05 諦めるのはまだ早い
「――これは、一体どういう」
「見れば分かるでしょ。“白銀の牙”はS級小隊じゃなくなる」
まあ、見れば分かります。直接的にそのように書かれていますから。
私が知りたいのはそういうことではなく
「何故、降格なんて」
「それも分かるでしょ。何度も攻略失敗して予算だけ食いつぶす小隊なんて、国にとって必要ない、ってこと」
「それは」
あなたの責任でもあるでしょう、と口にしかけた言葉を呑み込みます。
この場で口論しようとも、なんの解決にもならないことは明白でした。
「――……私、は」
アメリアが弱々しく呻いて、
「……ごめん、独りにさせて」
「…………」
ふらつく足取りで、拠点内の私室へと向かいます。
それを引き留めることなど、到底できませんでした。
S級小隊――の下には、順にA級B級C級が並びます。上に行くほど実力が認められた小隊、ということになりますが、S級は特別です。
国から認められ、国から仕事を任される。予算も国が用意してくれる。
降格させられるのは、それをするだけの価値がなくなったことを意味します。
それが、最強の冒険者を志すアメリアにとってショックでないはずがありませんでした。
ふらふらとした彼女の影を見送ってから、
「あのさあ」
と、イヲがぼやきます。
「アメリアだけじゃなくて、君までおかしくなっちゃったワケ?」
「…………何を言っているんですか」
イヲはすこし苛立ったように眉をひそめました。
「気づいてないの? ……なんで、にやついてるのさ。この状況で」
言われて、確かめるように口元に手を添え、
「……失礼しました」
「別に、いいけど……それより、何があったか説明させてくれない」
◆
彼女の語る内容は、アメリアから聞いたものとさほど相違ないものでした。
私が脱退してから無茶な攻略を敢行し、そして失敗を繰り返した。
大事なのは「何故それを防げなかったのか」ということです。
「……どうしてアメリアを止めなかったのですか。“僧侶”抜きで攻略できない事なんて、皆知って――」
「わざと」
「……はい?」
「わざと止めなかった。S級小隊じゃなくなるには、無能認定されるのが一番手っ取り早いからね」
耳を疑った。
彼女の口からは、確かにそのような言葉が吐かれました。
それから、びり、と頭痛と共に激高を感じます。
「ふざけないでください、何の意味があって――っ!」
「私達はさあ」
と、遮り言いました。
「もう終わり、って言ったじゃん。とっくの前からそうだったんだよ」
やはり、イヲの言うことは何の意味も分かりません。全てを知っているような頼りがいのある飄々とした態度も、今は私の苛立ちを増長させるばかりです。
「シエルが追い出されるよりも前――ロンド地下迷宮で単眼巨人にぼこられた辺りかな。アメリアはもう、ずうっとおかしかった」
再び長机に腰かけ、退屈そうに語ります。
「“勇者”だ“勇者”だ五月蠅いし、人の話聞かないし、小隊の一員としてはいい迷惑さ。……正直、見るのもしんどかった。シエルだけだ、アメリアから目を逸らしていたのは」
「……それは、どういう」
「ボルグもロウカクも私も、あの娘がどうしようもなく狂っちゃったのを知ってた。幼馴染の贔屓目かな。君は「機嫌が悪い」程度にしか思ってなかったみたいだけどさ。……荒療治だったけど、いい薬になったみたいだ。あんなにしおらしくなっちゃって――」
そこで、私の掌がイヲの頬を張りました。乾いた破裂が小さく鳴ります。
ただ、別に、何の快感もない暴力でしたが。
三角帽がぱさりと落ち、イヲはそれをつまらなそうに眺めてからゆっくりと拾いました。
「……痛いなあ。まあ、それで気が済むならいいけど」
軽く帽子をはたき、深くかぶる。それで表情を読めなくなる。
「……私は、結構気に入ってたよ、この小隊。きっと他のふたりもそうだ。だからこそ、もう続けていたくない。アメリアが冒険者として続けていくのはもう無理だ。諦めさせるには、これでよかった」
そう呟き、私の横をすり抜けるように歩きます。
「……イヲさんは、これからどうするんですか」
「君達と出会う前と同じ、“魔術師”ひとりで流浪の旅にでも行くよ――あ、言い忘れてたけど、ボルグも一週間前に他の小隊に移ってるから」
「それじゃ」とだけすれ違いざまに言い残し、最後まで彼女らしい真意の読めない態度。
屋敷の暗闇に立ち尽くす。
思い出深いこの広間も、いまは絵の具をぶちまけたように塗りたくられた黒で染まり、何の感慨も抱きません。
(――私が、目を背けていた?)
