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08



 コンッと床を弾く靴音が響いた。ひらりと白のスカートが揺らめくと、鮮やかな青のハイヒールが隙間から覗いた。


「ねえどうかしら、エミリア。これ、似合う?」


「は、は、はい。とても、素敵です!」


「おい、王女サマ、目的忘れてないか? エミリアの靴を買いに来たんだろ? お前の靴なんざどうでも――痛!」


「おほほ、ごめんあそばせ手が滑ったわ。紳士ならば、女の買い物には黙って付き合いなさい。ほら、ヴィルマーなんて、静かに見守って……」


「……」


「いや、さっきから寝てるぞ、そいつ」


「ちょっとヴィルマー!? 静かだと思ったら、何立ったまま居眠りしてるのよ。靴選びなんて、言うなればこのわたくしのファッションショーよ!? 見ないと損するわよ!」


「はいはい。きれいきれい。姫は何でも似合うからな」


「適当! 目も開けずに言うんじゃないわよ!」


「エミリア、それが気になるのか? 履いてみたらどうだ?」


「え……でも、きっとわたしには似合わないですから。わたしなんかが履いてしまったら、綺麗な靴に申し訳ないくらいです」


 小綺麗な店内には賑やかな声が溢れていた。

 早起きをしてベティーナの運動に付き合ったヴィルマーは、眠気を受け入れつつ楽しそうな騒音を聞いていた。


 貴族の別荘が多く立ち並ぶラゼ湖畔には、大きな街が一つある。


 避暑に来た貴族が落としていく金で潤っている街だ。当然、そこに並ぶ商品は貴族向けのもの。王族であるベティーナが使うような大きな商会だってぬかりなく軒を連ねている。


 ここはそんな貴族向けの店の中の一つ。靴を専門的に扱う店だ。


 昨日靴をなくしてしまったエミリアのために、買いに行こうとベティーナが提案したのがことの発端だった。


 すぐにベティーナに対する敵愾心が見えるフリッツが一緒に行くと言い出し、気弱なエミリアはベティーナとフリッツに押されて抗えず、翌日の今日、彼女の靴を買いに来ている。


 ちなみにヴィルマーの参加は例によってベティーナからの強制だ。

 とはいえ、強制されずともヴィルマーはついて行くつもりだった。不特定多数の人間がいる街中に王女を野放しにするわけにはいかない。


「いいじゃない、エミリア。似合うわよ」


「そそ、そうです……か? 靴は可愛いですが……わたしに似合うかと言われると……」


「いや、よく似合ってるぞ、エミリア。いっそドレスも新調したらどうだ?」


「あら、生意気小僧のくせにいいこと言うじゃない。ドレスならさっきわたくしもよく使う店が通りにあったわ。そちらで買いましょう」


「馬鹿王女。王族なんかが使う店じゃエミリアが萎縮するからってここに来たんだろ。もう忘れたのか?」


「ああ、そうだったわね、じゃあ他にいい店を――って、馬鹿!?」


 フリッツが言いたいことを代弁してくれるから今日は楽だ。そう思いながら小さく船を漕いでいると。


「……どうした、エミリア?」


 近くに少女が立つ気配がして目を開ける。

 予想通りそこにはエミリアがいて、気弱に眉を下げながら青紫色の瞳でじっとヴィルマーを見上げていた。


「え、ええと、あの……わたし、ドレスは……」


「……いらないのか?」


「い、いえ、あの、お気持ちは嬉しいんです。でも、お義姉様たちが……」


「ああ、もしかして取られるのか?」


 エミリアはこくこくこくっと何度も頷いた。頭を振りすぎて眩暈を起こすのだから、なるほどベティーナに通ずる不器用さがある。


 わざわざヴィルマーに言いに来たのは、ドレスも見に行こうと盛り上がる二人に割って入れないためだろう。


 昨日着ていたものとよく似た薄緑のワンピースで足元をふらつかせるエミリアを軽く支える。そのスカートの裾から、白い靴先がちょんと覗いていた。


「……。靴は大丈夫なのか?」


「あ……はい。サイズが、違うので……取られることはないはずです」


「なら良かった。せっかくよく似合ってるからな」


「そそ、そんなこと……!」


 エミリアは真っ赤になって首を振る。

 おそらくあまり褒められることに慣れていないのだろう。昨日も思ったが、エミリアは自己評価が低い。ベティーナのそれを少し分けてやりたいぐらいだ。


「そういえば、昨日はどうだったんだ? 晩餐会」


「あ、いえ……結局、わたしは参加しませんでした……。申し訳ありません……折角替えの靴までお借りしたのに」


 昨日の帰り際、裸足で返すわけにもいかないので、少し大きめだったが屋敷にあった靴をあげた。エミリアが言う替えの靴とはそのことだろう。


「いや、それは構わないが……なんで参加しなかったんだ?」


「……屋敷に戻ったら、その、お義姉様たちに、針仕事も終わってないのに連れて行けないと言われてしまって」


「相変わらずなわけだ」


「……でも、いいんです。行きたかったわけではないですから」


 俯き加減で小さく笑う。

 その言葉が本心ではないことは誰が見ても分かるだろう。

 あまり首を突っ込むのはお節介だと分かっていつつも、ヴィルマーはつい訊ねてしまう。


「父親は? 何も言わないのか?」


「お父様は……わたしに興味がないんです。たぶん、お義母様やお義姉様にも。わたしの母にもそうでした……。今だって、ひとり領地に残っていますし……何よりも領民が大切なんだと思います」


 ただでさえ下がっていたエミリアの眉がますます下がる。今にも泣き出しそうな悲しそうな顔だった。

 似たような顔をして、似たようなことを言った少女を一人、ヴィルマーは知っていた。


「……、もしかしてエミリアは……――いや、」


 昨日今日会った人間が口を出していいことに思えず、口を噤む。

 中途半端に言って黙ったヴィルマーをエミリアは不思議そうに見つめる。

 そこにキンと高い二つの声が割り込んだ。


「ヴィルマー! この辺で良い店を紹介なさい! ドレスを買いに行くわよ!」


「エミリア行くぞ。俺がお前に似合うやつを選んでやる!」


 次の店へと行く気満々の二人に、ヴィルマーはため息を堪える。


「あ……あああの、その……、ヴィ、ヴィルマー様……」


 縋るようなエミリアの視線。

 二人を止めて欲しいのだろう。

 堪えていたため息が口を開くとそのままこぼれ落ちた。


「はあ……二人とも、ちょっと落ち着け。エミリアの話も聞いてやれ」


「「エミリアの話?」」


 二人揃ってきょとんとする。

 なんだかんだ言って息の合っている二人だ。仲が良いと言ったらそれはそれで互いに反発しそうな息の合い方だが。

 少し笑ったヴィルマーはちょうどはす向かいの建物を指さした。


「そうだな……少し早いが昼食でも摂りながら話をするか」



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