竜宮女傑譚
読み切り 第四弾です!
「……………………ぷはぁっ!
はぁっ、これが肺から吸う空気……! あれが人間界の町…………!!
これが最初で最後のチャンスだ。ここで見つけられたら………………………!!」
その少女は、水面から顔を出し、おおよそ人間の口からは出そうもない言葉を口にした。彼女の目的は一つ、自分に合う人間を見つけ出す為だ。
彼女の周囲の人物、更には彼女の身内さえも彼女を不適合だと断定し、その道から遠ざけた。しかし彼女は諦めることなく、このような大胆な行動に打って出た。
彼女の心にあったのは利己的な感情ではなく、自分の故郷を守りたいという純粋な心だけだ。
***
『キーンコーンカーンコーン』
それは、学校の授業の終わりを告げる予鈴の音だった。その音の発信源は町の中央にある一流高校《凪沙女子高等学校》である。この音を合図にほとんどの生徒は各々の行動に出る。部活動に赴く者も居れば図書室で勉強する者も居る。更にはその合図を待っていたかのように学校を後にする者も居る。
その中において、一際生徒の注目を集める存在が廊下を歩いていた。生徒だけでなく一部の教師でさえもその人物に反射的に注目する。そして口々に驚嘆の声を口から漏らす。
「ねぇあれ、《御舟様》じゃない!!?」
「えぇ嘘! 私初めて見た!」
「どうしよう! 私今日お化粧上手くいってないのに!」
ある者は指を差すのを堪え視線でその人物を見やり、ある者は顔を赤らめて口を押え、ある者は顔を合わせる事すら憚られると言わんばかりに目を背ける。
生徒達の注目を浴びているのは青みがかった黒髪を肩の付近まで伸ばした長身の女子生徒だ。彼女の名前は《浦島御舟》。高校の二年生にして生徒会の副会長である。生徒たちの注目を浴びているのは彼女、御舟も十分に理解している。しかし彼女はその評価を正当なものであるとは思っていない。
(……………今日は帰ったら宿題やって……、そうだな、数学の勉強でも適当にやろうかな。
……はぁ。にしてもこいつらは毎回毎回飽きもせずに仰々しく驚いてくれるね。皆私の事なんか何も知らないってのに。そもそも私なんて評価されるような人間じゃないってのに………………)
くれぐれもその事を表情に出さないように気を遣いながらも御舟は心の中で溜息を吐いた。御舟は最早日常茶飯事と化しているこの状況を煩わしいと思っている訳ではなく、自分はこのような評価を受けるに値しない人間だと思っているのだ。
(私なんて両親の付属品に過ぎないのに。何かを自分の力で成し遂げた事なんて一度だって無いのに…………………)
御舟の父、名前を《浦島定雄》は己の能力一つで町の周囲に多大な影響を及ぼす大企業を立ち上げた実業家であり、母、名前を《浦島美波》はその独特な感性で全世界に名を轟かせるデザイナーとして世界で活躍している。御舟はその両親と自分とを比較して引け目を感じている。
御舟には何かを達成した経験も何かをやりたいという強い意思もない。父の企業の後継者は既に彼の秘書と決まっており、自分にデザインの才能が無い事は物心ついて直ぐに理解した。
(まぁ、なにはともあれ帰るしかないんだけどさ。
………………あぁ。もう来てる。全く準備のいいこって。)
御舟は窓から校門付近に一台の大きな車が止まっている事を確認した。それは浦島家が所持している車だ。特に大きな理由が無い場合は御舟は車で通学している。凪沙女子高において家族に車で送ってもらう事は珍しい事ではないので、御舟も断る事はしなかった。
(…………明日は、ジムにでも行くか。目立ちたくないとはいっても太る気なんてさらさらないし。)
明日は放課後の時間を運動に費やすと決め、その時間を補う為に今日は念入りに勉強をしようという予定を立て、校門に向けて歩を進める。
***
御舟が車に乗って家に向かっている頃、暗い海の底では壮絶な議論が繰り広げられていた。
「馬鹿な!! そんな事は有り得ん!!」
「否、紛れもない事実だ!! 証拠も掃いて捨てるほどある!!!」
「だが、それは飽くまでも千年以上前の話であろう?」
「確かに。だが、今その近くには湊乙の者が接触しようとしている!!!」
『!!!』
その人物達は、一斉に顔を青くさせた。
その懸念が現実となる可能性は著しく低い。しかし、実現すれば致命的となり得る。故に彼らは刺客を差し向ける決意を固めた。
御舟が家に向かっている中、その刺客は御舟が住む町に向かっている。
***
十数分を掛けて車が家に着いてから数時間後、御舟は父 定雄と対面して夕食を取っていた。御舟の実家 《浦島邸》は広大な敷地を持つ屋敷であり、御舟だけでなく屋敷に住む人間の殆どがその広大な生活面積を持て余しているのが現状だ。
今日の夕食の献立は火を通した鮑を中心としている。父 定雄の趣向により、食卓には肉類より魚介類が並ぶ割合が少しばかり多い。
「どうした御舟。手が止まっているぞ。」
「! す、すみません!」
御舟の前に座り、鮑の肉にナイフの刃を差し込んでいる男こそが彼女の父、浦島定雄である。生まれつきの茶髪を短く切りそろえ、食事中であろうともその身体をスーツで包んでいる。その理由はいつ何時も数多くの人間の人生を握る経営者としての自覚を忘れない為だと言っていた事を御舟は記憶している。
「もしかしてもうすぐある進路決定の事で悩んでいるのか。」
「!
………………はい。」
このように定雄は時々ではあるが御舟の事を見通し、彼女の事を気にかける事がある。最近では高校入学について全面的に相談に乗ってくれた事実があり、御舟もその事を深く感謝している。しかし御舟はこういった父との接し方に違和感を覚えていた。その原因が定雄ではなく御舟自身にある事は彼女が一番良く理解している。
「いいか御舟。高校までは私も全面的に補助をしたが、大学の場合はそうはいかない。お前の人生はお前が選択する義務があるのだからな。」
「…………………」
「…………自信が無いのか。ならば一つだけ言っておく。私がこの仕事に就く事を選択した切っ掛けは知っているな。」
「はい。それはもちろん。」
その言葉で御舟が思い起こすのは定雄の大学時代の話だ。
彼は本来所属していた学部とは無関係の授業を気紛れで受け、それを切っ掛けとして企業運営の道を志した。
「しつこいようではあるが、私は今でもあの授業が無かったら今の私は存在していなかったと考えている。つまりだ御舟。人間どのような能力があるのかに気付く切っ掛けは様々あるのだ。お前の意思で決める必要はあるが、難しく考える必要はない。
ただ、お前のやりたい事をやればいいのだ。」
「………………はい。
(やっぱり何も分かってない。私はそのやりたい事すら分からないんだよ。)」
(彼女の中では)論点のずれた父の指摘に対し心の中で愚痴をこぼした御舟は気付かれない程度に急いで食事を済ませ、席を立った。
「言い忘れていましたが、明日は帰りにいつものジムに行くつもりですので迎えの車はいりません。」
「そうか分かった。夕食には間に合いように切り上げてきなさい。」
「分かりました。おやすみなさい。」
必要最低限の会話だけを済ませて御舟は部屋を後にした。それを見届け、定雄は食事の残りを取りながら思考していた。
(………………今日もあいつは昔のように接してはくれなかったな。私は娘に遜られるようなそんな厳格な家族関係を求めている訳ではないというのにな。)
「!」
定雄の思考を断ち切るように彼の懐に入れていた携帯電話が鳴った。行儀が悪いと割り切りつつも応答する。
『もしもしあなた。私よ。』
「美波か。一体何の用だ。私は今食事中だ。」
『そんな事を言っている場合じゃないのよ! どうやら、あの事を御舟に伝えなきゃならくなったみたいなのよ!!』
「!!!? 何だと!!!? 馬鹿な!!! あれはまだ最低でも数か月は余裕があった筈だぞ!!!」
『ええ。本当ならそうよ。だけど一人がその町の近くまで来ているのよ!!
