04 再結成にはもう遅い
“白銀の牙”の拠点は城下街にあります。
私達だけに限らずS級隊にはそれなりに豪勢な居宅が王国から貸し与えられ、領内に発生した高難度迷宮を片っ端から攻略することが主な仕事でした。
アメリアと共に表通りを進みます。目的地は“白銀の牙”の拠点。
普段ならば屋台に囲まれ賑わう道なのですが、昨晩から勢いはなくしたものの、未だかすかに降る霧雨のせいで人通りもまばらです。
ちょうど頭上あたりにあるはずの太陽はどんよりと厚い雲に隠れ、慎ましやかに残る城下の活気もどこか作り物めいて虚しく映りました。
(――次の角を右、ですね)
道順は体がすっかり覚えていて、水溜まりの隙間を縫うように歩いていきます。
しばらく拠点に近づくこともなかったので、隊員に会いに行くのも久々でした。……彼らにも、事情を訊く必要があります。
盾役を担う大兵。“戦士”のボルガ。
火力抜群の魔女。“魔術師”のイヲ。
戦場を撹乱する射手。“弓手”のロウカク。
彼らが“白銀の牙”の隊員、頼れる面々です。
それを率いる頭領こそが、アメリアでした。
アメリアはなにしろ最強の“勇者”ですから、すこしばかり無茶な行軍も以前から多々ありましたし、その自信過剰癖によって損害を被ったこともあります。
それらも彼女の魅力の一つですが。
ただ、それにしたってこの状況は酷すぎます。
小隊の皆は聡明だ。私が素直に追放を受け入れたのも、彼らがいれば安心だと思えたから。彼女が暴走しないように手綱を握ってくれると信じていたからです。
なのに資金は底をつき、アメリアはこんなにぼろぼろになって――……いえ、それに追い打ちをかけた私が言えた義理ではないのですが。
とにかく、話を聞かなければなりません。
と、そこで気づきます。
「……アメリア?」
後ろを歩いていたはずの彼女の気配がありません。
振り向くと、十歩の後方でうつむいたまま立ち止まっています。
「どうしました?」
「…………」
目がうつろで、瞳の焦点はどこにも合っていません。
「アメリア」と、もう一度呼びかけると、夢から醒めたように顔をあげました。
「――あっ、ごめん。ちょっと、ぼうっとしてたみたい」
はは、と乾燥した笑い声。
体重を喪失したかのようなふらふらした歩み。
……彼女は変わってしまった。
幼い頃から共に過ごし、冒険者になってもずっと一緒に。
だけど、S級になってからだ。そこからどこかがおかしかった。
何かに追われるような、焦っていたようにも見えました。それに気がついていながら何もできなかった。……きっと、他の隊員達もそうだったのでしょう。
高慢さは増長し、攻勢一辺倒のより苛烈な攻略スタイルになり、それがしばらく続いてから私のクビが言い渡されました。
それから一か月が過ぎ、更に変わった。
何か恐ろしいことでもあったのでしょうか、こんなに可愛い――可哀そうになって。
早く元気にさせて落差を愉しみ――ではなく、早く以前の無邪気さを取り戻してほしいと思います。
「ほら、大丈夫ですよ。私がついています」
ふらつく彼女の手を包み込むようにして取り、安心させようと優しい声音を心がけました。
だけど、言ってから気づきます。「どの口がそれを言うか」と。
アメリアを追い込んでいるのは、確実に私です。
それでも彼女は、私の手を握り返しました。
「……うん。ありがと」
そう呟き、えくぼをつくる。
少し照れくさそうにはにかむ、純朴な少女でした。
◆
赤煉瓦が彩る一角に“白銀の牙”の拠点はあります。
地方貴族の邸宅ほどは立派な、堅牢な石垣に囲まれた屋敷。十人程度なら余裕をもって暮らせるほど、ただでさえ留守が多い冒険者にはもったいない代物。
備え付けの庭に立ち並ぶ、幾度の剣戟で疲弊した案山子が戦闘を生業とする住民の存在を示し、玄関口に飾られた銀のエムブレム――獰猛に牙をむく狼の意匠をかたどった“白銀の牙”のシンボルが来客を迎えます。
久しぶりに、ここへ訪れました。
かつて五人で過ごした場所。たった一月離れただけで、随分と過去の思い出のように感じます。
その門が目に入った瞬間、アメリアが走りだしました。やはり足取りはぎこちなく、つんのめりながら進んでいます。
玄関口を乱暴に開けて叫びます。
「イヲ、ロウカク。いるよね?!」
屋敷の内部には何故か灯りはなく、彼女の言葉も相まって不吉な雰囲気を醸しています。その空気に押されるように私も拠点へ駆け込みました。
やけに荷物が減った、真っ暗でがらんどうの広間でした。
その暗闇の中に誰かがいます。
「やっ、待ってたよ」
わざわざ椅子ではなく長机に腰を下ろし、退屈そうにぶらぶらと足を揺らす誰か。
ぼんやりと浮かぶシルエットを、闇に順応しはじめた虹彩が捉えます。
物語の世界からそのまま抜け出してきたかのような、黒い三角帽子を深くかぶる、そして同じく漆黒の法衣で体の線を隠す小柄の女性。
少女のようであり妙齢のようでもあり、年齢不詳の神秘性を纏う魔女。
“白銀の牙”の構成員のひとり、イヲです。
とす、と軽い音を立てて跳び下り、夜に浮かぶ星のような金の瞳でこちらを覗きました。
「おかえりアメリア。それからシエルも、ひさしぶり」
「……ええ、お久しぶりです。イヲさん」
飄々とした、つかみどころのない態度。彼女はそのような魔術師でした。
以前と変わらない彼女に安心感を覚えると共に、疑問が浮かびます。何故、彼女一人だけしかいないのか。
もちろん個人には私室が用意されているので、そちらにいる可能性もあります。
ですが屋敷の内側には一切の暗闇しかなく、イヲ以外の気配など微塵もありません。
「――っイヲ。ロウカクは……?」
と、アメリアが不安げに私の裾をつまみながら言います。
その質問の意味を計りかねていると、イヲが応えました。
「ああ。君がシエルを呼びに行ってすぐ、出ていったよ」
瞬間、アメリアの握る手に力がこもるのを感じました。そして私も混乱する。
「……ええと、どういう意味ですか、イヲさん?」
「そのままの意味さ。彼は“白銀の牙”を抜けた」
「…………は、何故?!」
つい声を荒げてしまいます。隣のアメリアがそれに驚いて大きく震えました。
それに対してイヲは、やはり飄々と何の気なく応えます。
「ううん、理由? 言わなくても分かると思うけど……まあ、愛想が尽きた。って感じ?」
「…………」
「伝言も預かってる。『今まで世話になった。あばよ』ですって。……ロウカクらしいよね。それから――」
思考が固まります。それはアメリアも同様で、私も彼女も立ち尽くしたまま何も言えません。
それを尻目に、イヲは自身の体をまさぐり、服の内から何かを取り出しました。薄い、一枚の紙のようです。
それをこちらに手渡します。
「――これは」
「私達はもう、終わりってワケ」
王家の朱印。S級昇格時に見たのが最後ですが、特徴的な二対の獅子のシンボルはよく覚えています。
その赤い象徴が刻まれた紙に、同じく朱書きで大きく刻まれた文面は
「【“白銀の牙”降格通知】……?」




