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私達が考えたさいきょーのラブコメ!

作者: 黒咲うさ


 カリカリと2つのペンが走る音が部屋の中を交差する。

「ねぇ、ゆめり……なにか面白いこと言って私の眠気を覚ましてくれないかしら」

 眠気をただの瞼の乾きだと思わせる為に私は目薬を打ちながら、隣にいる彼女……桜 ゆめりに問いかけた。

「面白い話か〜、例えばゆめ達が学校で北風と太陽って呼ばれてることとか?」

「あら、そんなこと知ってるわ。そして、正確に言うと私が北風の悪魔とゆめりが太陽の女神って呼ばれてることもね」

「北風の悪魔って……それはしおりちゃんが物事をはっきり言う毒舌キャラ……だからじゃないかな?」

「人を2次元のキャラクターみたいに言わないで、私は曲がったことが嫌いだし隠れてコソコソしてる連中が嫌だからはっきり言ってるだけ」

「そういうところ嫌いじゃないけど、悪魔って思う人間もいるからなぁ……でも、実際しおりちゃんはビジュアル的にも2次元寄りだよ!だって、この市1番の豪邸に住むお嬢様でまるで高嶺の花!そして艶やかな黒髪ロングにスタイル抜群!そしてきょにゅ……」

「ゆめり、貴方も眠いんでしょ、もう黙りなさい」

 不適切なワードが飛び交いそうになったから急いで言葉を被せてゆめりの暴走を静止した。おかげで目が覚めたわ。なにをいいだすんだか。

「それを言ったらゆめりの容姿だって、2次元寄りじゃない。ピンク髪にツインテールで低身長とか2次元的記号だらけで大渋滞よ、そして誰にでも好かれて優しくて……一体どこのメインヒロインよ」

「しおりちゃんがめちゃくちゃ褒めてくれる!しおりちゃんも眠いんだね〜」

「仕方ないじゃない」

 私はペンを一旦止めた。

「今、私達は漫画原稿の修羅場の真っ最中なんだから」

 私達は現役女子高校生。しかし、その裏では、原作者と作画で分業して週刊誌で「恋するアフタースクール」を連載してるラブコメ漫画家だ。


 普通だった私達に転機が訪れたのは中学3年生の頃。

「もしもし、しおりちゃん!?」

「ゆめり?そんなに慌ててどうしたの……?」

 突然ゆめりから電話がかかってきた。

「あのね!ゆ、ゆめ達の漫画が大賞取ったって!!!」

 不十分な説明だったが、それが私達が憧れていた雑誌の漫画の新人賞の結果だと言うことはすぐに理解した。電話番号の名義ををゆめりにしていたからそちらに先に連絡がいったのだろう。

「……私達が大賞……」

「うん、そうだよ……やったね、ゆめ達に担当さん付いてデビューもしちゃうんだよ!……凄く嬉しい……」

 電話越しにゆめりが泣いているがわかった。私もとても口元が緩んでいるのがわかる。

「担当さん……デビュー……」

「うん!そうだよ!書いてあったじゃん!」

「そうだけど……動揺しちゃって……」

 ずっと憧れだった漫画家に大好きなゆめりとなれる。嬉しくないわけが無い。動揺だってする。小学校からの幼なじみのゆめりとはずっと「漫画家に一緒になろうね!」と約束をしていた。その夢が叶うのか……。

「……これから学業共に大変になるわね」

「ひゃー、私達エスカレーター式の私立で良かったね〜、これからもよろしくね!しおりちゃん」

「こちらこそ、頼んだわよ原案担当」

「そっちこそとびきり可愛い作画頼んだよ」

「任せなさい、私はゆめりの相棒なんだから」

「それかっこいいね、ゆめもしおりちゃんの相棒だよ」

 そう言って2人で笑いあって1晩中夢を語り合ってその日は寝落ちをした。

 そのあと備考欄に私の電話番号も記載していたので出版社さんからしっかり連絡がきて、雑誌にも私達の名前が載り、夢が現実味を帯びていき世界が色づいていった。

 

 そして今に至る。この物語の主人公は私、霞 しおり。高校2年生をやりつつ漫画の作画担当をしている。ゆめりは大切な友達でオタクの血が流れる同志でそして創作をする相棒だ。

