東京∼いってきます∼
「痛い……痛いよぉ……!」
「うるせぇこのガキ!!」
頭を抑えて丸くなる幼い少女を、父親が何度も踏みつける。
踏まれる度に、悲痛の叫びを上げた。
少女は助けを求めるように、近くに居た母親を見た。
しかし母親は目もくれず、スマホをいじっているだけだった。
「誰に産んでもらったと思ってんだ!!?テメェは黙って親の言うこと聞いてりゃいいんだよ!!」
父親からの暴力は怒鳴られながら続く。
身体中が痛い。
骨がギシギシといって、内臓も痛い。
「うっ…、うえっ……え”え”え”え”え”え”え”え”え!!!…ゲホッゲホッ!!!」
耐えられなくなった少女は、ついに嘔吐してしまった。
その様子を見て、父親はさらに激怒する。
「汚ぇな!!!何吐いてんだテメェ!!!」
父親は少女の胸ぐらを掴んだ。
拳で何発も顔を殴る。
そしてそのうちの一発が、右目に入った。
「ッ!!!」
悪夢に魘されていたミウは目を覚ました。
全身汗だくで、息苦しい。
息を整えながら、近くに置いてあったスマホを見た。
時刻は午前4時を示していた。
「はぁ………はぁ………。う”っ……!!」
悪夢のせいか、失明した右目がズキズキと痛んだ。
「はぁ……。最悪…」
右目を抑えながら呟く。
未だにこの夢を見るのかと思い、嫌になった。
シャワーを浴び、少しスマホをいじったりした後で、ミウはキッチンに向かった。
食パンに塩を振り、バター、チーズ、切ったキャベツ、ベーコンを乗せ、さらにもう一枚の食パンで挟む。
それを2つ分作り、電子レンジに入れた。
それから1分程した時、一人の女性がキッチンに入ってきた。
「ふわぁ〜……。あらミウちゃん、起きてたの?」
「叔母さん、おはよう」
「おはよう〜。どうしたの?いつもより早起きね。偉いわ〜」
叔母はミウの頭を優しく撫でた。
ミウは恥ずかしそうにその手を払う。
「やめてよ。いくつだと思ってるの?」
「あらら。ごめんなさい。だってあなた、この時間はいつも寝てるから〜……」
「偶然だよ。偶然早く目が覚めたから、朝ごはん作ってただけ。たまにはいいでしょ?」
「ごはん作ってくれてたの?助かるわ〜」
叔母が朗らかに笑ったところで、“チ〜ン”と音が鳴った。
電子レンジを開けると、バターのいい香りが広がる。
食パンはきつね色に染まっていた。
ミウ特製のホットサンドの完成だ。
「あら〜、美味しそう〜」
「温かいうちに食べよう。飲み物、ミルクティーでいい?」
「もちろん♪」
2人はリビングに移動すると、テーブル席に、向かい合わせになって座った。
叔母がテレビを点けると、丁度朝の情報番組が始まるところだった。
朝食を食べながら、テレビを観る。
それが2人の朝のルーティンだ。
もっとも、いつもなら叔母が朝食を作り、ミウを起こしているのだが。
「うん♪サクサク〜。塩も効いてるし、しょっぱくて美味しいわ〜」
「それはよかった」
「これなら安心してミウちゃんをお嫁に出せそうね〜」
「結婚とか考えてないから。まだ」
『さぁ、今週のホットな話題は〜、“FREE UNITE”です!』
他愛のない会話をしていると、いつの間にかテレビで“FREE UNITE”について取り上げられていた。
アナウンサーによって“FREE UNITE”が何であるか、そして今まで起こしてきた事件が次々に晒されていく。
ついにはバーンアンデットや、昨晩制裁を与えた島田のことも語られていた。
その情報の速さに、ミウは若干引いていた。
「ふりーゆないと……ねぇ。最近よくその名前聞くわ。ここまで有名だったなんてねぇ〜。あっ、バーンアンデットって遊次君のことよね?あの子テレビに出るなんて凄いじゃない」
「取り上げられてるだけで、出てはいないよ。出てたら多分、ミルクティー吹き出す」
「フフフ。……ミウちゃん、最近楽しい?」
「へ?」
叔母からの不意な質問に、ミウは思わず間抜けな声を出す。
意図は解らないが、とりあえず微笑みながら返答を待つ叔母の目を真っ直ぐ見る。
「……楽しいよ」
「本当?」
「本当」
「……本当みたいね。うん。……フフフ。よかったよかった」
「なに?叔母さん……。気味悪いよ……?」
「ごめんなさい。ただ、ミウちゃんがここまで元気に育ってくれて、嬉しいだけよ」
「はぁ……」
朗らかに笑う叔母を見て、ミウは少し困惑しつつ、ミルクティーを飲む。
ミウからすれば、叔母はほのぼのしていて、しかしどこかミステリアスで、達観しているイメージだ。
とはいえ、それと同時に温かさもある。
叔母が自分を引き取ってくれた最初の夜、震える体を優しく、いつまでも抱きしめてくれたことを、未だに覚えている。
「叔母さん」
「な〜に?ミウちゃん」
「……いつも、ありがとう」
「フフフ。いいのよミウちゃん♪」
叔母は席から立ち、ミウの頭を優しく撫でた。
朝食の後片付けをし、それぞれ着替えた2人は、一緒に外に出ていた。
今からミウは学校、叔母は仕事へ向かう。
「ミウちゃん、忘れ物ない?」
「ないよ。叔母さんは?」
「ないわ。ところでミウちゃん、今日も帰り、遅くなるのかしら?」
「うん。ちょっと遊次ん家寄ってく」
「フフフ。本当に遊次くんのこと、好きなのね」
「うるさいなぁ……」
「あらあら照れちゃって。可愛いんだから」
「そんなことより、早く行かないと遅刻するよ」
「あらあら、そうだったわね。それじゃあミウちゃん、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
ミウは手を振ると、学校の方へと駆けていった。
叔母はその背中を見送ると、職場に向かうため、駐車場へと歩いていった。