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うしろの風子  作者: 聖いつき
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プロローグ  いつもの、僕の部屋(2)

『あー。そういえば階段から落ちる瞬間は、なんとなく記憶にあるような』

「と……、とにかく、ここは立入禁止だ。帰ってくれ」

『ええ? 帰れって言われても、えっと、その……、帰り方がよく分からないかも』

「なんだって? 自分で来たんだから帰り方も分かるはずだろ」

『えっとー』

 桜台の間抜けな返事。

 そのなんとも要領を得ずに宙を仰いでいる顔は、どう見ても幽霊って感じじゃない。

 そう思った途端、なぜか急に肩の力が抜けた。

 そうか。

 これは夢だな。

 今日はいろいろあって疲れたから、僕は帰宅早々ベッドに倒れ込んで寝てしまったんだ。

 しかしよりによって桜台が夢に出て来るなんて。

 まぁ、桜台風子はいつもこんな調子だ。

 コイツとは高校一年のとき同じクラスで初めて会って、なんの因果か二年生も同じクラスになってしまった。

 第一印象は最悪。

 無神経に誰とでも節操なくフランクに話す、たぶん僕が一番嫌いなタイプの女だ。

 だいたい『風子』って名前はなんだ。

 苗字とあわせて『桜台風子』って繋がると、なんか途中の『台風』が目立って見えてきて『台風女』なんて別名で呼んでみたくなる。まぁ、実際に台風みたいなヤツなんだが。

 それに、あの笑顔も気に入らない。

 いつも誰にでもヘラヘラと笑うヤツで、その八方美人ぶりのせいか、けっこう各方面で人気があるのもいけ好かない。

 実際、四月の新学期早々、コイツはすぐにクラス委員長に選ばれたし。

 まぁ、お調子者がその人気で委員長になるのはよくある話。

 僕には無縁だ。

 無縁だったはずなんだ。

 ところがそのとき、さて副委員長は誰がなるのかなと完全に他人事と決め込んで窓の外を眺めていた僕に、あろうことか桜台はしたり顔をして痛烈なひと言を投げ掛けたんだ。

『あたしの補佐、副委員長はっ、永岡光平くんを指名っ!』

 油断していた僕は頬杖からガクリとあごを落とし、それから即立ち上がって猛抗議をしたんだけど、桜台はまったく取りつく島なし。

『だって、いつもきちんきちんと細かいから、きっちり補佐してくれそうなんだもん。あたしズボラだし。あはは』

 そんな身勝手な理由で、僕は二年生が終わるまでずっとコイツのいい加減さに振り回される運命になってしまったんだ。

 うう、イヤなことを思い出してしまった。

 ま、そんないい加減な桜台にずっと腹を立ててきた僕だから、いまそのストレスのせいでこんな夢を見ているんだろう。

 今日はいろいろあって疲れたからな。

 桜台が階段から落ちて病院へ運ばれたり、そのせいで職員室へ呼ばれたり。

『あのー、永岡? あ、あたしさぁ』

 あら、まだ夢が続いている。

 またスマートフォンを覗き込むと、桜台にしては珍しく力無さげに僕の肩に手を掛けて、ちょっと上目遣いでなにかを懇願するような瞳をこちらへ向けていた。

「この夢はもうおしまい。聞かないよ」

『あのう』

 ピンポーン。

 彼女がそう言い掛けたとき不意に鳴ったのは、玄関チャイムの無味な電子音。

『あ、お客さん』

「なんか、ずいぶん現実味のある夢だな」

 あまりにも夢らしくない夢に当惑しつつ、僕は制服シャツの胸のポケットにスマートフォンを無造作に押し込んで、すぐに階段を下りてリビングに向かった。

 キッチンカウンター横の壁に取り付けられた、モニター付きインターフォンの受話器を手に取る。

「はい。どちら様でしょうか」

 玄関先を映した小さなモニター画面には、グレーのパンツスーツ姿の若い女性と、紺色背広姿の若い男性が映っていた。

 どちらも初めて見る顔だ。

 すると女性の方がしかめつらをずいっとカメラに近づけて、不機嫌そうにマイクに話し掛けた。

二日ふつかいち警察署生活安全課少年係のもろと言います。キミ、永岡光平くんっ?』

 警察? なんで警察が来るんだ。

「えっと……、光平は僕ですけど」

『ああ、居てくれてよかった。キミ、今日、学校で桜台風子さんが階段から落ちたとき一緒に居たんだよね? ちょと詳しい話が聞きたいんだけど』

「はぁ」

『ちょっと、出て来てくれない?』

 どういうことだろう。

 確かにあのとき、僕は桜台と話していた。

 でも僕はなにもしていない。

 突然、勝手に桜台が階段を踏み外して転げ落ちて来たんだ。

『ちょっと、聞こえてる? 開けてって言ってるでしょ?』

 もしかして、これは夢じゃないのか?

 玄関扉の向こうでは少年係の美人女性警察官が、言い方は優しいがいかにも不機嫌だといった声をけっこうな勢いであげている。

 この警察官はたぶん、僕が桜台を突き落としたとでも思っているんだろう。

『開けてくれるかしら!』

 僕はしばらくの間、リビングのインターフォンの前に立ち尽くして、あれこれ思案を巡らせていた。

 僕は本当になにもしていない。

 たとえ夢の中だとしても、こんな疑われ方をするのは心外極まりない。

 でもまぁ、そのうち目が覚めるだろうなんて思って、僕はそれからゆっくりと玄関の扉を開けて表へと出たんだ。


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