02 安心するのはまだ早い
まず、“白銀の牙”について説明した方が良いでしょう。私が所属していた隊のことです。
階級はSランク。冒険者の小隊としては最上級であると、国家からのお墨付きをいただいたことを意味します。
人に害をなす魔物――その発生源である迷宮の攻略には、大規模な軍隊を動かすことはできません。単純に、狭いからです。
そこで迷宮探査を生業とする冒険者が五、六人の小隊を結成するのが、一般的な攻略法になります。
S級隊ともなれば大陸に名を轟かせた、と言っても過言ではありません。特に、この“白銀の牙”は偶像的人気を誇っていました。
それも当然でしょう。単純に、アメリアが可愛いからです。
少女らしいしなやかな体躯。
波がかった金糸の髪が側頭部にまとめられ、歩くたびにふわふわと輝きます。
切れ長の、それでいて猫めいて大きな青藍の瞳に、未だあどけなさが覗く幼気な相貌。
更には、すべてに適性を持つ加護、“勇者”。
人気がでないはずがありません。
……と言うより、人気がでるように私が仕向けました。
冒険者は信頼が命です。名声も悪評も、光の速度で広まります。
彼女には“白銀の牙”の広告塔になってもらいました。『“閃光の勇者アメリア”ここにあり』と。
私たちが迷宮を攻略する都度、地道な口コミに宣伝に、新聞社に広告料まで払い、知名度は瞬く間に急上昇。それらすべて私の独断で行いましたが。
まあ、その甲斐あって、S級になるのにたいした時間はかかりませんでした。
迷宮攻略には金がかかります。道具の調達、装備の調整、情報の収集にも。
ですが、S級隊ともなれば国から全面的なバックアップを受けられます。
これは全部、アメリア、それから他の皆さんの為を想っての行動でした。
予算は潤沢で、資金繰りしていた私がいなくなってもしばらくは問題ない。と、そう予想していたのですが。
◆
「は、もう金がない?」
「う、うん……」
眩暈がしました。
普通の人生を三回は繰り返せる資金が、一か月で? 呆れ、より先に疑問が生まれます。どうやって?
一晩を明かしたアメリアは落ち着きを取り戻し、しかし沈んだ表情のまま語ります。
卓の対面に座り、ばつが悪そうに目を伏せました。
「……その、無駄遣いしたわけじゃないの。ただ、シエルがいなくても活躍できる、ってことを証明しようとして……――」
彼女が言う事実は、聞いていて頭が痛くなる内容でした。
私が追放された後、最初の迷宮攻略。彼女たちは全滅しました。
万全な治療手段もなく、支援もなく、そのままじわじわと……だ、そうです。冒険者――特に、資金力のある小隊の死亡事例は多くありません。何故なら、“転移石”を用意して攻略に臨むからです。
瀕死にまで陥っても、医療機関も兼ねている教会へ転移してしまえば命を落とすことはそうそう無いので。
ただ、“転移石”は非常に高価で、しかも使い捨ての道具です。ひとつだけで一般人の給料五年分が消し飛びます。
アメリアは、S級迷宮――S級隊による攻略が推奨される高難度迷宮へと挑み、そして失敗しました。
そして、彼女はその失敗を活かせませんでした。
「治療役がいないなら治療薬を買い込めばいいのよ!」と。しかし市販薬の効果などたかが知れています。それに、やはり支援術がなければ戦闘でも苦戦し、それだけ受ける傷も増えます。
では次にとるべき行動は「治療術も支援術も使える術師を雇う」ことですが、それは難しい。なにしろS級迷宮の攻略へ同行できる僧侶など殆どいません。一様に戦闘手段に乏しく、むしろ邪魔なお荷物になるからです。
自画自賛のようで気が引けますが、私は術師でありながら高難度迷宮で自衛ができる、その程度の実力があると自負しています。
つまり、私を追放した時点でS級迷宮の攻略など絶対に不可能。もう一度私を頼るか、攻略する迷宮の難度を下げるか、“白銀の牙”が選べる手段はそのどちらかだけでした。
そして彼女は、そのどちらも選ばなかった。
ひたむきで自信家で、愚直なまでに一直線であることは彼女の美徳でもありますが、今回はそれが裏目に出ました。
反省もせずに何度も同じ失敗を繰り返し、とうとう資金が尽きたのはつい先日。
アメリア――は、ともかく他の皆さんは何をしていたのか。ちゃんと彼女に進言したのか。もや、と、少し良くない考えがよぎりました。
「――でっ……でも、シエルが帰ってきてくれたら、もう大丈夫だよね。そうだよね?!」
アメリアが笑みを浮かべます。
ただ、無理やり歪めた口の端が不自然な、焦燥を覆い隠すようにした笑み。
かつての弾けるような笑顔とは程遠い、しかし私にとって眩しい輝き。
――これを、曇らせてしまいたい。
「……結局は、私頼みの、おんぶにだっこですか。良いご身分ですね」
ひく、とアメリアの喉が鳴りました。口角を歪めたまま、まだ私の言葉を処理できていないようでした。
「誰のお陰で、そう何個も“転移石”を無駄遣いできたかも知らないで……ちょっと、調子に乗りすぎましたねえ、“閃光の勇者”様?」
段々、彼女の顔が青くなっていって、
「し、シエル……?」
と、不安げに呟きます。
あの無邪気で愛おしい面貌が、私の言葉ひとつでどんどんねじ曲がっていきます。
これはかなり愉快でした――じゃあないでしょう。何を言っているんですか、私は?
