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うしろの風子  作者: 聖いつき
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2-1  諸田部長の『お巡りさん記念日』(3)

 ハッとした。

 初めて見た、永岡光平の笑顔。

 彼、あんな顔して笑うんだ。

 普段の冷淡ですべてを見透かしているような大人の顔じゃない、高校生らしいあどけない笑顔。

 下見係長は言った。

『目を見れば分かる。とんでもない、したたかな少年だ』

『成績はすこぶる優秀でクラス委員なんてやってるみたいだが、どうせ協調性なんてまったくなくて、教会の息子のくせに慈悲の心なんて一切ない野郎だろ』

『なぁに、周りの人間に聞き取りすりゃ、すぐにそういうヤツだって証言がわんさか集まるさ』

 初めて彼のその目を見たとき、私も「ああ、なるほど。係長が言ったとおりの子だ」と思った。

 でも、考えてみれば、それは下見係長がそう言っただけだ。

 私が……、私自身が彼をちゃんと見て、彼と話して、直接その人となりを読み取ったわけじゃない。

 あの、普段の彼からは想像もできない、優しい笑顔……。

 昨日、警察署へやってきてくれた御笠雅という女の子は言った。

『永岡くんは、本当はとても優しい。彼を疑わないで』と。

 聞く相手を間違った……、正直、そう思った。

 名乗りを挙げてくれたので呼んだが、幼馴染みと聞いて失敗したと後悔した。

 幼馴染みなら、彼のことを悪く言うはずがない。

 庇って当然だ。

 そして私はもう、最初からあの子の話を聞く気がなかったんだ。

 植えつけられた先入観、表面だけの印象、そして勝手に思い描いたストーリー。

 彼のことを庇う女の子など、まったく信用できないと烙印を押したんだ。

 私は大バカだ。

 どうしようもない、大人のなり損ない。

「永岡よ。どうするのだ」

「そうだな。インフォメーションに連れて行こう。名前を言わないから、この帽子や服装の特徴を館内放送で流してもらおうか」

『そうねー。インフォメーションに行く途中でママに会えるかもしれないしー。さっすが、光平は優しいねぇ』

「おだててもなにも出ないからな」

『おだててなんかないよぅ。あたしはね? 光平が本当は優しいってことちゃーんと知ってるんだから』

「ふん。それは風子の勝手な思い込みだな」

『そんなことないもーん』

「もうキミら、付き合ったらよいのではないか?」

 それから私は、彼がその小さな男の子の手を引いて露天の通路を遠ざかっていく後ろ姿を、しばらく放心して眺めていた。

 あの長身男子も、その様子からずいぶん永岡くんを信頼しているのが分かる。

 もしかしたら、あのときの永岡くんの電話の向こうに居た誰かも、彼を正しく理解して、そして心配してくれていた友達だったのかもしれない。

 そのとき、突然、ポツポツと足元で踊り始めた雫。

「……雨?」

 ふと見上げると、抜けるように青い秋空はそのままなのに、どこからかずいぶん優しい雨が舞い降りていた。

 ふわりと水滴がついた、私らしくなく緩やかに下ろした髪。

 あの歳上の新任くんも、今日の私とすれ違っても私だと気付かないかもしれない。

 でも、この私も本当の私だ。

 日ごろ見ている部分だけでは知ることができない、普段は誰にも見せない私。

 なんだか、この雨が本当の私をさらけ出してくれて、いままでこだわっていた小さなことを全部洗い流してくれるような、そんな気がした。

 そうだ。

 もう一度、最初からやり直そう。

 下見係長から聞いたことを全部忘れて、掛け違えたボタンを全部外して。

 私は、おもむろにスマートフォンを取り出した。

 一昨日かけたときと同じその番号を、もう一度鳴らす。

「もしもし? 突然ごめんなさい。二日市警察署の諸田です。私のこと分かる? あの……、昨日、最後ちょっと言い合いになってしまったじゃない? 私、とても反省しているの。よかったら今から、もう一度ちゃんと話を聞かせてくれない? なんなら家まで迎えに行くわ」

 さて、これで結局お休みはナシね。

 ほんと、こんなことになるなんて、なんて無計画な休日なのかしら。

 でも……、でも、ぜんぜん惜しくない。

 だって今日は、私もお父さんみたいな少年たちを信じる「警察官」に……、いえ、「おまわりさん」になろうって決心した、その記念日だから。


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