 もちろん、デビューが確約されててもするのは甘くはなかった。担当さんが読み切りではなく連載を狙おうと熱血指導してくれたからだ。とにかく作って描いて創作しまくった。

 そして今の「恋するアフタースクール」がある。いわゆる、学園ハーレムもの。人見知りなヒロイン達の人見知りを克服させる、という物語だ。雑誌のアンケートも中間より少し上で新人作家にしてはいい線いってるのではと思っている。修羅場で本当にこれ大丈夫なのか?と少し不安がよぎっているが読者さんのためにも漫画を届けなければ。

 しかし、どうやらゆめりは集中力が切れてしまったみたいだ。

「ねぇねぇ、しおりちゃん。北風と太陽っていうその設定ってもう使い古した王道設定だよね?今はではもう確定で負けヒロインだよ、突然出てきた優しい性格の隣の席になったメインヒロインに先にとられちゃって想いを伝えられずに終わっちゃうやつだよ〜」

「……そうね、でもゆめりならどっちもハッピーエンドにできるんじゃないの?」

「もちろん!私の物語は絶対女の子を泣かせたりなんかしない!絶対最強に可愛くてハッピーなお話にするんだ!……そうだな……北風ヒロインは突然の同居生活で実は家庭的な面が見えて好きになっちゃうとか……いや、逆に全く家事できなくてドジっ子路線もアリだな……太陽ヒロインは実はアンドロイドで……」

「……ゆめり、妄想し過ぎ、手が止まってるわよ」

「わぁ、ごめん!」

 まぁ、ゆめりが今描いてるのってベタとかトーン作業で私の遅れを手伝わせてるだけだから妄想していても本当は文句なんて言えないんだけどね。

「別にいいけど……ゆめりは原作者なわけだから妄想いっぱいしてもらわないと困るし」

「あはは……」

「でも、ごめんなさいね。今とてもとても修羅場なの、もちろん私の筆が遅いのもあるわ……でも原案が上がってくるのが遅かったから……」

「ひぇ、ごめんなさい!!今はこの子達のお話を完成させなきゃね!」

 それはゆめりも焦った顔をして再び作業に戻った。


 そして、ちゃんと今週も「恋するアフタースクール」の原稿完成し週刊誌に載ることが出来た。修羅場のあとの謎の開放感ってなんなんだろう、もう二度と体験したくないはずなのにこのドーパミンのせいでまた描きたい!ってなるのが本当に不思議だ。