椅子を引いて立ち上がります。がた、と小さく鳴って、それだけでアメリアは大きく揺れました。
「私は別に、“白銀の牙”にこだわる必要は無いのですよ。S級の僧侶は引く手あまたですからね」
「……え、あ。でも、戻ってきてくれる、って……――」
「気分次第ですよ」
と、へらりと軽薄に笑ってしまった。
「あなたの態度が気に入らなければ、約束を反故にしたって良い」
そんな訳ない。
「先に約束を破ったのは、あなたですよね、アメリア?」
何故こんな台詞を喋る。
「『一緒にS級冒険者になろう』と誓って、それを達成したらクビだなんて……夢にも思っていませんでしたよ」
これ以上はダメだ。
「そんなに私が嫌いなら、一緒にいるのも嫌でしょう……これはあなたの為でも」
「待って」
ゆらり、と幽鬼じみてアメリアが立ち上がり、その勢いで椅子が後方にゆっくりと倒れました。
「違うの」
「何が」
「私は、シエルが――っ!」
「五月蠅い」
静かな、だけど自分でも驚くほど凍えた声でした。
その短い一言で、アメリアは再び怯えたように喉を鳴らして立ち尽くします。
室内は静寂に包まれ、かつかつと私の靴音だけが反響しました。
茫然自失のアメリアの眼前で歩みを止め、見下ろします。
「あなたには」
肩に手を置くと、そこから彼女の不安が伝播するようでした。
「ほとほと失望していますよ」
また彼女の瞳が潤んで、泣きそうになっているのが分かりました。こんなに泣き虫でしたっけ。
「――私に見捨てられないために、何をすればいいか分かりますか?」
「……わか、分かんない、けどっ……何でも、します。だから――!」
ああ、必死だ。
捨てられまいと必死になって、私に縋っている。
遠慮がちに私の僧服の裾をつまみ、涙声で懇願する。
傍から見ればひどく滑稽に映る光景でも、私にとっては感動の一幕のように思えました。
「――はいっ。よくぞ、言ってくれましたっ!」
朗らかに言う。アメリアはきょとんとしています。
肩に置いた手を頬に移し、すり、と撫でる。
「試すような真似をして、すみません……ただ、あなたの覚悟が見たかったのです」
一度裏切られた相手を信頼するのは難しい。だから、アメリアがどれだけ私を必要としているのかを知りたかったのだ、と。そう告げる。
はじめは理解が追いつかずに唖然としていたアメリアも、言葉を咀嚼した頃にはへたり込み、ぺたん、と可愛らしく膝を折りました。
「じ、じゃあ、戻ってきてくれるの……?」
「はい、私がアメリアを見捨てる訳ないじゃないですか」
そこで緊張の糸が切れたのか、手のひらで顔を覆って嗚咽を隠すように涙しました。
その彼女を包み込むように抱きます。
「――ごめ、ごめんね、シエル。安心したら……」
「……いいえ。こちらこそ、ごめんなさい」
本当に、申し訳ない。
さっき言ったことは全部デタラメだ。
彼女の覚悟などどうでもいい。私にとって重要だったのは、いじめたら、どんな顔を見せてくれるのか。それだけでした。
……昨晩から、どこかおかしい。
いつの間にやら私の中に悪魔が巣くっていた、としか思えない言動。
今だって、泣きべそをかく彼女を痛ましいと感じるどころか、もっと苦痛に歪めさせたいとすら考えている。
主よ。私は、どうなってしまったのでしょうか。




