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03



 ボートを降りたヴィルマーは、ベティーナを制して倒れた人影に近づいた。

 身元のはっきりしない者に王女を近づけさせるわけにはいかない。


 倒れていたのは薄緑色のワンピースを着た少女。うつぶせに倒れているので顔は見えないが、ベティーナよりも年下なのではないだろうか。


「……おい、大丈夫か」


 とりあえず少女の肩のあたりを揺すってみるが反応はなかった。


「ねえ、ヴィルマー。この子靴履いてないわよ。それで走っていたなんて、一体どうしたのかしら?」


 一歩離れたところで見守っていたベティーナの言葉の通り、少女は素足だった。馬車も通れる舗装された道ではあるが、さすがに素足では痛いだろう。


 さりとて靴も手に入らないほどの貧乏人というわけではないだろう。薄緑のドレスは質素だが、生地は良質だ。貴族か商家の娘でもなければ買えないだろう。


 たとえ古着だとしても、まともな思考をしていればもっと安い服を買って靴も買えるはずだ。何らかの理由で服にだけ金をかけて靴を買わないというとんでもない買い物の仕方をしているわけではないのなら。


「姫様!」


「どうされました、ヴィルマー様!」


 ヴィルマーとベティーナが変なところでボートを降りたことで、護衛についていた人物たちが続々と集まってきた。


 真っ先に到着したのが、ベティーナの侍女と護衛。さすが優秀だ。


「ああ、あなたたち。そこに倒れてる子を屋敷に運んで」


 ハルデンベルク家の使用人たちをベティーナは顎で使う。王女の指示だ。使用人たちはてきぱきと動き、少女はあっという間に客室の寝台に横たえられた。


 使用人たちから遅れて二人が別荘に戻ってきた頃には、既に医者の診療も終わっていて、少女は穏やかに寝息を立てていた。疲労に睡眠不足、そして軽度の脱水というのが医者の見立てで、発熱もなく命に関わることではないと聞かされて二人して胸を撫で下ろす。


「――ああ、びっくりしたわ。でもこの子、何なのかしら? 何か身元の分かるものとか持ってないの?」


「ないだろうな。目が覚めたら聞いてみるしかない」


 身元が分かるようなものがあれば、既に報告があるだろう。

 一通り持ち物等の検査をして、怪しいものを所持していないことを確認した上で、客室に寝かせているのだ。何も調べずして王女が滞在する屋敷に外部の人間を招き入れるほど使用人たちは迂闊ではない。


「そうね。じゃあ、待ってる間暇だから、ヴィルマー。何か退屈しない話でもしてちょうだい」


「唐突な無茶ぶりだな!?」


「今に始まったことじゃないわよ。ほら、はやく」


「自分で言うか……」


 ヴィルマーの突っ込みも虚しく、ひとりがけのソファに座りこんだベティーナは、既に話を聞く体勢だった。渋々ヴィルマーもソファに腰掛け、話題を探す。


 ふと一つ、思い出したことがあった。


「そういえば、ルチエッタの政情が安定してきたらしいな。ハイデマリー姫が嫁いだ直後に政変が起きかけたときは経済活動も滞ってどうなることかと思ったが、なんとかなりそうで良かったよな」


「はあ? そんなことどうでも良いわよ」


「仮にも妹姫が嫁いだ国にくらい興味持てよ……」


 ついでに言えば、かつてベティーナが嫁ぐ予定だった国でもある。

 ベティーナはつんと顎を逸らせた。


「興味ないわ。だって、ハイデマリーがいるんだから国民がまとまるのは当然だもの。あの子は昔から人を惹きつけるというか、注目せずにはいられないというか……とにかくそういう才能があるのよ。だから、別に心配なんてしてなかったわ」


「姫って嘘を吐くとき髪を触るよな」


「えっ!? 嘘!」


 顔の横に垂らした髪をくるくるといじっていた手をベティーナは慌てて下げた。

 簡単な手に引っかかるものだとヴィルマーはにやりと笑った。


「ああ、嘘だ」


「な――! 嵌めたわね、ヴィルマー!」


「こういうのは嵌まる方が悪いんだ。あとあんまりうるさくすると起きるぞ」


「あ……」


 ベティーナは素直に口を塞いだが、遅かったようだ。

 寝台へと目をやると、少女は上半身を起こしてぼんやりと二人のことを見つめていた。




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