1-3 階段落ちの真実は(1)
僕が暮らすこの街は、県庁所在地の政令市から少し南に下ったベッドタウン。
なだらかな丘陵地にひしめくように一戸建ての住宅が建ち並び、丘の一番上の方は目を見張るほどの大きな高級住宅が厳然と門を構えている。
その丘陵群の間には巨大な高架の国道がくねるように走っていて、閑静な住宅街と無機質なコンクリート建造物のミスマッチが、なんとも不思議な雰囲気を作り出していた。
実は僕の家は、その高級住宅街を囲む平凡住宅街の一角にある、『教会』だ。
父さんはプロテスタント教会の牧師で、毎日あちらこちらに出向いていっては、ありがたい聖書の教えを話して回っている。
小さいときからこの牧師節をずっと聞かされてきたせいだろうか。
僕はいつの間にか、父さんの願いとはまったく逆の『完全無神論者』になった。
神さまや超常現象などは一切信じない。
とかく超常現象の類などは、なんらかの物理的現象や感覚的誤認によって生じたもので、この世界に科学で証明できないものは絶対に無いと信じている。
家の横には、緑の屋根の真っ白な教会。
いや、教会の敷地に家が建っていると言った方がいいか。
父さんの教会はとっても可愛らしい外観で嫌いじゃないけど、幼少からずっと神さまのお言葉を聞かされ過ぎたせいか、残念ながら僕は牧師の子でありながら神仏を一切信じないという、相当に親不孝な息子になってしまった。
しかし、学業面や生活面では一度も親不孝をしたことがない。
学校の成績は一応優秀な部類に入っているし、お金のかかる遊びや夜間帯に及ぶ付き合いなどもしたことがない。
というか、付き合うような友だちがぜんぜん居ないだけなんだけど。
そんな僕が警察署へ連れて行かれて、しかも傷害罪の容疑を掛けられたことは、たぶん生まれて今までで一番の由々しき事態だ。
身柄を請けに警察署へ来てくれた父さん母さんがベンチに座っている姿を見たとき、これは親不孝だと思われても仕方ないと反省した。
風子が階段から落ちて、僕の後ろに『うしろの風子』が現れた一昨日、僕は警察署に連れて行かれて、当たりは柔らかいが中身は実に欺瞞に満ちた取調べを受けた。
夕暮れの取調室。
両側に壁が迫る小さなその部屋は、刑事ドラマなんかで見るのとはちょっと違った。
パイプ椅子に腰掛けると、僕を迎えに来た女性の私服警察官が机越しのもうひとつの椅子にドサリと陣取った。
鋭い眼光。
「キミ、桜台さんと仲が悪かったらしいわね」
「え?」
「学校でいろいろキミのことを聞いたわ」
「はぁ」
確かに風子とはよく揉めた。
揉めたというよりは、彼女のわがままというか、その放漫ぶりに逐一苦言を呈して、ちゃんとクラス委員長としての仕事を誤り無くできるようにしていただけだ。
まぁ、風子からすれば気分のいいことではなかっただろうけど。
「なに? その目は。なんで黙っているの? 桜台さん、意識不明なのよっ?」
「意識不明っ?」
『なんですとーっ?』
思わず声を漏らした僕に続いて、胸のポケットから当の本人の声が割れんばかりに鳴り響く。
『いいい、意識不明ってどういうことよ! いま意識あるし!』
その声を聞いた諸田さんがさらに眉根を寄せて、ぐっと僕に顔を近づけた。
「ちょっと、その電話切りなさい。この会話を誰かに聞かせてるのね? ほんと、聞いたとおりの子だわ」
なんだ? 聞いたとおりって。
誰に聞いたか知らないが、よほど僕はしたたかで狡猾な人間だと思われているらしい。
まぁ、めったに笑うこともないし、親しく人と談笑することもないからそう思われても当然だ。
勝手にそう思っていればいい。
「この電話の相手、その意識不明っていう桜台風子なんですけど。代わりますか?」
「は? なにバカなこと言ってるの? あとからそのスマホの中も確認させてもらうわ。とにかく電話を切りなさい」
「はぁ」
すごい形相の諸田さんから睨みつけられながら、僕はポケットのスマートフォンを取り出して画面のロックを外した。
自撮りモードカメラの画面が開くと、僕の左肩の後ろでいまにも泣き出しそうな顔をした風子が、僕の肩にしがみついて唇を震わせている。
「なんかよく分かんないけど、意識不明だってさ」
僕はそう言ってスマートフォンをマナーモードにすると、またポケットに戻して諸田さんのほうへ目を向けた。
それと同時に、彼女の向こうからずいぶん穏やかな低い声が響いた。
「おー、キミが永岡くんか。突然来てもらって悪かったね。私は少年係長の下見といいます」
出された警察手帳には『警部補 下見慎二』の文字。
ちょっと恰幅がよくて、柔らかなボタンダウンの綿シャツと茶色のスラックスが独特のベテランさを醸し出している。すごく優しそう。
「さっきちょっとだけ聞いたけど、永岡くんは本当に桜台さんと揉めたりしていないんだね?」
「はい」
「ふうん、そうか。それじゃ、今日のこと、もうちょっと前の段階から詳しく話してくれないかな」
何度話しても変わらない。
事の経緯はこうだ。