それでその人を追ってる刺客まで来てる!! もし接触されたらまずい事になるわよ!!!』
「な、何という事だ…………………!!
分かった!御舟の事は私に任せておけ!! 幸い明日は急ぎの仕事は無い。私が上手くやる!!!」
そう言って妻 美波通話を切ると、定雄は食べかけの料理を前にして頭を抱えた。そして懐から小さな本を取り出す。表紙が擦り切れんばかりの古い本だ。
(な、何という事だ………………!!!
本来ならば御伽噺だと断定するようなあの伝説が本当で、しかも今日明日にでも実現しようとしているとは………………………!!!!)
***
「フッ! フッ! ヤッ! ハッ! ヤッ!」
時刻は夕時 場所は町内運営のジム。
平日とあって人の数は少なかったが、そこには奇妙な現象が起こっていた。広大なはずのジムの中において一人の人間の鳴らす音しか響いていないのだ。
それは微かな掛け声とグローブをはめた手がサンドバッグを叩く鈍い音だ。そしてその音を鳴らしているのはジムに定期的に通っている御舟である。
本来の目的も忘れて他の利用客が御舟のトレーニングに見入っているのは偏にその姿が美しいからだ。しかし他の客達に下心は存在しない。ある種の美しい絵画を見た時に抱くのに似た感情だけが彼等の心にはあった。
「………………………ふうっ!!」
目標の三分間を達成し、御舟は息を吐きながら肩の力を抜いた。それに合わせて他の客は一つの演目が終わったと言わんばかりに各々のトレーニングに戻る。日常茶飯事ではあるが、御舟はこの状況も本意ではないと考えている。
(……………唯みんなと一緒にサンドバッグを叩いているだけなのに、なんでこんなに目立ってしまうんだろう。どこに行っても何をしても素の私を出せる場所なんてない。
私はそういう生まれつきなのか……………………)
滴る汗を拭いながら御舟が考えていた事は昨夜の父との食事の件だ。
父の指摘に対し、彼女はやりたい事すら分からないと心中で思った。しかしそれが独りよがりの言い訳である事は分かっている。一刻も早く自分が何をしたいのか、何が向いているのかを見つける必要がある。
しかし現状分かっている事はそのやりたい事はこのジムの中にはないという事だけだ。
(……もういいか。サンドバッグも叩いたし10キロ走ったし、今日はもう帰ろう。それであそこに行こう。)
小一時間程の運動を切り上げ帰路につく為にトレーニングルームの扉をくぐった。
***
「社長!!! 社長!!!」
場所は定雄が経営する会社の社長室。その部屋を必死な表情で走り込んで来る男が居た。スーツに身を包んだ男の名前は《小磯帆一郎》。定雄の秘書にして会社の後継者である。
「何だ騒々しい。ここは社長室だぞ。ノックくらいしないか。」
「い、一大事です!! たった今御舟お嬢様から連絡があり、それで今、ジムを出たと………………!!!」
「!!!? 何だと!!? 馬鹿な!!!
普段の予定より三十分も早いじゃないか!!! それであいつは何と言っていた!!? まっすぐ帰ると言っていたのか!!?」
「いえ、それが、『海を見て帰る』と仰っていて…………………」
「海だって………………!!?」
御舟が住み、定雄の会社がある町には少しばかりではあるが海に面した場所がある。定雄の脳内では仕事上頭に焼き付けた町の地図が浮かび上がっていた。御舟が通うジムの近辺にあり、それでいて少しの寄り道で家に帰れる場所となるとかなり限られてくる。
「よし分かった!! 小磯、急いで車を回せ!!! 今から向かえばまだ間に合う筈だ!!!
たとえ最悪の状況になったとしてもな!!!」
「はいっ!!!」
これから一時間後に会社の定例会議があるが、定雄にも小磯の頭にもその事を考慮している余裕は無かった。彼等の心にあったのは純粋な衝動だけだ。
***
「………………ふぅ。あとちょっとか……………」
ランニングマシンとサンドバッグで程よく疲労した身体で御舟は自転車を走らせ、目的の場所の数十メートル前で止まった。休息代わりに身に着けていたヘルメットとサングラスを外し、買っておいたスポーツドリンクで喉を潤す。
今、彼女の眼前には赤と青が混じった空とその色を反射した海が広がっている。御舟は試験終わりや生徒会選挙前など、考え事をしたい時には良くこの海辺に足を運んでいた。今の季節に海辺に入る事は禁止されているが、この道路からならいつでも海を見られる。御舟だけが知る穴場の一つだ。
目的の絶好の場所で一秒でも早く長く海を眺める為に御舟はヘルメットとサングラスと付け直して自転車を走らせる。
(…………私ってよくこの海に来てるよな。
そういえば何でここが好きなんだろう。海がきれいだから? この季節誰も居ないから?)
「……………………ん? んっ!!!!?」
その瞬間、御舟の目は普通なら有り得ない光景を捉えた。波打ち際に一人の少女らしき人影が倒れている光景がそこにはあった。それを見た瞬間、御舟は反射的に自転車を乗り捨てガードレールを乗り越えて少女の許まで走っていた。
(な、なにあれ!!? 人!!!? 事故!!!?
な、何にしてもまずは救急車呼んで人工呼吸して心肺蘇生させてそれから……………………!!!)
「だ、大丈夫ですか!!? 息はありますか!!? 今救急車を呼びますから━━━━━━━━
ッ!!!!?」
その時、御舟に更なる衝撃が走った。その少女の下半身を見たからだ。
その少女の下半身には本来あるはずの足が無かった。そこには桃色の尾ひれがあった。更に言うと、上半身は水着のような服を身に着けているが、頬と首の間の付け根には鰓のようなものが生えていた。それらの情報を統合して御舟はある突飛な結論を出した。
(こ、これってまさか、人魚……………………!!!?)
「……ん?」「!!」
肺に空気を送るまでもなく心臓を刺激し鼓動を復活させるまでもなく、その少女は意識を取り戻した。しかし御舟の感情を埋め尽くしたのは動揺だった。それは目の前の少女が言うまでもなく唯の人間ではないからだ。
「え!!? あ!! あ!! あ━━━━━━━━!!!」
「あ!! ああいや違いますよ!! 私は別に何も!!!