 今日は次の話の打ち合わせの日。それなのに、私は学校の校庭裏に呼び出されて無駄な時間を過ごしていた。

「あの、俺ずっと霞さんのことが好きで……」

「……」

「はっきりした性格とかかっこいいなと思ってて、その、良ければ、俺と付き合っ……」

「嫌よ」

 私はその言葉を遮った。私にバレてないと思っているのか周りに少し人がいて見守ってるのも気に食わない。

「はっきりした性格ねぇ……じゃあ言うけど、迷惑なの、全然貴方のこと知らないし知りたいとも思わないの、それに今日は急いでいるの、じゃあね」

「あ、待って……」

「待たないわ、諦めて頂戴」

「わ〜しおりちゃんいた〜!!」

 そんな険悪な雰囲気の中、ふわふわとしたゆめりがこちらにやってきた。

「大切な話し中ごめんね、でもこっちも大切な話があるの、……だからしおりちゃんのことは諦めてほしいな、じゃあしおりちゃん行こっ!」

 ずるずるとゆめりに校門まで引っ張られてしまった。

「……ゆめり……ありがとう……」

「え!?なんで?」

「私、あのままじゃもっと酷いことを言っていたわ……あの人泣いちゃったりしてないかしら」

「それ今後悔しても無駄だよ〜、しおりちゃんにはもっと素敵な王子様が迎えに来るから!それに大切な用事があったのは本当だし!」

「そう……」

 ゆめりは本当に太陽の女神ね。私はやっぱり北風の悪魔がお似合いだわ。

「落ち込んだ顔しない!さっきね、出版社さんから連絡あったの!なんと!!私達の漫画が単行本化します!!」

「え!?」

「笑顔になった!じゃあ打ち合わせもあるし早く出版社行こ〜!!」


「わ〜!!!しおりちゃん、どうしよう!!!」

「ゆめり、出版社前で騒がないで、さっきまでるんるんだったじゃない、どうしたの?」

「ご、ごめん……なんか着いたら緊張しちゃって……」

「そんな……初めて来た訳でもないのに」

「でもしおりちゃんも手が震えてるよ?」

「……うるさい……」

 そんな会話をして落ち着かない様子の私達はざわざわした気持ちのままエレベーターに乗った。

「うぅ、せっかくの単行本化とかの打ち合わせなのにメイク落ちちゃってるなぁ」

「ゆめり出版社のエレベーターの鏡でそういうことしないで、それにメイクは校則違反」

「ナチュラルメイクだもん!!いつも寝不足でクマ酷いから少しでも可愛くいたいの!特に打ち合わせの日とかは……」

 たしかに私達はいつも寝不足でボロボロだ。しかも今日は学校もあったわけだし。ゆめりはお洒落に気を遣う女の子だからきっととても大変だろう。

「はぁ、たしかに目の下のクマ酷いわね、昨日ギリギリまでネーム作業付き合ってくれたわけだし当たり前か」

「いやいや!しおりちゃんに原案渡すのギリギリだったし……今回も素敵なネーム作ってくれてありがとう!」

「……別に」

「照れてるな〜、しおりちゃん可愛いっ」

「うるさい、ほら着くわよ」

 ちらりとエレベーターの鏡を見た時に、ぴょんと跳ねたアホ毛は流石にまずいかなと思って私もエレベーターを出る時に直した。

 

「あっ霞桜先生!お疲れ様です!」

 霞桜、2人の苗字からとった安易なペンネーム。でも、私は花言葉的にもとても気に入っていた。

「渚ちゃん〜!お疲れ様〜!」

「お疲れ様です」

 彼女は私達の担当編集者の渚たまきさん。新人さんらしいけれどとても元気いっぱいな方で熱血な方で私達をここまで育ててくれた凄腕の方だ。かなりフレンドリーで失礼だけどわんちゃんみたいな方なのでゆめりは崩した話し方で接してる。

「いよいよ、霞桜先生達の初の単行本ですね!私とってもワクワクしちゃって!!学校かもしれないのに電話しちゃってすみません!」

「いえ、電話ありがとうございます!ゆめも凄くワクワクしてます!」

「特典あるので、作画担当の霞さんの作業が多くなりますが一緒に頑張っていきましょう!」

「はい、原稿と共に頑張ります」

「あとせっかくなので原作の原案を少し修正した小冊子もいいかなという案が出ていまして!桜さんがよければお願いしたいです!」

「わ〜素敵ですね!データ残ってるのでやりたいです!」

 そんな感じで単行本化の話は楽しく進んだ。もちろん、週刊誌には載ってるから形としてはあるけど、単行本となるとこんなにも違うのか。凄く……凄く楽しみだ。また世界が色づいてみえる。

 

「よし、こんな感じですかね!あと次の話のネームも拝見しますね〜」

「よ、よろしくお願いします」

「わ〜今回も心がぎゅんっとくる感じでしゃらららーん!って感じで原案見た時からはっとなる感じでしたが、ネームもいい感じですね!!このまま突き進みましょう!」

 この方は……凄腕の方なのだが、語彙力がイマイチなのだ。ちょっと分からない部分が多い。

「わ〜ありがとうございます!!」

 ゆめりは通じているのかキラキラした瞳で頷いた。そして、少しアドバイスを貰いそこだけ変更することになった。

「あとは一応なのですが……」

 渚さんが少し表情を曇らせた。どうしたのだろうか。

「新しい連載が決まりまして、それが霞桜先生達と同じラブコメなんです。今までこの雑誌のラブコメ枠は2枠で作風も全然違ったので良かったのですが新しく始まる「純情タイフーン」は少し作風が近くて……」

