階段から落ちた件については、もう少し時間を下さい。いま抗議の声を上げても、犯人扱いされている子の親からの申立てですから、真摯に取り合われない可能性があります」

 そう言って、諸田さんが顔を上げた、そのとき。

 タタタタタタ……。

 病室の外で聞こえた、けたたましい駆け足の音。

 三人が、「ん?」と顔を上げて扉のほうへ目をやった。

 次の瞬間……。


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