その分じゃ救急車はいりませんよね!!?」
人魚の少女は自分が置かれている状況を理解し、堰を切ったように動揺した。それに合わせるように御舟も弁解の言葉を連ねる。人魚に会った事への対処法など持ち合わせている筈は無いのだ。
「………………あんたは、本当に人魚? その、コスプレとかじゃなくて? ほら、最近流行ってる人魚の格好して泳ぐっていうあれじゃなくて?」
「は、はい。そういうのではなくて、正真正銘の……」
「………………マジかぁ。」
動揺が落ち着いてようやく認識した事だが、その人魚の少女は太陽光を反射するような桃色の髪に青い瞳をしていた。日本はおろか、海外にも居るかどうかという程物珍しい髪と瞳の色だ。根拠としては弱いが、その要素も御舟にとって目の前の少女が人魚であるという説得力を持たせた。
*
対面の動揺も落ち着いた御舟と人魚の少女は砂浜に腰を下ろしていた。そして赤の割合が多くなった空を見ながらの会話に移る。
「私は浦島御舟。あんたは?」
「私は瀬魚。《湊乙瀬魚》って言います。」
「で、なんで人魚ともあろう人がこんな所に? ってか何で溺れてたの?」
「あぁ、あれは溺れてたんじゃなくて休んでたんです。それが寝入っちゃってあんな事に。」
「人騒がせな奴ね。で、こんな町まではるばる何しに来たの?」
「それは、人を探しに来たからです。もしその人が見つかったら、私はきっとやりたい事がはっきりする気がして…………………」
「!
………………あんたもそうなんだ。」「え?」
そうして御舟は瀬魚に己の本心を口にした。
家柄によって生まれてからずっと悪目立ちや過剰な評価を受けていた事、親の名声を着ているだけの自分に罪悪感ばかり感じている事、そしてその現状を打開する為に自分でやりたい事を探してはいるがなかなか上手く行っていない事を吐露した。
「そうなんですね。ちなみに具体的には何を?」
「色々やったけど、今は勉強と運動に力を入れてるかな。
とはいっても勉強は試験を取ってもいつも教科の点数に差が無いから何が向いてるのか分かんないし、運動も健康の為でそれに人生を賭けようなんて思ってないし…………………」
「………なら、そこは私と真逆ですね。」
「え?」
「私もかなり大きな家に生まれたんですけど、その中じゃ私は頭も良くなくて体力も殆ど無いんです。」
「それでも諦め切れずにこんな所まで?」
「はい。それが出来ればきっと故郷を守れると思っているから………………!」
「守る? 何から?」
「あ! 言い忘れてましたね。それは…………………」
『ザッパァーーーーーン!!!!!』
『!!!!?』
その瞬間、御舟と瀬魚の目の前に巨大な水柱が立った。そしてその上には一人の人物らしき何かが立っていた。御舟がそのような印象を抱いたのはその人物が明らかに人間ではなかったからだ。
まず、その人物の肌は黒と茶色を混ぜ合わせたような色だった。更に髪は生えておらず、口は鳥の嘴のように尖っている。そして手首、足首には小さな鰭が、背中には這うように背鰭が生え、更には身の丈程もある尻尾が生えている事を確認した。
「な、何あいつ!!!?」
「あ、あれはまさか、殺し屋!!!?」
「その通り!!! 泣く子も黙る天下の殺し屋『丸呑み』の《オウル・チャックパック》とは俺の事よ!!!! コイツァラッキー!! 《浦島》と《湊乙》の末裔が雁首揃えてるなら探す手間が省けたぜ!!!
テメェ等二人の首を持って帰りゃ残りの人生一生遊んで暮らせるぜぇ!!!!!」
『!!!!?』
オウルと名乗った男は首を長く伸ばし、顔面を御舟と瀬魚に繰り出した。そして至近距離に入った瞬間、その口は大きく広がった。オウルの身体に耳は確認できなかったが、あればそこに達する程に口は大きく裂け、頭部それ自体が何倍にも膨れ上がったかのように巨大化した。
「はぐんっ!!!!!」
『!!!!!』「チッ!」
大きく開けたその口でオウルは御舟と瀬魚が居た空間を丸吞みにした。
しかしその瞬間、御舟は反射的に瀬魚を抱えて地面を蹴り飛ばし、間一髪で窮地を逃れた。
「ゲッヘッヘッ。今度は逃がさねぇぜぇ?」
(~~~~~~~~~~~~!!!!
な、何なのこのバケモノ!!!?)
「………………に、逃げて………………!!!」
「!!?」
「今すぐ私を連れて逃げて下さい!!!! このままじゃ二人とも殺される!!!!」
瀬魚の言葉に返事する余裕すらないと判断し、御舟は彼女を両手で抱えたまま走り出した。
***
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
「ギャッハッハッハッ!!! 逃がさねぇっつってんだろうがよォ!!!!!」
御舟は両手で瀬魚を抱えたまま(所謂お姫様抱っこ)全速力で走っていた。オウルは依然として口を大きく開け、御舟達に襲い掛かっている。しかし御舟はそれを直感で避けている。最早御舟には命を脅かされているという自覚すらなかった。なぜそのような状況に陥っているのかその理由も分からないし、現状すら把握できていないからだ。
(身体に染みついた汗の匂いからしてさっきまで結構動いてて、それでいて今も女一人抱えているくせに良く動く女だ!!)
「な、何なのあのバケモノ!!! ってかそもそもあんたが何なの!!?
何で命を狙われてんの私達!!!」
「あ、あいつは《深淵界》の殺し屋です!!!」
「アビスパレス!? 何それ!!?
ってゆーか降りてくれない!!? 何でずっとしがみついてるだけなの!!? あんた担いで走るには結構きついんだけど!!?」
「わ、私はそんなに重くないですよ! というか私、地上じゃ自由に走れないんです!」
「ハァ!? どういうことそれ!!?
ウワッ!!!!」
再び襲い掛かって来たオウルの攻撃を御舟は前に跳んで躱した。しかし砂浜に足を取られ、転倒する。幸運にも足に負傷は無く、すぐに起き上がって瀬魚を抱えて走り出す。
「瀬魚、あんたホントに地面を走れないの?」
「は、はい。」
「じゃあ仕方ないね。結構汚い目に遭ってもらうよ!!」
「えっ!!?」
そう言うと御舟は踵を返して横方向に走り出した。彼女の視線の方向にはガードレールと道路が広がっている。
「な、何をするつもりですか!!?」
「まともに、しかも砂浜の上じゃ逃げ切れない!!!
