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FREE UNITE  作者: マー・TY
7/16

北海道∼虫目村の噂4∼

 壁や畳から、家具に至るまで文字が書き込まれた部屋。

 そしてそんな不気味な部屋に横たわる死体。

 肉は腐敗しており、蛆やヤスデが湧いていた。

 あまりにも凄惨な光景に、トージの体は固まってしまう。

 オカルト好きの影響でグロテスクなものには免疫があると思っていたが、実際に目の当たりにすると衝撃が大きかった。

「おい、トージ。大丈夫か?」

「えっ……。あぁ…はい……。大丈夫です。少しびっくりしただけというか……」

「無理もないじゃろ。まともなら、人の死体を見て戸惑わん者は居らんよ」

 言葉に反して、翠華は今までと同様動じることなく死体に近づいた。

「ふむ……こりゃそこそこ新しい……。死んだのはここ1週間以内かのぅ」

「翠華さん……?」

「孤独死を選んだようじゃ。よく読むと良い。この部屋中に書き込まれた文字を」

 書き込まれていることは確認済みだが、よく読んではいなかった。

 ふと近くの壁に書かれていた文字が目に入る。

 トージはその一部に顔を近づけ、黙読を始めた。

『なんの音なんだ?風がふいたりものが落ちたり動物が鳴くたびにあいつらがきたんじゃないかと思う こわいこわい 安心してねむれねえ ねたしゅん間つかまっちまうきがする つかまるのも死ぬのもいやだ』

 まず筆跡と言葉遣いからして男だろう。

 どうやら死体の男は何者かに追われていたようだ。

 警察かと思ったが、それなら”あいつら“なんて書き方をするだろうか。

 裏の世界で何かをやらかし、その筋の人間に追われているうちにこの廃屋に辿り着いたという可能性も考えられる。

 いったいどんなことをやらかしたのか。

 堅気ではないことは明らかだろう。

 死ぬ瞬間まで、何者かの恐怖に震えていたのかもしれない。

 トージは今度は、ちゃぶ台に視線を移した。

 壁に書かれていたものより字が筆跡が荒れている。

『はらへった もうくいものない このあたりの草はにがすぎる  きのこを食べてからはらいたい  いろがへんにみえる』

 食料が尽き、周辺に生えていた野草やキノコを食べてしまったようだ。

 キノコの毒が回ったのか、腹を壊し、視覚にまで影響が出てしまったようだ。

 トージの目線は、そのまま死体の手元に向く。

 ほとんど何を書いているのか解らない。

 死体に近づくに連れて、余裕が無くなってきているように見える。

『む り  ご■■■■■ た■■  た■■て   ㇱ に た ーーー■■レ■■■■■』

 よく見ると死体の右手の下に、ペンが置かれていた。

 解読不能の文を最後に、力尽きてしまったに違いない。

「トージ、ひとまず警察じゃ」

「えっ……」

「放っておく訳にはいかんと言ったじゃろう。こやつが何者かは解らぬがな。家族は居るなら尚更じゃ」 

「解りました」

 トージはすぐさま警察に通報した。

 発見した経緯や場所を詳しく。

 虫目村への道の説明は少し戸惑ったが、意外と冷静になって話すことができた。

 警察はすぐに向かうらしい。

「……連絡しました、けど……警察が来るまでどうしましょう…?」

「戻るぞ。出迎えじゃ。そなたが説明したとはいえ、警察もここまで辿り着くのは苦労するじゃろう。というか遭難するぞ」

「ですね……」

 2人は部屋から出た。

 死体から離れたせいか、空気が綺麗に感じられた。

 廊下を歩いている途中、翠華がトージに問うた。

「写真、撮らなくて良かったのか?」

「写真?…何のです?」

「さっきの死体の……じゃ」

「はっ……?」

 トージはその質問に驚き、翠華の顔を見た。

 彼女の口元は笑っていない。

「何、言ってるんですか……?」

「この村の風景を、掲示板に載せて楽しむんじゃろ?心霊スポット等と呼ばれる廃村に死体。きっとかなりの話題になるじゃろうなぁ。わっちのことは気にするな。今すぐにでも、撮りに戻れば良い」