「もしかしたらそちらに読者が流れて打ち切りになるかもってことですか?」

きっとその「純情タイフーン」は私達の脅威になるかもしれないという忠告なんだと思った私は素直に聞いた。

「いやいや!そういう訳ではなく!その作家さんはベテランな方なので勉強になる部分とか切磋琢磨できたらな!と思っただけですので!単行本も発売しますしそんなことは考えなくて大丈夫ですよ〜」

「そ、そうですか……」

 渚さんがばっと立ち上がって大きな声をあげた。

「そうだよ!まだなんにも始まってないんだよ!ゆめ達は今見てくれてる読者さんのために頑張らなきゃ!もしかしたら単行本がめちゃくちゃ売れてアニメ化しちゃったり……そしてゲームが出ちゃったり映画化までしちゃったりして!きっと沢山の人に手を取って貰えてヒロイン全員好きになってもらえてネットで議論とか起きたりして……」

「桜さん、ちょっと落ち着いてくださいっ!でもそうですよ、夢は無限大です!」

「すみません……そうですよね、頑張ります」

 2人はそういってくれたが不安は拭えずさっきとは違うざわざわした気持ちで帰ることになった。私を見たゆめりがクレープを食べて帰らないかと提案してくれたが、今日は断ってしまった。


「しおりちゃん、絶対見に行った方がいいって!!単行本発売日の本屋さん探索!!」

「いやよ……動きたくない……それに単行本は渚さんが送ってくれた献本があるじゃない」

「そういうことじゃないのー!!」

 発売日が近づくにつれ元気になっていくゆめりとは反して私はどんどん元気をなくしていた。しかも「純情タイフーン」を読んでしまったから尚更……。あんなのに勝てっこない……。そう思って学校も休みがちになり原稿は作っていたもののベッドに潜ってばかりだった。

「もー、うじうじしない!さっさと着替える!」

 布団を剥ぎ取り無理やり服を着替えさせて、私は気づいたら電車で移動していた。

 着いたのは私のサイン色紙を置いていただけることになった書店だった。本当に置いてくれてるのかな。

「どこにあるかな〜!」

「きっと端っこに売ってるんだわ……それか入荷すらされてないとか……ねぇ、ゆめりだけ見てきて、私は外で待ってるから……」

「もー、そんな事言わない!一緒に作ったんだよ!?一緒に見よう?あ!しおりちゃん!あったよ!」

 ぐいっと服を引かれて新刊コーナーへ連れていかれる。すると私達の漫画がPOP付きで置いてあった。また棚の上には私が描いたサイン色紙が置いてある。

 帯には大賞を取った期待の新人!可愛すぎるヒロイン達の人見知りラブコメ!と書いてあった。

「か、過剰評価なPOPね……」

「しおりちゃん、口元緩んでるよ?」

「だって……嬉しくなっちゃったから……」

「しおりちゃんが素直だ!大丈夫?具合悪い!?」

「貴方ねぇ!」

「……すみません」

 私達が新刊の前でわちゃわちゃしていると後ろから声をかけられた。テンションがあがって声が大きくなっていた。申し訳ない。すぐに私達は避ける。

「わ、すみません!」

「失礼しました」

「いえ、そちらの本を取りたかっただけなので……」

 そういって同い年くらいの少年は「恋するアフタースクール」を手に取った。

 それ見て私達は目を合わせた。そして叫びそうになってるゆめりの口を抑えた。そして、少年がカウンターへ持っていく姿を見守って私達は本屋を後にした。

「しおりちゃん!しおりちゃん!さっきの見た!?」

「当たり前よ、一緒にいたでしょう」

「やった〜!!買ってくれたよ!初読者さんに出会っちゃった!!」

「後ろからだったものね、きっと週刊誌から読んでくれてるのよ」

「いや、もしかしたら表紙買いかもよ?」

「ふふ、どちらにしても嬉しいわね」

「「相棒と作った物語だから」」

「久しぶりにしおりちゃんが笑ってくれて安心したよ!今度こそクレープ食べて帰らない?ううん、他の本屋も見に行こう!」

 そうして私達は本屋巡りをして、一喜一憂して新人作家丸出しな行動をして一日を楽しんだ。いつの間にか不安も消えていた。ゆめりは凄いな、いつだって私を連れ出してくれる。ゆめりとなら「恋するアフタースクール」もきっと大丈夫なはず。