ここからしばらく行った所に狭いトンネルがある!! そこに飛び込めば奴は追って来れないよ!!!」
***
御舟の思惑通り、近くにあったトンネルに逃げ込むとオウルの追撃は止んだ。
そのトンネルはクモの巣が張り、周囲にはカビが生えている。御舟が汚い目に遭ってもらいといった理由がそれだ。
「………………ふぅ。ここならしばらくなんとかなるでしょ。」
「だけど奴は執念深い男です。これくらいじゃ諦めませんよ!!」
「そりゃそうだろうね。だからさ、その間に聞かせてよ。あんたの事やあいつの事。」
「! はい……。」
*
この世界には御舟達のような人間が住む《人間界》、瀬魚達が住む《青海界》、そしてオウル達が住む《深淵界》の三つの世界が存在する。更に青海界には《人魚族》、《魚人族》、《甲殻族》が存在する。
瀬魚の話を端的に纏めるとそういう内容だった。
*
「…………なるほど。で、あんたは人魚族だと。」
「はい。とはいえ私達の違いなんてあなた達人間でいう所の肌や髪の色の違いくらいのものですよ。」
「なら次はあいつの事を教えてよ。あいつのあの攻撃の仕方、私見た事あるんだけど。」
「さっきも言ったようにあいつは殺し屋です。そして御舟さんが考えているように、あいつは深海魚の特徴をその身に宿す魚人族です。」
「やっぱり。それで、あいつは何で私達を狙ってるの?」
「あいつが殺し屋である以上、誰かの依頼を受けたんでしょう。
そして差し向けた奴等は恐らく、深淵界の中に居て、それで英雄の復活を恐れてる連中だと思います。」
「英雄の復活?」
「悪いがその手の話はトップシークレットだぜ。お嬢ちゃん達。」
『!!!!?』
声の方向に視線を向けると、狭いトンネルの入り口からオウルが下卑た笑みを浮かべながら二人を覗いていた。
「オ、オウル…………………!!!!」
「落ち着いて瀬魚!!ここからじゃあいつは入って来れない!! それに反対側にも入り口がある!!
いざとなったらそこから出ればいい!!!」
「ほう。反対側にも入り口 ねぇ。そいつァ良い事を聞いた。
なら望み通り出させてやるよォ!!!!」
『!!!!?』
オウルは喉の部分を膨らませ、口から激流を吐き出した。トンネルという密閉空間はあっという間に水で覆い尽くされ、御舟と瀬魚の身体は一瞬で流れに飲み込まれた。
(~~~~~~~!!! こ、これはヤバい……………………!!!)
「御舟さん!! 私に摑まって!!!」
(!!?)
大量の水で視界と呼吸器を塞がれている中、御舟は瀬魚の言葉に従うように手を伸ばした。そして鱗に包まれた身体を掴んだ瞬間、御舟の身体は急激な力に引っ張られた。瀬魚が御舟を背負って激流の中を泳いでいるのだ。
「このまま泳いで御舟さんが言ってた反対側の出入り口に脱出します!! 後十秒だけ耐えて下さい!!!」
水中では声は泡を吐く音に変化する為返答は出来なかったが、御舟は心の中で強く返答した。水という視界をぼやけさせるフィルター越しではあるが、先程まで抱えられて移動しているだけの人魚の少女が大きな存在に映った。
*
『ザッパァーーーーーン!!!!』
『!!!!』
激流に乗って流された御舟と瀬魚の身体はトンネルを抜け、道路を転がって壁に激突して止まった。自分の周りに酸素がある事を理解した御舟は口に溜まった水を全て吐き出し、必死で空気を貪る。
「ウェッ!! エホッ!! ゴホッ!!!」
「み、御舟さん!!? 大丈夫ですか!!!?」
「うん大丈夫。 ジムじゃしょっちゅうプールで泳いでるから水中は得意分野。
で、あんたの方は?」
「私も大丈夫です。私達は水中でも空気中でも呼吸は出来ますから。」
「鰓呼吸と肺呼吸の水陸両用って事。随分便利な体してるね。」
「そうだな。少なくとも陸でしか活動出来ねぇお前らよか数段上だろうよ。」
『!!!』
道路の向こうからオウルが姿を現した。その目はギラギラとした光を放っている。依然として二人の殺害を諦めていない目だ。
「にしても随分と入り組んでんなァこの辺の地理はよォ。 ま、人っ気がまるでねぇのがせめてもの救いってやつか。お陰で仕事がやり易いってもんだ。」
(クソッ!! また瀬魚を抱えて逃げるしか━━━━━━━━)
『グシュッ』「!!!」
その時、御舟は自分の服がぐっしょりと濡れている事を認識した。そして瞬時に彼女はその『服が濡れている』という状態の意味する所を理解する。
「……………………!!!」
「テメェがもう自由に動けねぇのは分かってんだ。人間界の布ってなァ不便なもんでよォ、水を一度吸うとずっしり重くなっちまうのさ。
分かるよなこの意味が。テメェはもうちょこまかと逃げ回る事は出来ねぇ。万策尽きたってこった。」
「!!!」
「首以外はどうしても良いって言われてんだぜ!!? 今日の夕飯はテメェ等で決まりだ!!!!」
「!!!!!」
オウルは再び口を大きく広げ、二人の身体を丸呑みにしようと攻撃を仕掛けた。闘争も虚しく万策尽き、己の死を覚悟して両目を強く閉じた。
『━━━━ガァンッ!!!!』
「うげっ!!!?」『!!!!?』
しかし、御舟の鼓膜に響いたのはオウルの凶悪な牙が自分の身体を切り裂く音ではなく、金属音に似た高音だった。
「社長!! 大丈夫ですか!!?」
「ああ!! 本当によくやってくれたぞ小磯!!!
大丈夫だったか御舟。遅くなって本当に済まない。」
「……………………えっ!!?」
目を開けると、御舟の前にはオウルではなく父の定雄と秘書の小磯が立っていた。そして次に目を引いたのは小磯の後ろにある物体だった。太陽の逆光で確認は難しかったが、その形は確かに御舟の見覚えがある物だった。
「(あの形、帆立の貝殻…………………!!? それに、)
と、父さん…………!!? 何で……………………!!?」
「お前を助けに来たに決まってるだろう。状況から見て既に事は始まっていたみたいだな。」
「えっ…………………!!?」
御舟は定雄の発言に強い違和感を覚えた。明らかに瀬魚やオウルの事を把握している口ぶりだ。
その思考を断ち切るようにオウルの怒声が響く。
「テメェ、帆立の甲殻族の小磯だな!!? 人間共に肩入れしてる野郎がしゃしゃりやがってよォ!!!
だが同じ事だ!!! テメェの脆い貝殻なんざ簡単に砕いてやれるぜ!!!」
「確かに一線を退いて勘の鈍った私一人では『丸呑み』は手に余るだろうさ。
だがな、社長はもう一人呼んでいる!!!」
「!!?」
次の瞬間、オウルの肩に強い衝撃が走った。オウルは腕を振り払い、その衝撃を与えた人物は小磯の貝殻の死角の外に着地した。その人物はオウルと同様に奇妙な格好をしていた。特に奇怪だったのは左腕を覆う赤褐色の装甲だった。複数の装甲が連結して不規則に曲がり、その先には二股の扇状の物体が付いている。御舟はその装甲からある生物を連想した。
しかし最初に言葉を発したのは瀬魚だった。
「しゅ、首里夫兄様!!?」
「えっ!!?」
「ッテェ~~~~~~~ まさか《海備隊》の若大将までお出ましとはな………………!!!」
オウルは傷を負った腕を擦りながら、忌々しげにそう言った。そして瀬魚の発言は御舟にとって極めて重要なものだった。しかしその思考は断ち切られた。定雄が瀬魚を抱え、御舟の手を引いて走り出したからだ。
「と、父さん!?」
「何も言わずに走るんだ!! この場が危険だという事は分かるだろう!!?