イヲの言葉が胸にひっかかります。
そして、そんな訳ない、と思います。
むしろ逆。生まれたときから、私の目にはアメリアしか映っていません。
“勇者”の彼女に見合うよう努力しました。鍛錬を積み、戦術を学び、アメリアと並び立てる“僧侶”になりました。
小隊の面々も、彼女の為を想って揃えました。
あの気高い彼女がこの程度の困難で諦めるとも思いません。
彼女の夢は、私の夢でもありました。
アメリアは――
そうだ、彼女に会わなければいけない。
会って何をすべきかは分からないけれど、とにかく、そうするべきだと感じる。
そのような想いで、暗闇に足を進めました。
◆
「アメリア」
「…………」
彼女の私室は、以前に見たときよりも荒れていました。
丸椅子が乱雑に倒れ、壁にはひっかき傷のような細かな裂傷がいくつも奔っています。その変化が先程起こったものか、私が追放されてから起こったものか、その判別はつきません。
彼女はベッドの隅に、膝を抱えて顔をうずめていました。
飼い始めたばかりで人馴れしていない家猫のような、そんな弱々しさがあります。
「……話をしましょう。“白銀の牙”の今後についてです」
「――っやだ! 嫌だよ、聞きたくない……っ!」
ばね仕掛けじみて顔を跳ね上げたアメリアは、泣いてはいませんでした。ただ、あまりいい意味ではなく、涙が枯れ果てただけの疲れ切った諦観を湛えています。
それを見て――やはり、私の頭は、どうかしてしまったのだと確信しました。
「いいえ、聞いてください。……ボルグさんも、もう脱退していたんですね。イヲさんも辞めるそうです。そうなれば“白銀の牙”は降格どころか解散するしか――」
「やめてっ! 聞きたくないってば!」
「……アメリア」
目をぎゅうとつぶり、両手で耳を塞ぎ、殻に閉じこもる。……それでは、何も中身は見えないじゃないですか。
彼女の傍まで進み、両手首を掴んで引き剥がしました。
驚くほど非力で、そのままの勢いで押し倒します。
両手首をベッドに押し付け、ぎし、と軋ませる。小枝めいて細く、手折れそうな腕。
彼女の震える唇からその絶望を感じ取れる。
庇護欲をかき乱す脆弱さ。
いまの彼女は不安定だ。守るべき存在だ。それは分かっていました。
だから、私が彼女を傷つけるはずはありません。
大切なのは飴と鞭。生かさず殺さず。
私は彼女を恨んでなどいないし、虐めること自体が目的でもありません。
ただ、いろんな顔が見たいのだな、と、そう思いました。
鼻先が触れるほどの距離。蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のような、逃げることも叶わないと知る不自然に歪んだ顔です。
「可哀そうなアメリア」
「――っ!」
「私を追放したばかりに、仲間には見捨てられ、小隊も解散させて」
「……やめてよ――」
「最強の“勇者”になるんでしょう。こんなところで躓いてちゃ駄目です」
私の鼓動がどんどん早まります。
愛の告白の直前のような、だけど、取り返しのつかない背徳の寸前のような、熱気と冷気がないまぜになった粘ついた鼓動でした。
唇をアメリアの耳元に這わせる。くすぐったかったのか、身をよじらせました。
心底に溜まっていたかのような、不純の湿り気を帯びた声を浸透させるように囁きます。
「イヲも、ボルグもロウカクも、あんな薄情な奴ら、どうだっていいじゃないですか」
「……シエル?」
あまり、私が言わないような台詞でしたから、アメリアも困惑したように呟きました。
「あいつらはアメリアを見捨てたけど、私は違う。絶対にアメリアを見捨てたりなんかしません」
どんな顔をしただろう。
それを確認するために身を起こすのも、野暮かな、と思います。
「アメリアには、私だけ。私だけしか、いないんですよ」
呪詛じみた囁きを吐いている、と、冷静に考えます。しかし、それでいい。
彼女に残されたのが私だけなのは紛れもない事実でした。
微かにあった抵抗も消えて、掴んだ腕から手を離す。
「本当に――?」と、不安気に言います。
だから彼女の首に手を回して抱きました。
「ええ、勿論」
肩部に顔が密着し、熱い呼気が僧服を貫いてじんわりと広がります。
アメリアも恐る恐る、といった様子で私の腰に手を添える。
「大丈夫ですよ。私がついています」
今度ははっきりと、己の口の端が歪んだのが分かりました。