「………」

 翠華の言う通りだ。

 噂の心霊スポット虫目村。

 この村で死体を発見し、写真まで載せたとなれば、掲示板のアクセスは伸びることだろう。

 自分が立てた掲示板に、より多くの人が集まる。

 承認欲求は満たされるだろう。

 飲食店での迷惑行為を撮影してSNSに載せる若者達の気持ちが、少し解った気がした。

 しかし、トージの心は決まっていた。

「撮りませんよ。撮るわけないじゃないですか。死者への冒涜になりますし……。心霊スポットとか廃墟は撮りますけど、死体撮って楽しむ程人間終わってませんよ」

「……そうか」

 翠華の口調が柔らかくなる。

 口元は笑っていた。

「それを聞いて安心したぞ。最近の若者はモラルに欠けてるらしいからのぅ」

「えっ?何ですか?……試したんですか?僕のこと……」

「ははは。すまんすまん。心霊スポットによく行くというそなたのことが心配になってのぅ。じゃが、無駄な心配だったようじゃ」

「お…お気遣い、感謝します……」

「うむ。では行くか」

 2人は古家を出た。

 そのまま虫目村の出入口を目指す。

 しかしトージの心は、まだもやもやしていた。

 虫目村ではなく、翠華に対してだ。

 ここまで来て思ったことだが、おそらく翠華はただの一般人ではない。

 穏やかで緩い一面もあるが、その奥に何か得体の知れないものを感じるのだ。

 あと一歩で虫目村に出るというところで、トージは足を止めた。

「……?トージ、どうした?」

「翠華さん、あなた何者なんですか?」

「む?」

「僕が調べても曖昧な情報しか出てこなかった虫目村に、あなたは迷わず連れてきてくれました。あの死体を見た時もかなり冷静でしたし……。翠華さん言ってましたよね?まともなら、死体を見て戸惑わない者はいない居ないって……。この言い方だと翠華さんはまともじゃないってことですよね?」

「………フフッ。そうじゃなぁ」

 そして改めてトージに向き直り、語り始めた。

「かつて、神への信仰に取り憑かれた、歴史の長い村があった。その村は少々特殊で、10年に1度、虫目と呼ばれる子が産まれた。村人達はその度に、虫目を神への生贄として捧げてきた。しかしある年に産まれた虫目が自身の運命を知り、逃げ出すという事件が起きた。神の存在が本当だったのか、それとも別の要因か……、その村は程なくして滅んだという。虫目が逃げ出してから村で何が起こったのか……。真相は村人しか知らぬ……というところじゃな」

「どうして今その話………。……ッ!!……翠華さん、あなたもしかして………!!」

「その辺は、そなたの想像に任せよう」

 翠華はどこか切なそうに笑うと、虫目村の外に出た。




 『虫目村に向かう』掲示板に、丁度24時間ぶりにトージが顔を出した。

 実況中に書き込みを止めたトージを心配してか、はたまた面白がってか……。

 いずれにしても、書き込みは続いていた。

 トージが立ち上げた掲示板の中でも、過去最多の人数が集まっていた。


 トージ『戻りました。書き込み遅れて申し訳ございません』

 ハイパー『トージ帰還!』

 A子『おかえり!』

 炙りサーモン『来た〜〜〜〜!!!』

 りんご『おかえりなさ〜い』

 鎖骨『待ってたぞ』

 江原『死んだかと思ったわ』

 トージ『すみません。警察から事情聴取を受けていまして』

 鎖骨『事情聴取!?』

 イグルー『は何で?』

 青ヤギ『詳しく』

 トージ『虫目村で死体を発見したんです。警察によると、虫目

     村の村人ではなく、逃亡犯だったそうです。殺人の容

     疑で捜査中だったとか』

 雨ちゃん『何にしても怖い』

 黒真王『死体の写真見せろ』

 飛車『黒真王そりゃねぇだろ』

 トージ『撮ってないです。犯罪者とはいえ、死者への冒涜にな

     るかと思いまして』

 万次郎『その通りです』

 ミウ『トージさんに何も無さそうで良かったです。お疲れ様で

    す』

 魚の目『お疲れ様!』

 インド人『おつカレー』

 ハイパー『乙。楽しかったぜ』

 黒真王『嘘乙』

 黒真王『つまんね』

 鎖骨『テメーがつまんねぇ消えろクソガキ。トージ気にすんな

    よ。お疲れ』

 りんご『わくわくしました!お疲れ様です!』

 トージ『ここまで見ていただいてありがとうございました。ま

     た何かあったら立てますね』


 トージはここまで書き込むと、この掲示板を後にした。

 椅子に寄りかかり、伸びをする。

 いつもと変わらぬ自分の部屋。

 晴天の青空。

 平穏過ぎて、昨日の出来事がまるで嘘かのようだった。

「……翠華さん、元気かな……」

 翠華とは警察署で別れ、それっきりになっている。

 連絡先も交換していないため、再び会うのは難しいだろう。

 最初こそ不気味に思ったが、今では翠華とまた会ってゆっくり話したいとさえ思っていた。

(昨日みたいなのはもう勘弁だけど……やっぱり…僕は心霊スポットが好きだな……)

 しばらく休んだらまた出かけよう。

 トージは心の中でそう呟いた。

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