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04



 日焼けを知らない白い肌に、気弱に下がった眉。青紫色の丸い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、ひどく叱られたあとの子供のような表情だった。


「…………」


 ベティーナもヴィルマーもしばらく何も言えず、呆然としていると。


「も――……申し訳ございません!」


「え?」


「は?」


 十三かそこらと思われる少女は、突然寝台に頭をこすりつけて謝罪を始めた。


 何度も「申し訳ございません」と繰り返す彼女に、ベティーナもヴィルマーもあっけにとられてしまう。


 先に我に返ったのは、ベティーナの方だった。


「な、ちょ、ヴィルマー。なんとかしなさい。なんか怖いわ」


「あ、ああ……」


 いつものように憎まれ口を返すことも忘れて、素直にベティーナの指示に従ったヴィルマーが少女の前に膝をつく。


「ええと……何について謝ってるんだ?」


「申し訳ございません!」


 視線を合わせようとするが、頭を寝台のシーツから離さない少女と合うことはなかった。ついでに話も噛み合わない。


「……。湖のほとりで倒れたことは覚えてるか? 俺たちはそれを拾ったんだが……」


「申し訳ございません!」


「……なあ姫、どうすればいいんだこれ……?」


 延々とわけも分からない謝罪を繰り返されるのは不気味なものである。

 困り果ててベティーナに視線を向けるが。


「わたくしに聞かないでちょうだい。自慢じゃないけれど、わたくしは頭が悪いのよ。口の悪い家庭教師に『一歩進んで二歩下がるを地で行きますね。滅多にない才能ですよ、ある意味』と言われたことがあるぐらいよ」


「本当に自慢じゃねえ……! あとそれ言ったの俺じゃねえか!」


 家庭教師というほどのことではないが、ベティーナの勉強を見てあげたことがあった。


「あら、よく覚えているのね」


「そりゃな。姫はとことん物覚えが悪くて苦労させられた――って、ん?」


 気づけばいつの間にか少女が顔をそっと上げていた。

 繰り返していた謝罪の声も消えていて、きょとんとヴィルマーとベティーナのやりとりを見ているようだった。


「……!」


 しかし、二人から一斉に視線を向けられると、ひゅっと亀が甲羅に引っ込むように頭を下げ、顔を隠す。


「あ……あの、申し訳ございません。わたし、寝惚けていたみたいで……え、ええと、あの、わたし、エミリア・ハーナウと申します。察するに倒れたわたしをお二方が助けてくださったのですよね? ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした」


 ヴィルマーはほっと息を吐き出す。ようやく会話ができそうだ。


「いや、気にしないでくれ。俺はヴィルマー・ハルデンベルク。で、あっちにいる高慢そうなお姫様は――」


「紹介の仕方に悪意を感じるわ、やり直しよ」


「口を開くと残念な我儘姫――」


「褒めなさい。このわたくしを。褒めて紹介なさい」


「見た目だけしか取り柄がないと有名なベティーナ・ブルメンタール王女殿下だ」


「だけ!? しか!? 褒められてるのに貶されてる気がするのだけど!」


「じゃあ逆に姫は俺のことを他人になんて紹介するんだ?」


 どう紹介されれば満足というのか。

 問われて、考える間もなくベティーナは答えた。


「顔も身分も悪くないけど口は悪い男」


「俺と大差ないじゃねえか」


「はあ? わたくしの方がマシよ! 顔に加えて身分まで褒めてあげたんだから」


「悪くないって褒めてるのか? たとえ褒めてたとしても『口は悪い』ってがっつり貶してると思うんだが」


「事実を言って何が悪いのよ」


「俺も事実を口にしてただけなんだがな……」


「……あ、あの……」


 いつもの調子で言い合う二人の間にか細い声が割って入った。エミリア・ハーナウと名乗った少女だ。


「っと、悪い。エミリアだったか? 体調はどうだ?」


「あ、は、はい。大丈夫です。その、ごめんなさい……」


 割って入ったことを悪く思っているのだろうか。エミリアは視線から逃げるように俯く。


「ヴィルマー」


 ベティーナに呼ばれ振り向くと、いつの間にやらすぐそばにグラスを持った彼女の侍女が立っていた。医者が目覚めたら飲ませるようにと置いていったものだ。


「そうだった。ありがとな、姫」


「次からは気の利く美女と紹介してくれてもいいわよ」


「機会があったら考えとく」


 軽くあしらいながら、ベティーナの侍女――確か名前はアルマと言ったはずだ――に立ち上がり場所を譲る。アルマはエミリアにグラスを差し出し、水を飲むよう丁寧に促した。


「喉が渇いておりませんか? どうぞお飲みください」


「あ……す、すみません。ありがとうございます」


 こくり、と一口含むと、喉が渇きを思い出したのか、こくこくと飲み干してしまった。なかなかいい飲みっぷりである。


 アルマは空になったグラスを受け取り、陶器製の水差しから水を注ぐ。


 再度エミリアに渡すと、再び彼女はグラスを空にした。よっぽど喉が渇いていたらしい。


 再びアルマが水を注ぐのを見て、ベティーナはキリがないと思ったようだ。

 痺れを切らしたように口を開く。


「それで――何があったのかしら? 拾って助けてあげたのだから、お礼にそれぐらい教えてくれてもいいわよね?」


「え、あ……、申し訳ございません……」


 三杯目のグラスも飲み干したエミリアは、俯くように頭を下げる。

 謝るのは、彼女の癖なのだろうか。口を開く度に何かを謝っている気がする。


「大したことではないんです、本当に……。王女様にお話しするようなことでは――」


「わたくしが話せと言っているからいいのよ。別に罪を犯していたわけじゃあるまいし、どれだけつまらない話でも刑に処したりなんてしないわよ」


「我儘でも、横暴ではないもんな、姫は」


「素直に心優しい姫と褒めてくれていいのよ」


「そのくだりはいつまで続くんだ? それよりエミリア。ハーナウって、父親はハーナウ子爵か?」


「あ、は、はい……。ご存知なのですか?」


「いや、悪いが大して知らない。子爵領自体は把握してるが」


 ハーナウ子爵領は国の南よりにある小さな領地だ。

 小さな鉱山がいくつかあり、採鉱とその加工が主な産業だったはずだ。


「……何? あなた子爵家の娘のくせに、靴も買えないの?」


 ベティーナは眉根を寄せ、少し険しい表情を浮かべていた。

 エミリアは叱られているとでも思ったのだろうか。また頭を下げる。


「え、あ、その、申し訳ございません! く、靴は……捨てられてしまって……」


「捨てられたですって? 誰に」


 ベティーナは目を細め、ますます顔つきを鋭くする。

 すっかり萎縮したエミリアは、震える声で答えた。


「あの、お義姉(ねえ)様たちに、です……」



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