 

「恋するアフタースクール」……お人好しな主人公は超がつく人見知りの巡音めぐ、プライドが邪魔をして壁を作ってしまう沢城りり、図書室の虫で不登校気味な茅野うたと出会って、私には体験できないキラキラとした日常の物語を紡いでいく。それはこれからもずっと続くものだと信じていた。……信じていたのに。

 ……シンデレラストーリーなんてやっぱり漫画の中の話だった。「恋するアフタースクール」は「純情タイフーン」に読者が流れていってしまったのかランキングが落ちていった。打ち合わせの度、渚さんの顔が曇っていくのが辛かった。打ち合わせの帰り道、前まで次の話はどうするのかとゆめりと話すのも辛くなってしまった。

 ……そして、その日がきてしまった。

「打ち切り……ですか……」

「たった2巻で……」

  正式に打ち切りが決まってしまった。残り3話。私は悲しいを通り越したのか変にすとんとした気持ちになってしまった。

 ゆめりは言葉を失ってしまった。

「ごめんなさい!私もたくさん掛け合ってみたんだけど、やっぱり……そのアンケートと売れ行きが……」

「……知ってました、私達は純情タイフーンには勝てなかったんですよね……」

「…………本当に申し訳ございません、でも!次の企画は絶対成功させましょう!!霞桜先生の作品は最高です!ここで負けちゃいけません!」

「で、ですよね……!ゆめも次回作頑張ります……」

 もう負けてしまったのに……何に勝てばいいのだろう。私はぼうっと窓を眺めてしまった。世界がくすんで見えた。

 

 帰り道気遣ってくれたのかずっとゆめりが何かを話してくれていた。申し訳ないがなにも頭に入ってこない。

「……ねぇ、しおりちゃん!……聞いてる?」

「……ゆめり……ごめんなさい、話をちゃんを聞けてなかったわ、残り3話の構成?もう一度言って貰える?」

「やっぱり?しおりちゃん、凄く眉間に皺が寄ってたよ。残り話数の話じゃないよ、あのね、今日はしおりちゃんのお家じゃなくてゆめの家に遊びに来ない?」

「へ?」

 創作の話じゃない、しかも初めての事に驚いて間抜けな声が出てしまった。

「……でも、ゆめりの家って厳しくてお泊まりは無理って……」

「あー、厳しいのは半分嘘……たしかに成績とかめちゃくちゃ厳しいよ!?でも、物多すぎて呼ぶの躊躇ってただけなんだよね」

 恥ずかしそうにゆめりは笑った。

「でも、今日はしおりちゃんを帰しちゃいけない気がするの!だから、ゆめのわがまま聞いて?」

 そう言われて私はゆめの家に行くことになった。着いたのは普通の一軒家。

「……ごめんね、しおりちゃんの家みたいな豪邸ではないんだ」

「別に……私の家も豪邸ではないけれど……」

「それ言ったら色んな人から批判くるよ!?霞家はこの市の名物レベルだし!」

「そうだったの……?」

「そうだよ〜、ささ!入って!今日はお母さんもお父さんも仕事で夜遅くまでいないんだ!」

 こうして、私は初めて桜家にお邪魔することになった。といっても、ゆめりのお母様やお父様はいないみたいだし、ゆめりは一人っ子だしそんなに緊張はしないか。

「ゆめの部屋はここだよ〜、狭いけど文句言っちゃダメだからね!あと汚いけど文句言っちゃダメだからね!」

「大丈夫よ、それにゆめりって掃除とか家事とか得意じゃない。汚いとかあるの?」

 ゆめりは私の家に手伝いに来た時、限界化してる私の部屋を掃除をしてくれたり夜食を作ってくれたりするのだ。そんなゆめりに限ってゴミ屋敷に住んでる……なんて考えにくいけれど……。

「……あはは」

 ゆめりは恥ずかしそうに笑って部屋を開けた。

「……これはびっくりするほど絵に書いた様な痛部屋ね」

 棚には大量の美少女フィギュア。壁にはアニメのポスターやタペストリー。服をしまうはずのクローゼットにはゲームや同人誌が溢れそうになっており、本棚にもぎっしり漫画やライトノベルが敷き詰めらていた。ついには置く場所を失ってしまったのだろう本が床に置かれている。残念ながら女の子らしい部屋とは言い難い。

