東京∼アスタロト2∼
「デュヒヒ。むっ、無理矢理誘われて断れなくて、しかも輪に入れずにずっと後ろから付いて行くしかないなんて。ぜっ、全然楽しめてないでしょ天草さん。金魚の糞にしか見えないよ」
突然現れ、好き勝手に語ってくるこの男子生徒に、ミウは唖然とする。
彼のことは、一応知っていた。
地家明日太。
小太りで、顔にニキビが目立ち、前髪の長さが均一でキノコのようになっている。
その上いつも薄気味悪く笑っており、謎に上から目線で、何かあればすぐに揚げ足を取るようなことを言う。
見た目と態度が災いしてか、クラスでは孤立していた。
ミウとは違って、他の生徒達から嫌われているといった印象が強かった。
「むっ、無理して群れようとしてるのかな?天草さんは孤高の存在なのに。ぼっ、僕と同士だと思ってたのに」
「え〜っと……?」
「おい、ミウに何か用か?」
遊次が2人の間に割って入った。
明らかに不機嫌そうな表情の遊次を見るなり、明日太は挙動不審になりながら立ち去った。
「ホント何なんだあいつ?気持ち悪ぃ」
「うん……。何だったんだろうね?」
「ミウ、またちょっかい出されたら言えよな」
「そうする。ありがとう」
遊次にお礼を言いつつ、ミウは一緒に居る生徒達の様子を伺った。
何なのあいつ。
ヤバい。
キモい。
そんな声が聞こえてくる。
全員顔を見合わせ、明日太のことについて話していた。
「天草さん大丈夫?何かされてない?」
先程の女子が再び話しかけきた。
「う、うん。大丈夫……」
ミウは苦笑いしながら、そう応えた。
昼食後、ほとんどの生徒は公園の広場で遊んでいた。
遊次達はドッジボールに夢中になっている。
他の生徒達もそれぞれ別のスポーツをして過ごしていた。
そんな中でも、せっかく遠足に来たというのに体を動かさない生徒もまた、少数だが存在していた。
ミウもそのうちの一人だ。
一応遊次達に誘われはしたが、断った。
あまり体を動かしたくないのもあるが、ミウには今日、遠足の後にやることがある。
スマホを眺めつつ、来たるその出来事に対する行動を、頭の中でシミュレーションしていた。
スマホに映っているのは、“FREE UNITE”のチャット画面。
そこにはミウと、“モモ”と名乗る少女とのやりとりが乗っていた。
「グフフ。天草さん、やっぱり一人は画になるねぇ」
「ヒッ!!?」
また背後から不気味な声で囁かれ、ミウは仰天した。
今度は悲鳴が出てしまう。
恐る恐る後ろを振り返ると、やはりそこには明日太が立っていた。
「フフフ。またびっくりしちゃったの?可愛いねぇ。何にも学習してない愚かなところが」
「……後ろから囁くのやめた方がいいよ」
ミウは明日太から目を背け、驚いて落としたスマホを拾い上げながらそう言った。
その馬鹿にしたような話し方に、少し苛立っていた。
「ぼ、僕は、アドバイスをしてあげてるだけだよ?人の善意には、ちゃんと感謝した方がいいよ?ふっ、普通”ありがとう“だよね?」
「………」
明日太の言葉を、ミウは黙って受け流す。
彼がクラスで孤立している理由が解った気がした。
それにしても、どうして明日太はここまで付き纏ってくるのだろう。
今まで接点が無かった分、気味が悪かった。
無視を決め込めばいずれどこかへ去るだろうと思っていたが甘かった。
相槌すら打たないミウ相手に、明日太はめげることなく持論を浴びせ続けた。
本当にうんざりしてきたところで、明日太は話題を変えてきた。
「……ところで、天草さんも“FREE UNITE”に入ってるんだね」
「……は?」
予想外の言葉に、ミウはつい声を出してしまった。
まさか明日太の口から“FREE UNITE”の名が出るとは思っていなかった。
「ディヒヒ。やっと、や〜〜っと僕と対話する気になったのかな?」
「……まさか、私のスマホ見た?」
「御名答〜♪モモっていう子とチャットしてたでしょ〜?ていうか、ていうか〜、見られたらダメなものだった?ダメだよ天草さん、そんなもの堂々と見てたら。覗いてほしいって言ってるようなものだよ」
「覗く方がどうかしてるよ普通……」
この明日太の何でも自分を正当化するような発言に、ミウはさらに苛立つ。
殴り倒してやろうかと思ったが、さらに面倒くさいことになりそうなのでやめた。
「フフヒヒ。ていうか天草さん、2週間前の、野叢君……バーンアンデットの配信の時も居たのよね?フヒヒッ、柏木公園でカメラマンやってたよね?」
「……居たの?地家君も」
「御名答♪事前に告知があったからねぇ」
香奈を救ったあの日の夜、明日太も群衆に紛れていたようだ。
まさかクラスメイトに見られていたとは思っていなかった。
「地家君も入ってたんだね。”FREE UNITE“」
「もちろん♪フヒヒ♪まぁ、僕はあくまで傍観者だけどねぇ。団の皆が馬鹿騒ぎしてるのを見て楽しんでるよwあっ、ちなみに”アスタロト“って名前、聞いたことある?」
「悪魔のこと?」
「その様子じゃ知らなさそうだねぇ。僕のハンドルネームだよ♪見つけたら話しかけるといいよ♪グヒヒ、じゃあ僕は猿達の観察に戻るよ♪」
「猿?」
「察しが良いのか悪いのか解らないなぁ。遊んでるあいつらだよ」
明日太はやれやれといった感じで、ドッジボールをする遊次達を指差した。
ミウは苛立ちを通り越して呆れる。
「口には気をつけなよ。そういうところ治さないから一人ぼっちなんじゃない?」
「フヒヒ。あっ、あんな猿共と仲良くするつもりは、無いね」
「じゃあどうして私に話しかけるの?私も猿だと思うけど」
「フフヒヒ。ち、違うよ天草さ〜ん。きっ、君はね、犬だよ」
「は?」
「フヒッフフフ、ふ、不満かな?ど、動物に例えたら、の話だけどね。……それじゃあね」
明日太は不気味に笑うと、そそくさと去っていった。
「……マジで何なの?」
ミウは制服の上から着ているパーカーの、猫耳付きのフードに触れる。
動物で例えるなら猫じゃないの?
明日太にそうツッコもうと思ったが、やめた。