近くに車を停めてある!!! 話はその中でしてやる!!!」
***
定雄は御舟と瀬魚を自分が用意した車に乗せ、人気のない道路へ繰り出した。法定速度を超える直前まで出しているが、逃げ切れる保証はないと考えていた。オウルという殺し屋はそれ程までに危険な男だと分かっているのだ。
「ねぇ父さんどういう事!!? あいつの攻撃を受けたのって小磯さんだよね!!?
だったらあの大きな貝殻は何なの!!?」
「……御舟、済まない。ずっとお前に隠していた事がたくさんあるんだ。
まず小磯だが、私の秘書というのは表の顔だ。あいつは《青海界》出身の甲殻族の人間だ!!」
(や、やっぱり………………!!!)
「そしてあの男は《湊乙首里夫》といって小磯の友人で、《解備隊》という治安維持部隊に所属している。」
「!! 湊乙って事はやっぱり…………………!!」
「はい。湊乙首里夫は私の兄様です。兄様は海老の甲殻族です。」
「……やっぱりそういう事。で、あの二人は何であんたと違って自由に走れてんの?」
「兄様のような甲殻族や魚人族は私達人魚族とは違って陸上でもある程度は活動できるんです。」
「なるほど道理で。それで、何で父さんがその事を逐一知ってるの?」
「それもお前に隠していた事だ。それは」
『バズンッ!!!!』『!!!?』
定雄が言葉を発しようとした瞬間、左後方から鈍い音が響き、車が大きく傾いた。
「ど、どうしたの!!!?」
「左後ろのタイヤがやられた!!! このままじゃ横転する!!!
車から出るしかない!!!」
「み、御舟さん!! あれ!!!」
「!!!」
車のバックミラーにはオウルの姿があった。トンネルの時と同様に水の操作によってタイヤのゴムを裂いたのだ。
「なんであいつがここに!!? まさか小磯さん達が………………!!?」
「いや、あいつの狙いはお前達だ!! この時間から考えると小磯達の追跡を振り切って追って来たんだろう!!
それよりももう飛び降りるしかない!!! 私に掴まれ!!!」
御舟は片手で瀬魚の、もう片方の手で定雄の手を掴み、定雄は車のドアのノブを開けた。本来、走行中の乗り物から飛び降りる行為は非常に危険であるが、定雄は受け身の応用でその衝撃から御舟達を守れると判断した。
「それをやると思ってたぜ!!!!」「!!!」
『バギィン!!!!!』『!!!!!』
車から脱出した正にその瞬間、待ち伏せていたオウルの一撃が御舟達三人を纏めて吹き飛ばした。定雄は咄嗟の判断で御舟と瀬魚を両手で抱え、彼女達を衝撃から庇う。
しかしその代償は大きく、定雄の身体はガードレールに激突し、全身に走った衝撃が彼の意識を強制的に断ち切った。
(あのオヤジは適合者じゃねぇ。甲殻族が二人も居ながら別々の行動を取ったのが良い証拠だ。つまりあいつは俺達の事情を知ってるだけの一般人って事だ。
なにはともあれこれで邪魔者は消えた。今度こそ奴等の首を……………………!)
*
「と、父さん!!! 父さん!!! 父さん!!!!」
横転した車の側で、御舟は必死に気を失った定雄に呼び掛けていた。状況は極めて悪く、定雄も御舟も頭から血を流している。辛うじて定雄の脈がある事が不幸中の幸いだが、それもオウルによって奪われる。
それを阻止する為の行動を御舟は取った。
「…………おい、一体そいつァ何の真似だ? 逃げなくてもいいのか?」
「動かない…………………!!!!」
「!!?」
御舟は意識を失った定雄の前に移動した。その行動は極めて危険なものであると、オウルや瀬魚の目にはそう映った。
『な、何やってるんですか御舟さん!!!! 今すぐ逃げなきゃ殺されちゃいますよ!!!!!』
『ならあんたが一人で逃げたらいい。』
『!!?』
『自由に動けないと言ってもその腕で這って移動するくらいの事は出来るでしょ!!?
あのガードレールを越えたら人一人入れるだけの排水溝がある。そこを通れば川に出て逃げられる!!!』
『な、なら御舟さんも一緒の方が可能性は━━━━!!』
『出来る訳ないでしょ!!!!! 父さんを見捨てて逃げるなんてそんな事!!!!!
それにあんたは一緒に夢を叶える人を探すんでしょ!!? 少なくとも私はその人じゃない。 だったらあんたが生きた方がよっぽど良いに決まってるでしょ!!!』
瀬魚の耳には御舟のその言葉は聞き捨てならないものに聞こえた。しかし奇しくも瀬魚の心には御舟と同じ感情があった。
『そ、そんな事言ったら私だって御舟さんを見捨てるなんて出来ませんよ!!!』
『!?』
『今まで誰も私の話なんて真面目に聞いてくれなかった!!! 聞いてくれたのは御舟さんだけなんです!!! そんな良い人を放っておけるわけないじゃないですか!!!!』
『!!!』
その舌戦が繰り広げられた十数秒の間、オウルは警戒の意味を込めて動こうとはしなかった。しかしそれももう必要無いと悟る。御舟も瀬魚もその場から動こうとしなくなった。
「今度こそ天に見放されたと諦めたか。最初からそうしてろってんだよ!」
『……………………!!!』
これでもかという程に抵抗された苛立ちを心の奥にしまい込み、オウルは最後の攻撃を構えた。しかし御舟も瀬魚も動かない。そしてこの瞬間、二人の心が完全に一致した。
((私達は逃げない!!! こんな奴に、
何一つとして奪わせたりはしない!!!!!))
『━━━━━━━━カッ!!!!!』「!!!!?」
その瞬間、御舟と瀬魚の身体が青色の光に包まれた。そしてその中で起こった光景はオウルの脳裏に焼き付き、生涯に渡って消える事は無かった。
瀬魚の身体が光に包まれて変形し、御舟の身体に纏わりつく光景をオウルの目は確かに捕らえた。そして光が晴れると、姿の変わった御舟の姿がそこにはあった。
変化したその姿とは、御舟の服装の変化という意味だ。それまでの海水を吸った制服とは打って変わって桃色のドレスに変わっていた。そして瀬魚の姿が消えた。
(い、一体何が起こった!!!? 人間の格好が変わって人魚が消えた!!!?
いや、まさかこれは適合者への覚醒!!? あの二人の相性が一致したってのか!!?
だとしたらあれは一体何処に………………!!!)
その変化に戸惑っていたのはオウルだけではなかった。寧ろ一番状況を飲み込めなかったのは御舟の方だ。
(な、何これ!!? 何この格好!!!? 一体何が………………!!!!)
『や、やりました!!! やりましたよ御舟さん!!!』
(!!? 瀬魚!!? 一体何処から━━━━!!?)
『落ち着いて下さい!! 今、私は御舟さんの中から喋ってます!
今分かりました。さっき言ってた《私が探していた人》が御舟さんだったんですよ!!!』
「!!!?」
*
瀬魚は圧縮された時間の中で御舟の頭の中に直接この現象を説明した。
《青海界》の人間は《人間界》の特定の人間と心を通わせる事によって更なる力を引き出す事が出来る。
《青海界》の人間は武器に変身する能力を得、人間界》の人間はそれを扱う能力を得る。
そして御舟が得た瀬魚が変身する武器は桃色のドレスだった。瀬魚はその姿の名前を《熱帯魚の戦闘装束》と名付けた。
*
(熱帯魚の戦闘装束………………!!?)
