北海道∼虫目村の噂2∼
『虫目村に向かう』掲示板に、トージによって写真が投稿された。
道路の脇に作られた、人一人分の幅しかない道が写っている。
木々が光りを遮断しているようで、その先は薄暗い。
ちゃんバラ『不気味過ぎんだろ!』
自由帳『ホラゲの導入じゃん』
矢印キー『これから化け物と鬼ごっこするんやで』
鎖骨『行け行け!』
りんご『ついに来たんですね!わくわくしながら読ませていた
だきます〜!』
少しずつではあるが、チャットには人が集まり始めていた。
得体の知れない、曰く付きの村へ向かう実況。
人々の興味を唆るのは充分だった。
「村に着いたらまたさっきみたいに写真撮るんか?」
「まぁ、そうですね」
トージは翠華と共に、遊歩道の階段を登っていた。
足元は野草や落ち葉で覆われている。
階段に使われている木材も少し黒ずんでいた。
あまり管理が行き届いていないようだ。
「流石にここじゃ歩きスマホはせんか」
「まぁ、足場悪いですからね。普通に滑りそうですもんここ」
「普通の道でも気をつけてほしいところじゃな。ほれ、ここから広いぞ」
階段を上がり切ると、広い道に出た。
若干明るくなったようにも思える。
トージはその道をスマホで撮影した。
「歩きやすい道に出られましたね」
「この辺は登山家がよく利用するからのぅ。まぁ、最終的にこの道から外れることになるわけじゃが、そなたの格好なら大丈夫じゃろう」
マフラー、手袋、コートで、防寒対策はばっちり。
リュックの中には念のため、食料や水等が入っている。
虫目村が山中にあることは想定していたので、トージはそれなりに準備してきていた。
「まぁ、心霊スポットなんて何が起こるか解りませんから」
「そりゃ感心じゃな。ほれ、こっちじゃよ」
翠華は手招きし、また歩き出す。
トージは今撮った写真をチャットに上げてから、その後を追った。
「今の写真もネットに載せたのか?ちなみにどのくらいの人がそなたの写真を見とるんじゃ?」
今度は翠華がトージに質問を投げかけてきた。
案内してもらっているお礼に、トージは答える。
「詳しい人数は解りませんが、けっこうたくさんの人が見てくれますよ。そういう掲示板に貼っていましてね」
「掲示板?あの道端にポスターやら何やら貼ってあるあれか?ネットの中にもあるのか?」
「はい。タイトルを付けて立ち上げるんです。それを他の人が読んで、コメントを残してくれたりするんですよ」
2人は歩きながら会話を続ける。
「なるほどのぅ。なかなか有意義ではないか?」
「そうですね。翠華さんも今度見てみるといいですよ。掲示板と言ってもいろいろありますけど、僕は“FREE UNITE”の掲示板を使ってます」
「フリーユナイト?なんじゃそれは?」
「そういう団体です。団体っていっても、人が集まってただわちゃわちゃしているだけですけどね。たまに面白いイベントが起こったりもするので、面白いですよ」
「そなたもそのフリーユナイトとやらに入っておるのか?」
「はい」
「その団体の怖いもの好きで集まってるといったところかの?」
「そうですね。翠華さんも入団してみませんか?」
「悪いが興味無いわい」
「そうですか……」
「それより、ここから下りるぞ。注意せぃ」
翠華はそう言い、道の外れの斜面を下り始めた。
近くに生えている細い木を掴み、滑らないように進んでいく。
トージも同じように、斜面に足を踏み入れた。
見様見真似で細い木を伝っていく。
“ズルっ”
「うわっ!?」
その途中で、トージは落ち葉で足を滑らせてしまった。
反射的に近くにあった木を掴む。
間一髪のところで、なんとか事なきを得た。
その後は滑ることなく、翠華が待つ場所まで来ることができた。
危うく転落しかけたせいか、その頃には息切れしていた。
「滑りそうじゃったのぅ。大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……。はい、何とか」
「ははは!相当堪えたようじゃのぅ!」
「まさかこんなところを通るとは……。道理で情報が少ないわけだ……」
「……一応調べてきたんじゃな?」
「前に掲示板で書き込まれたのがきっかけだったんです。そこから自分なりに調べてみたんですけど、伝承混じりで簡単に説明されてるものが多かったんですよね。場所も『だいたいこの辺』って感じで……。翠華さんが居なかったら今頃どうしていたか……」
「最悪野垂れ死にもあり得たじゃろうなぁ。ほれ、まだ気を抜くでない。この辺り熊も出る故な」
「そ、そうですか……。確かに……」
少し怖気づきながらも、トージは納得した。
今2人が立っている場所は、遊歩道の階段や道のように整備されていない。
周囲には落ち葉や野草、木しか無く、いつ熊のような野生動物が現れてもおかしくない。
「ほれ、行くぞ」
何の目印も無い山林の中を、翠華は迷わずに進んでいく。
彼女の後に続きながら、トージは少し疑問を抱いていた。
いくら地元民とはいえ、翠華はやけに詳しい気がする。
どちらに進んでいいかも解らないこの山林を、ここまで迷わず歩けるものなのだろうか。
怪しいような考え過ぎのような、そんな微妙な気分の中、翠華が立ち止まった。
近くの木に手を置き、トージを見据える。
「着いたぞ」
「えっ…!?」
トージは小走りで翠華の横に立つ。
木々が立ち並ぶその先に、古びた建物が見えた。