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うしろの風子  作者: 聖いつき
20/49

2-3  思い出の公園、壊れたスマートフォン(2)

 風子の事故から三週間。

 体育祭が終わって、今度はひと月後の文化祭の準備に取りかかる。

 途中、中間考査もあるので、このひと月はけっこうなハードスケジュール。

 いまのところ、まだ『病院の風子』の意識は戻っていないらしい。

 ただ、この『うしろの風子』と過ごす毎日は、『病院の風子』のことを思うと不謹慎極まりないけど、まぁ、それなりに楽しくて、もう謎解きはやめて可能な限りこのままでもいいかなぁなんて……、僕はいつの間にかそんなことを思うようになっていた。

 今日も、いつもと同じ。

 自転車で風を切る僕の後ろでは、『うしろの風子』が楽し気にお喋りをしている。

 どうして風子は、いつもこんなに楽し気でいられるんだろう。

「えっと……、風子、どこも寄らなくていいか?」

『え? どうしたの? 突然。別にいいよ? 光平、お腹減ってるでしょ? 早く帰っておやつ食べたら?』

「うーん、そんなにお腹は減ってないけど、風子も学校と家との往復ばかりじゃ面白くないだろ?」

『そうだねぇ。あっ、それなら、ちょっとだけわがまま言っていい? あの……、駅の近くにある、「まちかど広場公園」……、行ってみたいなぁ』

「ん? 『まちかど広場公園』……か。よし、分かった」

 あの公園へは、もうずいぶん行ってない。

 高校から帰る途中の、駅前のスーパーの裏手にある、ずいぶん寂れた小さな公園。

 小学校低学年まではよく遊んだ。

 ちょうど家と小学校との中間くらいにあるから、帰り道もよくその公園の中を通り抜けたり、日暮れまで遊んだりしていた。

 でも、風子の家はとなりの中学校の校区だ。

 なぜ、こんな校区外の、しかもずいぶん入り込んだところにある公園を知っているんだろう。

 ふとそんな思案を始めたが、せっかく風子が行きたいと言ってくれたんだからと、すぐに気持ちを切り替えてペダルを踏む足に力を込めた。

 風が涼しい。

 まだ、夏の昼下がりのように暑さが汗を誘う秋の夕暮れ。

 公園の入り口に自転車を止めて、幅広の階段を上がる。

「この階段、久しぶりだな。風子、ここでいいんだろ?」

 僕はそう言いながら、スマートフォンを自撮りモードにして『うしろの風子』の顔を映した。

 風子はふわりと公園を見渡している。

『うん。あー、砂場、なくなっちゃったんだね』

「砂場? そういえば昔あったな。風子、ここに来たことあるのか?」

『うん。あたし、ほら、あそこ……、あのマンションに住んでたの。幼稚園まで。小学校に入学するときに引っ越しちゃったんで、小学校も中学校も隣町なんだけど』

「へぇ……、ご近所さんだったのか」

『そこの国道バイパスの高架むこうに幼稚園があるでしょ? そこに通ってたの』

「そうなのか。僕はその手前の保育園に通ってた。この公園でもよく遊んだよ」

『そう? じゃあ、もしかしたら同じ時に遊んでたことがあったかもね。そのころってね? 実はあたし、すごいイジメられっ子でね?』

「風子がいじめられっ子? ぜんぜん想像できないな」

『名前がちょっと変わってるし、苗字と合わさると真ん中が「台風」になっちゃうから、「たいふうおんなー」なんて言われて』

 ちょっとドキッとした。

 そういえば、いつかまったく同じことを思ったことがある。

 そうか……、その呼び名でイジメられてたのか。

『でもね? そんなとき、この公園でちょっとした出会いがあって……、それからずいぶん気分が変わって、いまみたいにいっぱい笑えるようになったの』

「出会い?」

『うん。あたしが泣いてたらその人がとっても心配してくれて、すごく優しく慰めてくれたの。「神さまは笑顔でいる子に幸せを運んでくださる」って、そんな話をしてくれて』

「それ、父さんがいまもよく言っている言葉だ。その人って、もしかしたらうちの教会に来てくれていた人かもしれないね」

『そうかもね……。あたし、それからずっと笑顔で居られるようになったんだよ? 「風子」って名前も、とっても好きになれた』

「そっ……か」

 風子はまだ遠くを見ている。

 僕が知らなかったころの風子。

 能天気で、誰にでもヘラヘラ笑って愛想を振りまいて、八方美人でいけ好かない……、ずっとそう思っていたこの桜台風子は、本当はそんなヤツじゃなかった。

 イジメられて打ちひしがれても、ちゃんと自分で答えを見つけて、また笑顔を取り戻せる……、とっても芯の強い女の子。

 それを僕は、単一指向ですべてを理解したような思い上がりをして、まるで断罪するかのように軽蔑していた。

 そう……、軽蔑していたんだ。

 しかし本当は……、軽蔑されるべきは僕のほうだ。

『光平? どうしたの?』

「いや、その……、僕は風子に謝らないといけないなって……、思ってさ」

『謝る?』

 風子がそう言って不思議そうな瞳を僕に向けたとき、その画面が突然、通話の着信を告げるメッセージへと変わった。

 けたたましく鳴る着信音。

 母さんからだ。

「はい、もしもし?」

『光平? あの……、いまどこに居るの?』

「え? いまは『まちかど広場公園』に居るけど……、どうかした?」

『えっと……、すぐそこの「まちかど広場公園」? あの、いま警察の人が来てて、光平に用事があるって……』

「そう? こちらは別に用事はないんだけどね」

『ええっと、あの! ちょっと待ってください! あああ、どうしたらいいの?』

 母さんは自宅の前らしく、その声の背後では「落ち着いてください」なんて言っている別の女性の声が聞こえている。

 あの少年係の、諸田という女性警察官だろうか。

『お母さまの声……。どうしたんだろう。光平、すぐ帰ろ!』

「うんっ」

 イヤホンに響いた風子の声を聞いて、僕はすぐに自転車を止めている公園入口の階段へ走った。

 スニーカーが砂を蹴る音が響く。

「おいっ、そこを動くなっー!」

 階段にたどり着く寸前に聞こえた、その怒号。

 同時に、一台の灰色の車がギュギュッとタイヤを鳴らして階段下に止まった。

 運転席の窓から、見覚えのあるあの顔が覗いている。

 下見警部補。

 二日市警察署、生活安全課少年係の係長。

 乱暴にドアが開き、くたびれたスーツ姿がゆらりと足を踏み出す。

 僕は階段の少し手前で立ち止まって、その言葉に何も返さずに下見係長を見下ろした。

「ふん、いい面構えだな、永岡光平。ちょっと警察署まで来い」

 僕を睨みつけながら階段を上って来る下見係長は、以前に警察署で話したときとはまったく別人のような粗野ぶりだ。

「なんか用ですか?」

「おう、お前に聞きたいことが山ほどあってな」

「先日すべてお話ししましたけど」

「俺はお前みたいな嘘つきが一番嫌いなんだ」


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