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海列車と魔法

作者: 白川怜夜

 南に向かう海列車は、満月の下で海面を走っていた。波は安定しており、列車がレールの上を走る音と、車両側面にあたる飛沫の音が小さく車内には響いている。


 魔女学校も夏季休暇に入り、魔女みならいのカイヤは地元の南の島に戻るところだった。食堂車から出て、通常車両に入ると、もう車内は暗く、魔力灯のランプも最小出力になっている。


 海列車に寝台車両はなく、どの座席も四人掛けのボックス席ばかり。そして今は、そのどれもが空席だ。国内を縦横無尽にはしる海列車だが、これから向かう南の島は、僻地であり、簡単にいって人気がない。


 カイヤは適当な席で寝転がろうとしたが、その時、くすん、くすんと誰ががすすり泣く声が聞こえた。カイヤは誰が泣いているのだろうと、車両の中を少し歩く。


 すると、座面の柔らかなクッションの上に白いハンカチが落ちているのを見つけた。誰かがくるまっているようで、ハンカチの端から、鳥の尾羽がちょこんとはみでている。

 カイヤはその対面に座り、声をかけた。


「どうしたんだいそんな風に泣いて。悲しい事でもあったのかい?」


 するとハンカチの下から、体長十五センチほどの少年が、おずおずと姿を現す。その背中には色鮮やかな翼と、小さな尾羽がついている。鳥人族のようだ。


 小鳥の少年は身をくるんでいたハンカチで目をこすり、涙を拭うと、恥ずかしさを取り繕うように微かに笑った。カイヤは優しい顔で微笑み返した。

 


 二人は適度に雑談に興じた。小鳥の少年もどうやら、南の島に行くようだった。翼を怪我してしまい、家族みんなが空を飛んで海を渡る中、少年だけが海列車にのることになったようだ。家族と離れるのは初めてのようで、不安でいっぱいだったのだという。先程も、一人が寂しくて泣いていたそうだ。

「カイヤさんこそ、どうして海列車に? 箒は使わないんですか?」


 小鳥の少年の質問に、カイヤはあははと笑った。


「ボクはなかなか魔法のセンスがないみたいでね、箒で空を飛ぶことさえ出来ないんだ。使える魔法も一つだけ。だからまあ、毎年この海列車でゆっくり帰ってるってわけさ」


 カイヤの言葉に、小鳥の少年は言った。


「今までの一人の帰省は、寂しくなかったですか? さっきまで、この薄暗い車両に一人でいたとき、私は寂しくて、仕方がありませんでした」

 

 カイヤは苦笑いした。

 少年の感情に、カイヤも昔、覚えがあった。初めての帰省の際、誰もいない車両の中で、ポツンと一人、自分だけが世界から取り残されたような感覚に陥って、涙で袖を濡らしたことがあった。もう永遠と、家族に会えないような想像で夜も眠れなかった。二回目以降は慣れてしまって、なんとも思わなくなったけれど。今ここで少年に「大丈夫さ。明日になれば家族に会える」と明るく言うのは簡単だろう。


 ――だがきっとその言葉で、今、少年が抱えている寂しさが消え去るわけでもない。いくら先人の言葉を聞いても、初めてのことは、怖いのだ。


 カイヤはにっこり笑って魔法の杖を取り出した。そして窓をほんの少し開けて、呪文を唱える。夜の海に、魔法のきらめきが降りかかる。

 すると紺碧のさざ波の中に、海の中で、緑の光が揺らめきはじめた。緑の光は海の中でどんどん数を増やし、そしてついに光の正体が海面にその姿を現した。小鳥の少年は気になって、窓の外に身を乗り出した。


「わあ! 宝石トビウオですね!」

 小鳥の少年は叫んだ。胴にエメラルドを携えたトビウオが、海面を飛び、月光に反射する。

 振り返った少年に、カイヤは頷いた。

「ボクは海の生き物にメッセージを送る魔法が使えるんだ。海が傍に無いと使えない魔法だけど、なかなかいいもんだろう」

 カイヤはあははと笑う。カイヤの魔法に応えた生き物は宝石トビウオだけではない。サンゴの花畑に住むチョウチョが羽ばたき、ボールの様に海面を浮いて移動する風船クジラが水しぶきをあげる。

 満月の海は、生き物たちの動きでとても賑やかになった。


 小鳥の少年は暫く楽しそうに眺めていたが、時間が経ち、窓の外に集まってくれた生き物たちは徐々に数を減らし、ゆっくりと、元の静かな海に戻っていった。


 カイヤは尋ねた。

「少しは寂しさが紛れた?」

「さあ、それはどうでしょう。――よく、わかりません」

 小鳥の少年は曖昧に笑った。

「――一つ確実なことはあるよ。とりあえず今日一日、この夜この車両だけにおいて、君は一人じゃないから寂しくない。なぜならボクがいるからね!」

 自分を指さして大仰に言ったカイヤに、小鳥の少年はクスクスと笑った。

「ありがとう、ございます」



「さあ、もう夜も大分更けた。そろそろ眠った方がいいだろう。――ほら、列車の音に耳を澄ませて。海を掻き分けて進んでいるだろう? 明日になれば、列車は南の島についてるよ」


 カイヤはぽつんと空に佇む満月を眺めながら、今から会いに行く家族のことを思い浮かべた。


「明日の朝は快晴さ。爽やかな風が吹く木々の下で、君は家族と抱きしめあうんだ。そして美味しいものをいっぱい食べて、故郷の友達と遊ぶんだ。――いいことを想像して眠ろう。明日はきっと、いい日になるさ」


 ふと見下ろすと、ハンカチにくるまっていた小鳥の少年は、いつの間にか眠っていた。


 それを確認すると、カイヤもまた、安心して眠りに落ちていった。

                                   

 おしまい。

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