北海道∼虫目村の噂3∼
トージ『虫目村、着きました』
この書き込みの後、『虫目村に向かう』掲示板にトージによって写真が投稿され始めた。
雑草、落ち葉だらけの道。
木材が朽ちたことが原因で崩れた木造の家。
植物が絡まり、錆びれた自転車。
おそらく腐った水が溜まっているであろうタイヤ。
苔まみれの井戸や竈門。
次々と投稿される写真から、廃村の不気味な雰囲気が醸し出されていた。
鎖骨『すごっ!』
飛車『いかにもだな』
ハイパー『完全に放ったらかしの雰囲気たまらん』
自由帳『アニメの世界やん』
いったん『こういう雰囲気好き』
万次郎『タイヤ?車とかあったんですかね?』
ちゃんバラ『死体とか無いん?』
トージ『もうちょっと調査してみますね』
トージはそこまで書き込むと、再び虫目村の調査を再開した。
以降この掲示板は、写真や村の考察で盛り上がることになる。
村の気になるところを見つけては、写真に収める。
トージはそうしながら、少しずつ村の奥へと進んでいった。
そうするに連れ、心無しか空気が重く、肌寒くなっていく。
しかしそれと比例するように、この村への好奇心は強くなっていった。
「よくもまぁ、こんな薄気味悪い廃村を怖れずに進んでいくものじゃ」
翠華は半分呆れながらトージに付いていく。
彼女もまた、怖れは無いようだった。
「そんなにも物珍しいか?」
「心霊スポットはこういう廃墟みたいなところが多いんですけど、僕は見てて飽きませんね。いろいろ気になることはあります。例えば、ここの村人達はどこへ行ってしまったのか……とか」
村中を見渡しながら、トージはそう言う。
できれば見つからない方がいいのだが、骨すらも見つかっていない。
この村は滅んだという話だが、いったいどのようにして滅んだというのか。
その辺りはまだ謎のままだ。
「……環境悪化や都会進出で人が減ったせいじゃろ。位置的にも隔離されとるようなものじゃからのぅ。何事も、人が減れば自然と廃れるものじゃ」
「虫目っていう子を捧げなかったせいで滅んだっていう話が……」
「そんなものデタラメじゃろ。たまたま神の施しを貰えておると感じるだけ。何もしなくとも平穏は訪れるもの。厄災も同じじゃ。いつ起こってもおかしくないわい」
「……翠華さんって、神様を信じない人なんですね」
「信じたところで……じゃな。信仰するだけで救われるならいくらでも拝むわい」
翠華は忌々しげに言い捨てる。
過去に神様関係で何かあったのだろうか。
そんなことを考えていると、急な生臭さが鼻を掠めた。
「……何か、臭いませんか?」
「言われてみればそうじゃのぅ。……ここからか?」
翠華が指差す方に、トージも目を向ける。
それは木造でできた古家だった。
所々木が傷んでおり、表面に苔まで生えてきている。
そして何故か扉が開いた状態になっていた。
「ここからでしょうか?」
「ここから妙に臭う」
「確かに……。ていうか、ここだけですよね?」
「ここまで歩いてきてこんなに臭うのは初めてじゃ」
「ですよね…。しかもこれ……、この臭いマズイかもしれないですよね……。明らかに死臭って感じで………」
「確かにのぅ……。入るか?」
「えっ?」
翠華からの予想外の提案に、トージは驚く。
「……やっぱり、入ってみた方がいいんでしょうか?」
「もしこの臭いの原因が人だとすれば、放っておくわけにもいかんじゃろ。わっちは行くぞ。そなたはどうする?待っとっても良いぞ」
「あっ……いや……行きます!」
淡々と語り、躊躇無く古家に進んでいく翠華を、トージは慌てて追いかけた。
近づくにつれ、臭いは強くなっていく。
2人はまず玄関に入った。
やはりと言うべきか、家の中は汚かった。
土間には枯れ葉や土が入り、下駄箱には埃が積もっている。
天井の隅には蜘蛛の巣が張っていた。
2人は土足で廊下に上がる。
一歩踏み出す度に床がギシギシと鳴り、少し凹むような感覚がある。
内装を眺めつつ、2人はとある障子の前で立ち止まった。
この障子の部屋から、他とは別格の息苦しさを感じた。
臭い自体も酷い。
虫にでも食われたのか、紙は所々破けていた。
とはいえ、そこから中を覗き込む気にはならなかった。
「ここじゃな」
「……十中八九そうですね」
「良いか?開けるぞ」
「はい……」
翠華はトージの承認を受け、ゆっくりと障子を開けた。
「うわっ…………」
トージの口から、思わず声が漏れた。
家の間取りで言うと、そこはお茶の間。
しかし、それ相応の温かさは感じなかった。
まず、タンスや畳、ちゃぶ台、壁にまで文字が書かれていた。
小さく、それでいて歪んだ字でびっしりと。
それがまるで呪詛のように映った。
トージは唾を飲み込むと、恐る恐る部屋に入る。
若干嫌な予感はしていた。
まだ臭いの正体が解っていない。
そしてそれがあるとすれば、ちゃぶ台の陰になっている部分。
思えば部屋に入る前、ちゃぶ台の端から何か見えた気がした。
その陰になっている部分に近づく。
「うっ………!!!」
トージは反射的に口を抑えた。
最悪の予感が当たる。
そこには丸くなるようにして横たわる、人の死体があった。