「痛いって言った!しおりちゃん、文句言っちゃダメだからね!って言ったじゃん……」

「文句なんて言ってないわ、でもまぁ……よくこんなに集められるわね」

「ここはゆめの幸せのお部屋だから!幸せをとことん追求した結果がこれなの〜」

「……私寝る場所あるかしら」

「……ちょっとゆめの部屋では無理かも……お布団敷くから1階で寝よう」

 そして、ゆめりにカレーを作ってもらい一緒に食べてゲームをしたり、好きなアニメ映画を見たり語ったりして、創作活動を抜いた友達の時間を過ごした。創作ばかりで忘れていたゆめりとの友達としての楽しい時間。

 こんなに遊んだはいつぶりだろうか。いや、私はずっとゆめりと友達だ。……友達なのに追い込まれるにつれそれを忘れてしまっていた。あの時、ごめんねと言って私はゆめりをとても困らせてしまっていたのだろう。私はもうゆめりの相棒として隣にいれないのかもな。

 夜も遅くなり深夜アニメも放送終了したところで私達は1階に布団を敷き、寝ることになった。

「ねぇ、しおりちゃん」

「ゆめり?」

「……私の画力がやっぱり追いついてないのかな、私はゆめりの相棒なんかじゃなかったのかな……とか思ってたりする?」

「そんなこと……」

「ゆめは思ってるよ、ゆめのお話は絵に支えられてるだけで中身が空っぽなんじゃないかって、しおりちゃんにはもっといい原作者……相棒と呼べる立場がいるんじゃないかって」

「違うっ!」

「だよね、違うよね。お互いそう思ってる、だから大丈夫だよ、私達は最強の相棒だよ」

「……ゆめり」

「ねぇ、今日は手を繋いでもいい?」

 せっかく2枚布団を引いたというのにゆめりがもぞもぞとこちらに潜り込んできた。

「ゆめりったら子どもみたいね……別にいいけど」

「えへへ、ありがとう」

 ゆめりは真剣な顔でこちらに体を向けた。

「じゃあこれからの物語について考えようか」

「……そうね……別にメインヒロインの巡音めぐと結ばれる結末だってつまらないわけじゃないし、人気もあるし綺麗に終われるんじゃないかしら」

「……しおりちゃん、それ本当に思ってる?」

「……思ってないわよ……冗談よ、思うわけない、でもめぐのハッピーエンドを望んでない訳でもないの……」

 私はぎゅっと繋いだ手に力を込めた。じゃないと泣いてしまいそうだったから。

「だって、あの子たちは全員ちゃんと生きていたの、恋をしていたの、まだまだこれからの物語がゆめりの中にあったはずで、私はそれをずっと描いていたかったの……!」

 主人公、巡音めぐ、沢城りり、茅野うた、全員私とゆめりの大切な子どもだった。ずっとこの子達を見守っていたかった。

「それに3人もヒロインがいるのよ!?2巻完結なんて出来るわけないじゃない!掘り下げたら人気出るヒロインだっていると思うわ!……絶対アニメ化既定路線だと思ったのに……」