『そうです。もう御舟さんも分かってるでしょう!? 私達は戦えるって!!!』
(……そうだね。さっきからずっと身体の中に《動き方》が流れ込んでくるのが分かる。)
『やっぱり! 適合者の人達はみんなそう言ったって聞いてます!』
(……そう。ならやろうか。こいつをぶっ倒したいって思ってるのは私も一緒だし!!)
『はいっ!!!』
御舟と瀬魚が互いの情報を共有していた時間は数秒にも満たない。しかし次の瞬間、オウルが戦いの火蓋を切った。
(一向に武器を出そうとしない以上、こいつぁまだ力の使い方をまるで分ってねぇ!!!
覚醒した適合者なら猶更生かしちゃおけねぇ!!! 変に成長される前に一撃で始末する!!!!)
オウルは大口を開け、一気に御舟達との距離を詰めた。しかし、その行為は力の使い方を理解していた御舟にとっては無駄に的を広げる行為でしかなかった。
『━━━━━━━━パァンッ!!!!!』
「ぶっっ!!!!?」
オウルが攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、御舟の超高速の拳がオウルの頬を直撃した。それは御舟がジムで毎回のように繰り返していた行為だ。
《人間界》に伝わる格闘技に存在する脱力によって速度のみに特化させた人間の反射神経を軽々と凌駕する拳、《ジャブ》。御舟が今オウルに食らわせた攻撃がそれだ。
(な、何だこの威力は!!! 人間に出せるパンチじゃねぇ!!!
まさか、まさかこいつの武器ってのは………………!!!)
「フッ!! フッ!! ヤッ!!! ハッ!!! ヤッ!!!」
「ぶっ!! うっ!! ぐふっ!!! うぐっ!!? げへっ!!!」
御舟の連続攻撃がオウルの顔面を集中的に殴打した。
御舟は無意識の内にジムの中でサンドバッグ相手に繰り返していた身体の動きをなぞり、オウルへの攻撃に転用していた。御舟がジムでサンドバッグを叩いていたのは健康増進の為であり、それ以上を求めるつもりは無かった。しかしその経験がそのままこの状況下で御舟の武器へと進化を遂げた。
(や、やっぱりこいつは身体に着てるドレスがそのまま武器!!! 身体能力を底上げしてやがる!!!
この距離じゃ撃たれ続けるだけだ!!! ここは一歩距離を置いて━━━━━━)
「やあっ!!!!」「うぐっっ!!!?」
拳の連続攻撃から逃れる為に一歩後ろに跳んで距離を置いたその瞬間、御舟の長い脚による上段回し蹴りがオウルの顔面に直撃した。そのまま身体を回転させる事によって発生した衝撃はオウルの身体を軽々と弾き飛ばした。
***
御舟がオウルに一撃を入れたその瞬間、小磯と首里夫はオウルを追い掛けて人目に付かない道を疾走していた。彼らがオウルを追跡出来た理由は、オウルが彼等から逃げたからだ。
「小磯さん!! 『丸呑み』の奴はどうして彼女達を狙っているんでしょう!?」
「それは分からない。ただ、奴が御舟お嬢様の殺害に拘っているのは確かだ!! それこそ、私達との戦闘を避けてでもな!!!」
「……我々が奴を引き付けていた時間が約四分。定雄社長は今、車(という人間界の利器)で距離を取っているんですよね!!?」
「ああ。だが、今こうしている間にも追いつかれている可能性がある!!!
(『丸吞み』の卑怯者め!!! 実際に私達が『丸呑み』と交戦していた四分間は私達の有利で進んだ。だが実力での突破が困難と見るや、奴は隠し持っていた海水を砂浜で炸裂させて即興の煙幕を作って私達からまんまと逃げおおせた!!!)
だが今更何を言っても言い訳にしかならん!!! それを言わざるを得ない状況だけは絶対に避けねばならん」
『ビュアッ!!!!』『!!!!?』
その瞬間、小磯と首里夫の視界に拘束で移動するものが映った。それを目で追った頃にはそれは対面遠くの海面に叩き付けられていた。その時点でようやく二人はそれの正体に気付いた。
「ま、『丸吞み』…………………!!!?」
「馬鹿な!!! 一体誰が!!!」
「二人ともどいて!!!」『!!!?』
視線の方向に振り返ると、そこには走っている御舟が居た。その格好を見て二人はある可能性に気が付いた。
「み、御舟お嬢様!!? その格好、まさか《適合者》に……………………!!!?」
「良いから早くどいてよ!!! でなきゃあいつを倒せない!!!」
「!!! そ、それには及びません!!! 奴は私達が必ず━━━━━━━━」
「そんな場合じゃないの!!! 小磯さん達は父さんの所に行って!!!
今、向こうのガードレールの辺りで怪我してるから、そっちに行って!!!」
「!!!! は、はいっ!!!!」
小磯はオウルの撃破も定雄達の保護も全て自分がやるという固い決意を持っていたが、御舟の迫力がそれを容易く変えた。根拠も無くこの御舟にオウルを一任させる事が最善だと直感させた。
***
オウルは御舟の集中攻撃を受けた顔面を擦りながら水面に立ち上がった。魚人達ならば誰でも出来る芸当だ。
(あの女の武器の能力はやっぱり身体能力の強化だな。あの引き締まった筋力を最大限に引き出す能力なんだ。)
「!!」
オウルの前では御舟が水面を歩いていた。恐怖心を抑え込んでオウルは御舟と相対する。それが出来たのはオウルに隠し玉があるからだ。
(………………瀬魚、もうここからは一気に決めるよ。今まで走りまくって車から飛び降りて、私も全身ズタボロでぶっ倒れそうだから………………!!!)
『分かりました。御舟さんは攻める事だけ考えて下さい。それ以外の事は全部私が引き受けます!!!』
(分かった。信じる!!)
御舟は脳内で瀬魚と会話を交わしながら歩を進めている。しかしオウルは動こうとしない。否、彼は待っていたのだ。御舟が自分の隠し玉の射程範囲に入る時を待っていた。
(━━━━━━今だッッ!!!!!)
「!!!!」
オウルの隠し玉とは、細く尖らせた尻尾による攻撃だ。水中を通して御舟の死角から、彼女の脇腹を狙って攻撃を放つ。
(今までバカの一つ覚えみたいに口で攻撃してたからにゃ反応出来ねぇだろう!!! 串刺しになりやがれ!!!!)
『━━━━バシャンッ!!!!』『!!!!?』
オウルの尻尾の槍は御舟の身体には届かなかった。御舟の周囲の海水が不自然な動きを見せ、球体状に彼女を取り囲んで攻撃から身を守った。
(~~~~~ッ!!! せ、瀬魚!! これって………………!!!)
