1-3 階段落ちの真実は(2)
六時限目のロングホームルーム。
少し早いけど、僕は敢えて二か月後にある文化祭のクラス参加をどうするかの話合いをするよう風子に言った。
九月になって、まだ二学期早々の実力考査が終わったばかりだったけど、このズボラな風子のことだ。早めになにをするかを決めないと、おそらく準備が間に合わない。
『はーい、ちょっとみんなこっち向いてぇ。今日はね、まだちょっと早いんだけど、十月終わりの文化祭のクラス参加をどうするか、少し話し合っとこうと思ってね?』
教室の教壇に立った風子がそう言うと、みんなが一斉に前列の脇で窓に背中を預けて立っている僕の方を見た。
みんな、は? みたいな表情。
どうせお前が言ったんだろって、そんな視線がバンバン飛んでくる。
僕は風子の横まで行って、ちょっと補足するといった体で口を開いた。
『まだ早すぎるように感じるかもしれませんが、たぶんこの委員長がリーダーではギリギリまでなにも決まらなくて、決まったら決まったで時間がないのにけっこう難しいことやろうってなるのが目に見えてます』
僕の言葉を聞いて、みんなが急にザワザワとし始めた。
でも僕はそんなことお構いなしに続ける。
『みんなの負担を減らすためでもあります。もう開催の日程まで分かっている行事ですから、早め早めになんでも決めておきたいんです』
すると教室の後ろの方から、数人の女子がそれぞれに口を尖らせながら意見した。
『それは分かるけどさぁ、そんな言い方なくない? 風子がかわいそうじゃん』
『そうよ。あんた副委員長なんだから、ぜんぶ風子に任せたらいいのよ』
『風子ちゃん、もうちょっと怒りなよ。こんな言われ方してんのにー』
またやってしまったなと思いながらも僕は少々ふて腐れた顔になって、脇のほうに掃けてさっきと同じように腕組みで窓に背中を預けた。
壇上の風子は眉毛をハの字にして苦笑いしながら、両手を広げてみんなにちょっと待ってといった感じのジェスチャーをしている。
『あのねー? あたし、演劇とかやりたいんだけど。あたし、中学のとき文芸部でさー。いまでもお話書いたりしてるんだよね。よかったらあたしのお話、みんなで劇にして欲しいなーなんて』
またアホらしいことを言っているなと、僕はちょっと身を乗り出して風子に言葉を投げた。
『まず、クラス参加自体をやるかやらないかの決を採るべきだろ? それにこれはクラス全体の意思決定会議だ。自分の趣味をみんなに押し付けるな』
『あうー、そうだよねー』
そう言って僕がまた背中を窓に預けると、さっきの女子集団が突然立ち上がった。
『あんた! もうちょっと言い方ないのっ?』
『風子ちゃんがかわいそう!』
『いいじゃん、演劇っ! 風子ちゃんのお話、みんなで劇にすれば!』
ずいぶんとコイツは人気があるんだななんて思いながら、僕は腹立たしさすら感じずにげんなりと溜息をついてこれに応えた。
『なら、キミらみんな桜台に協力するんだな? 他のヤツの意見は聞かないのか? 予算はどうするんだ? 衣装は? セットは? 現実問題ともちゃんと向き合って決めろよな』
いまから準備を始めれば、たぶん充分に間に合わせることができると思う。
でも、衣装やセットを製作する金銭的な問題や、練習する場所や時間の確保の問題なんかは簡単にはクリアできない。
ある程度いろいろなものを見越して、計画段階から綿密にやらないと思ったとおりの仕上がりにならないのは分かりきっている。
それに、誰もが知っている既存の台本を使うのならまだしも、風子が自分で書いたオリジナルの作品をやるとなればその作品の質も分からないし、作品のイメージを一からクラスのみんなに浸透させなければならないから、既存作品よりはるかに時間がかかるはずだ。
結局、そのホームルームは僕がみんなに罵倒されて荒れまくり、なんの決定もすることができなかった。
そして、まだ文化祭はずいぶん先のことだから、またゆっくり話せばいいという手打ちになって、険悪な雰囲気で放課後を迎えたんだ。
『永岡ーっ』
教室の鍵を返しに職員室へ向かっている僕の後ろから、聞きなれた甲高い声が響く。
振り返ると、風子が肩に掛けたカバンをパタパタと揺らしながら、僕を追い掛けて走ってきていた。部活を早退してきたのか、カバンと一緒に何か楽器ケースらしきものを抱えている。
外はもうずいぶんと陽が落ちて、校舎の中はどこも不気味な薄暗さに包まれていた。
僕は二階から一階に下りる階段の途中で立ち止まり、階段の一番上で息を切らしている風子を見上げる。
『なんだ。桜台か。部活、もう終わったのか?』
『永岡、今日はごめん』
『なんで謝るんだよ。結局、僕の物言いが悪いってみんなから罵倒されただけだし』
『でも、その』
『ま、みんな桜台の味方らしいから、みんなの力を借りて好きにやればいいじゃないか。僕はいまから先生に副委員長を辞めさせてくれって言いに行く』
『え? ちょっと待って。永岡はあたしが指名して』
『いや、なにも桜台を恨んだりはしないよ。ただ、指名のときに言ってくれたような補佐役はもう僕には無理だと思ってな。他に適任が居るだろ。悪いけど、いまからそいつを指名しなおしてくれ』
『そ、そんな人居ないよぅ。永岡、あ、あのね? あたし』
『いいか? 桜台。演劇をやろうが映画を作ろうが勝手だけど、リーダーはその結果について全責任を負うんだからな? ちゃんと負えるか? 塾に行っているヤツだっているし、親がそんなのに金なんて出さんって言うヤツだっている』
すると風子は階段の一番上に立ち尽くしたまま、両手で制服のスカートをきゅーっと握った。
いつもは見せない、すごく切なそうな顔。
『僕は桜台がその責任のことなんてなんにも考えてないように思えたから、あんなふうに言っただけだ。悪かったな』
僕はもうこれ以上、この桜台風子に振り回されるのはごめんだ。
そう言って僕がくるりと背を向けて再び階段を下り始めたとき、突然後ろで衣擦れの音がした。
『きゃっ!』
一瞬の出来事だった。