「しおりちゃんもそう思ってくれてたんだ!アニメ化したかったね〜!アニメ化は叶わなかったけど、ゆめには最後に爪痕を遺すいいアイディアがあるんだ」

「いいアイディア?」

「そう、今から「恋するアフタースクール」のフィナーレのアイディア聞いてくれる?」

「聞かせてよ、ゆめりの考えてること全部」

「ありがとう、お互い大変で修羅場を体験するかもだけど、キャラを掘り下げたいっていうしおりちゃんの気持ちも聞けたしきっと出来るって信じてる……あのね……」

 その後、ゆめから聞かされたゆめらしい素晴らしい漫画の原案は本当にとんでもない修羅場を体験することになった。


 打ち合わせの日。いつも以上にクマが出来てぼろぼろになった私達はもう見た目を気にする気力も残っていなかった。

「渚さん、お疲れ様です」

「霞桜先生……!ってなんかぼろぼろですね!?大丈夫ですか!?やっぱり……あの打ち切りが……」

「ううん、違うの。残り3話分の原案とネームしてたら4徹になっちゃって……」

「よ、4徹!?3話分!?体が資本なんですからちゃんと寝てくださいよ〜!!」

 渚さんはとても心配してくださり、いつもより沢山のお菓子などを持ってきてくれた。

「取り乱してすみません……それほど「恋するアフタースクール」に掛ける想いがあるってことですよね」

「はい、直球で言いますと残りの3話をマルチエンディングにして終わらせたいんです」

「マルチエンディング……ですか!?」

「絶対全員がハッピーエンドになれる世界線がいいの!でも残りの話数で叶えられるのはこれしかないって思って!」

「……マルチエンディング……」

「ゆめりと全員がハッピーエンドになってヒロインの可愛いところを描き切れるようにしたかったんです、難しい掲載の仕方だとは思いますがどうかお願いします」

 2人で頭を下げた。どうしても可愛いヒロイン達を最後まで笑顔でいて欲しかった。一生懸命考えた結果がこれだった。渚さんは一体どう思ってるんだろうか。

 恐る恐る顔をあげた。

「マルチエンディングいいじゃないですか!!優しい世界観を持つ桜さんだから出来ることだと思います!是非やりましょう!止められても今度こそ私がなんとかします、素晴らしい原案をありがとうございます!!」

「渚ちゃん……!」

「ありがとうございます!」

「でも、本当に出来るかわかんないので編集長に聞いてきます!少し待っていてください!」

 私達は一緒にお泊まりした時みたいに手をまた握った。きっと大丈夫。諦めずに物語の親である私がハッピーエンドを信じてあげるんだ。

 少し経つと渚さんはとびきりの笑顔で戻ってきた。

「霞桜先生!大丈夫です!その案で行きましょう!宣伝もして下さるそうです!」

「「やったー!!!」」

 こうして私達はまた修羅場を体験した。でも人生で1番楽しい修羅場だった。本気で「恋するアフタースクール」に向き合えた。


 「恋するアフタースクール」は完結し私達が思い描いたハッピーエンドを迎えた。無事2巻目も発売し1巻ほどではないが店舗に置いていただけた。

 私達は次の連載会議に出す企画を練っていた。次はどんな女の子を描けるのだろう。放課後、そんなことを考えながら帰る準備をしていた。

 するとバンっと大きな音がして誰かが教室に入ってきた。

「し、しおりちゃん!!」

「ゆめり!?」

 珍しく……いや、初めてゆめりが教室に来たものだからびっくりしてしまった。周りの生徒も驚いている。北風の悪魔と太陽の女神だと言ったやつは睨んでおいた。

「これみて!「恋するアフタースクール」がプチバズりしてるの!!ゆめ達、次にくる漫画家ってネットで言われてるよ!!」

「嘘……」

「本当だよ!」

 ゆめりが見せてくれたSNSには、たしかに「恋するアフタースクール」が取り上げられ話題になっていた。どうやら漫画関係のインフルエンサーが取り上げてくれたようだ。

 どうやらその反響は出版社にもいっていたようで。次回作の打ち合わせがしたいと電話した時から渚さんはテンションがとても高かった。

「霞桜先生!SNSの反響凄いですよ!やっぱりマルチエンディングにして正解でしたね!それにやっぱり桜霞先生の作品がその作風にあって面白かったからですよ!これを次に繋げましょう!」

 凄く嬉しかった。「恋するアフタースクール」はちゃんと誰かに届いていたのだ。きっとあの本屋で買ってくれた少年にも届いてるはず。

「はい!」

「あの、次の作品は決めてあるんです!またラブコメものなんですけど、今度はバディもののラブコメがいいなって」

「それは素敵ですね!原案とキャラデザ拝見しますね」

 すると渚さんはキャラデザとこちらをちらちらと確認して首を傾げた。

「どうしました?」

「……なんだかこれ霞桜先生達に似てますね?」

「そうですか?」

「特に意識はしてなかったんですけど……」

「いえ、悪いとかではなく!とてもいいなって思ったんです!私から見ておふたりは最高の相棒に見えますから!きっと最高の作品になりますよ!」

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