『凄いでしょ? これが《熱帯魚の戦闘装束》の本当の能力。私は御舟さんの周囲にある水を自由に操る事が出来るんです!!!』
その話を聞いた瞬間、御舟の脳内には勝利の為の筋道が浮かび上がった。それまで頭の中にあった違和感もピースに変えて勝利の為のパズルが完全に成立した。
(ねぇ瀬魚、あいつみたいな深海魚のヤツってさ━━━━━━━━)
*
『た、確かにそうです! よく分かりましたね!』
(そう。それを聞いて安心した。私達は勝てる。
瀬魚、私に付いて来てくれる!!?)
『はいっ!!!』
脳内でその会話を終えた瞬間、御舟は行動を起こした。身体を屈めて海水を手で掬う。その奇妙な行動に警戒の念を覚えたオウルはこの行動を様子見して動かなかった。この一手が彼の明暗を分けた。
「━━━━せいっ!!!!」
「!!?」
『シュパシュパッ!!!!』「!!!!」
御舟は腕を振るって手首の動きで手に掬った海水を撃ち出した。その水はオウルに達する前に《熱帯魚の戦闘装束》の能力で形を変え、手裏剣のような形となってオウルに襲い掛かった。その威力はオウルの筋肉に容易く傷を付ける程だった。
(~~~~~~~ッ!!! こいつ、やっぱり水を操ってやがる!!!
これ以上こいつを調子付かせる訳にゃいかねぇ!!! 今すぐにでも奴に止めを)
「ッ!!?」
身体の傷から眼前に向けたオウルの視界は奇妙な光景を捉えた。そこには御舟の姿が無かった。しかし、水面に起こっていた変化からオウルは何が起こったのかを瞬時に察知した。御舟は水中に潜ったのだ。覚醒した《適合者》は水中での呼吸も可能となるのだ。
(あの水面の揺れから見ても水中に潜ったと見て間違いねぇ!!! あいつ、魚人様相手に舐めた真似しやがる!!!
だが、潜って追い掛ける事はしねぇ!! それくらい奴は読んで何かしてくるかも知れねぇからな。それにあいつは拳での攻撃に慣れている!!! 止めの一発もそれに頼ってくると考えるのが妥当!!
って事ァ遅かれ早かれ奴は水面から顔を出す!!! カタを付けるのはその時だ!!!)
『チャプッ』
(来たっ!!!)
背後から聞こえた水音にオウルは反射的に口を大きく開けて攻撃に転じた。しかしその直後、オウルは小さな異変に気が付いた。それは御舟の体勢だ。
御舟の体勢は明らかに拳を打つ構えではなかった。右手の人差し指を拳銃の様に伸ばしてオウルに向けている。
(水により身近なのはあんた達かもしれないけど、あんた達が知らない水の使い方を人間は知ってる!!!)
『ピュウッ!!!!』『バシュッ!!!!!』
「!!!!?」
その瞬間、御舟の指先から圧縮された水が一本の線となってオウルに襲い掛かった。辛うじて急所への直撃を避けたが、水の矢は大きく開けた口に入り、頬の皮膚を貫通した。
「うぎゃあっ!!!!」
(よし決まった!!!)
オウルは知る由もない事だが、人間界には小さな穴から圧縮された水を発射する技術がある。そしてその威力は金属さえも貫通たらしめる。御舟達人間のみが知る水の使い方だ。その優位性が顕著に現れた運びだ。
(~~~~~~~ッッ!!!! 滅茶苦茶に痛い!!!!
けど、直撃は避けた!! 頬のダメージも致命傷じゃない!!! 次の一撃で確実に勝負を)
「ッ!!?」
頬を抑え顔を上げたオウルの視界に飛び込んできたのは前方に向かって水面を走ってくる御舟の姿だった。物理的な攻撃を撃ってくると予測したオウルは両手で防御を固める。しかし、その読みの甘さが致命的となった。
「ッ!?」
「これで終わり。」
オウルの読みは当たらず、御舟はただ彼の身体に手を触れた。しかしそれが止めの一撃だったのだ。
「(ま、まさかこいつ!!!!) や、止めろォ!!!!!」
『ギュアアアッ!!!』「ッッ!!!!!」
その瞬間、オウルの身体から濃い青色の液体が浮かび上がり、そして人間の頭部程の大きさの球体となって御舟の手に収まった。この水の塊こそがオウルの生命線だったのだ。
「ぐぅえええええええええええええええええええええ!!!!!」
(ッ!! お、重い!! これが深海の水…………………!!)
オウルは喉を抑えて苦しそうに藻掻き、御舟は球体の意外な重さに手を下ろした。今御舟が持っている水の球体はオウルの身体を覆っていた深海の水だ。これこそが御舟の勝ち筋だった。
御舟がオウルに対して抱いた違和感とは、深海魚の特徴を持つ彼が何故地上の環境で活動できるのかという事だ。自分達人間が水中で活動する事が出来ないようにオウルもその例から漏れないと考える思考が正当だ。
そして御舟の推理通り、オウルは地上で活動する為の工夫を行っていた。それが深海の水を特別な技術によってそのままの状態で身体に覆う方法だ。故に御舟は瀬魚の能力で深海の水の操作権を上書きする方法を実行した。
*
御舟は一歩距離を置いて必死に空気を貪るオウルの姿を見つめていた。
(深海魚は地上に上げると水圧の違いからその格好が変わったり、場合によっちゃそのまま死んじゃう奴もいる。こいつも例外じゃなかったみたいだね。)
『……いや、まだ終わってませんよ!』
(えっ!?)
『かなり衰弱するとはいっても死ぬわけじゃありません。その残った体力で何をするか分かりませんよ!! 確実に意識を断ち切るまでは安心できません!!』
(えーマジで? これで終わったと思ったんだけど…………)
「!!」
御舟はすぐに瀬魚の言葉が当たっていた事を理解する。苦しそうに荒い呼吸をしながらも確かに立ち上がっているオウルの姿がそこにはあった。
「━━━━ま、まだだ…………………!!!!
まだ、終わっちゃ、いねぇぞォ……………………ッ!!!!」
(マジでしぶとい奴。ま、私の読みが甘かったって考えるべきか。
分かったよ瀬魚。今からコイツと決着をつける。だけどそれには多分、あんたが私にぴったり合わせなきゃならないと思う。)
『分かりました!! どんなに難しい動きでも合わせて見せますよ!!!』
*
酸素の欠乏した霞んだ視界の中で、オウルは近づいてくる御舟の姿を捉えていた。そしてこの圧倒的な窮地を脱する策を練っていた。
(クソッ!! 近付いて来やがる!! これじゃ死なねぇ事に気付かれたか………………!!
だが、まだ終わっちゃいねぇ。こうやって弱っちゃいるが俺の体力はまだ余裕がある。多分こいつの攻撃なら一発くらいは耐えられる筈だ!!
こいつが今まで使った攻撃で一番威力があるのは鍛えた身体にものを言わせたぶん殴りだ。だが、一撃でカタを付ける事は出来ねぇ。
それが出来ると思い込んで悠長に距離を詰めたこいつの攻撃を耐えて、その喉笛を噛みちぎってやる!!!!!
来いっ!!!!!)
待ちに徹するような構えをオウルが取った瞬間、御舟は攻撃の射程圏内に入った。彼女の動きは右手による腹部への打撃。瞬間、オウルも最後の攻撃を実行した。無駄に口を広げる事はせず、速度のみに特化させた動きで御舟の首を狙う。
(さっきみてぇなスピードだけの拳じゃねぇ!! これなら俺が一瞬早)
バギィン!!!!! 「!!!!?」
オウルの牙が御舟の首に数ミリまで近付いた時、御舟の拳がオウルの腹部、正確には肝臓部分に深々と突き刺さった。オウルの攻撃より御舟の攻撃の速度が一瞬速かったのだ。
(ば、馬鹿な!!!! さっきより格段に速いし重い………………!!!!
こいつ、一体何を………………………!!!!!)
何発もの攻撃を受けた経験則から、オウルは自分の身体が後一発は御舟の攻撃に耐える事が出来ると、あわよくばその攻撃より自分の攻撃の方が一瞬速く決まると考えた。その判断は決して間違いではなかった。彼の誤算は御舟の手札が既に尽きていると錯覚した事。そして御舟も一撃で決着をつける事が出来ない事を理解している事だった。
故に、彼女は確実に決着をつける為の策を用意した。それは攻撃を放つ瞬間、瀬名の能力によって肘から圧縮された水を噴射し、その勢いで拳を加速させる方法だ。無論これは拳の発射は御舟の意思で、水の噴射は瀬魚の意思で行う為、両者の行動が寸分違わずに一致しないと成立しない極めて分の悪い賭けと言っても過言ではない荒業である。しかし、二人の強固な意志がその奇跡を実現たらしめた。
「~~~~~~~ッッ!!!!
ま、まだだ!!! まだ終わっちゃ」
「いや、もうこれで終わり。」「!!!」
右手で攻撃を放ったという事は、右半身が前を向き、左半身が後ろに向くという事である。その態勢を利用して、御舟は正真正銘最後の攻撃を放つ。
「これは、父さんの分だ!!!!!」
「!!!!!」
瀬魚の水の噴射によって加速した左拳の一撃が再びオウルの腹を直撃した。その一撃によってオウルの意識は完全に断ち切られ、その身体は吹き飛んで海を飛び越え、砂浜の上を転がった。
「………………や、やった………!! 勝った…………………!!!」
『御舟さん、お疲れさまでした!』
「うん。ありがとう瀬魚。あんたのおかげで助かったよ。」
互いに賛辞の言葉を送り合いながら、御舟達は水面の上を歩き出した。
***
殺し屋オウルの襲撃から約二時間後、御舟は治療を受けた身体で浦島邸の食卓に座っていた。彼女の隣には瀬魚が、向かいには身体中に包帯を巻いた定雄が座っている。同時に小磯、首里夫も在席していた。
「申し訳ありません!!! 私達が居ながら社長をこんな目に………………!!!」
「構いはしない。悪いのは『丸吞み』に決まっている。それに私も御舟もこうして無事なんだ。お前達が居なかったら私達は殺されていた。
それよりも、『丸吞み』がどうなったかを教えてくれ。」
「はい!! 奴は今、海備隊の取り調べを受けていますが、まだ口を割ってはいません。」
「あの~、無事って言ってるけどさ、私も父さんもかなりボロボロなんだけど?」
『!』
「それにさ、このパソコンはどういう事なの?」
定雄の前には一つのノートパソコンが置かれている。マナーに厳しい定雄が出席する食卓には決して置かれない代物だ。
「これにも意味があるんだ。もうすぐ、」
『あ、あなた!!? 大丈夫なの!!?』
「!!? か、母さん!!?」
「おう美波。私も御舟も大丈夫だ。私は当分入院生活だろうがな。」
パソコンの画面に浮かんだのは母 美波の顔だ。御舟が画面越しとはいえ対面するのは数週間ぶりだ。
「ちょっとどういう事!!!? 何で母さんが電話に出るの!!?
というか、父さん達は何を隠してるの…………!!?」
「ああ。言うタイミングを逃していたな。分かった。今度こそ全てを話す。」
*
昔々海の底のある所に、巨大な城を中心にした国家、《竜宮帝国》があった。そしてその国の土地、資源、財宝の全てを狙って深海から大量の軍が攻めてきた。
救いを求めた帝国は人間界に縋り、そして海辺に住む《太郎》という男が魚人達の能力を引き出す事が出来ると判明した。
《太郎》はその正義感から深海からの侵略者達を退け、竜宮帝国を魔の手から救った。そして《太郎》の名は帝国に今も語り継がれている。
*
「━━━━そして、《太郎》に能力を引き出された人魚の女、《湊乙》には『乙姫』の称号が与えられた。」
「ち、ちょっと待って。じゃあその《太郎》って言うのはまさか━━━━━━」
「ああ。その男の姓は《浦島》だ。以来、私達浦島家は代々人知れず《青海界》と関係を持っていた。小磯が私の秘書をやっているのもその一環だ。
そして近年、また竜宮帝国は外部からの攻撃を受けて始めている。故に彼等は新しい英雄を求めている。」
「じゃあ、つまり━━━━━━」
「ああ。お前は新しい《浦島太郎》、そして瀬魚君は《乙姫》になる道がある。
無論、強制はしない。お前が望むなら明日からまた普通の女子高生になる道もある。」
「………………………
いや、やるよ。」
数秒の沈黙の後、御舟は力強くそう言った。
「私が諦めるって事は、瀬魚の夢も潰れるって事でしょ?」
「御舟さん………………!」
「それに、やっと私にできる事が見つかったんだよ? ならできる限りやってみるよ!!」
「…………そうか。お前がそこまで言うなら安心だな。
ところでお前、私の事を『父さん』と呼んでくれたな。」
「━━━━えっ?
あっ!!! す、すみません!!! 必死になってつい━━━━━━━━!!!」
「いや良いんだ。お前に遜って欲しい訳ではなかったんだ。
成長したな、御舟。」
目に涙を溜めながら御舟は父の言葉を嚙み締め、昨日、数時間前の自分よりも言い自分になれたと確信していた。
***
一週間後、御舟は暗い顔で教室の椅子に腰を下ろしていた。そして彼女の隣には転校生の瀬魚が座っている。
適合者に力を引き出された魚人達は身体を武器に変える能力と同時に人間に変化し自由に地上で活動する能力を得る。そして瀬魚は凪沙女子高等学校の二年生として御舟のクラスに転校した。能力的には学力、体力共に学園でも通用する。今は御舟の相棒として浦島邸で生活している。それが御舟にとっての不幸だった。
「御舟さん! お昼、一緒に食べませんか?」
「あ、うん。別に良いけど……………」
二人の女子高生が話している光景をその教室に居る全員が息を飲んで見つめている。それまで高嶺の花の一匹狼という印象を持たれていた御舟に唐突に転校生の友達が出来た事に最初は羨む者もいたが、今では誰もがその関係を喜ばしい(あるいは尊い)ものであると捉えられている。
しかし、それも御舟にとっては悩みの種だった。
(……………………ハァ。当分この扱いは変わりそうにないなぁ。)
瀬魚という対等な関係の友人ができ家族との関係も好転し、更には自分のやりたい事も見つかり、今の自分は前の自分より良い自分になっているという確信がある。
しかし、学校での扱いは悪化し当分の間改善は見込めないと心の中で溜息をつきながら御舟は瀬魚の後ろを付いて歩くのだった。
《完》