11 独り立ちにはまだ早い
ロンド地下迷宮の出自は、いまだに分かっていません。
どういった目的で掘られた遺跡なのか、いつ造られたものなのか、そのすべてが一切由来不明でした。
分かっていることと言えば、濃い魔力が強力な魔物を生み出していること、広大であること、そして、今もなお高速で広がり続けていることです。
攻略できぬまま放置すればいずれ地上にまで浸食がすすむことは明白であり、極めて危険な状態にある。
ただ、このイレギュラーが”白銀の牙”の再昇格のチャンスとなったことは、不謹慎ではありますが幸運でした。
携帯灯篭を持っていても見渡せるのは十歩ほどの距離で、奇襲に警戒しつつの行軍。
左右上下、三次元的に入り組んだ細く狭い通路。小隊の実力に応じて迷宮の適切な位置に配備され、分かれ道ごとに共に進む冒険者の数は減っていきました。
そして、最後まで行軍したのが私達。
それでも先行したS級小隊と比べれば随分と浅層に配備されたようでしたが。
いくつかの階段が深層へと誘う、少し開けた踊り場のような空間。そこが”白銀の牙”――私達が指定された位置でした。
S級迷宮とはいえ浅層で現れる魔物は小鬼や粘魔程度のもので、時折階下から這い出てくるそいつらを切り伏せるだけの簡単なお仕事です。
ただ、それでは意味がないのです。
ここでの活躍が認められなければ再昇格は叶わない。だから、私は焦りを自覚していました。
それと対称に、アメリアが冷静に、淡々と仕事をこなしていることが意外でした。
……アメリアはもっとか弱く、私に頼るべきだと思います。
もはや私の支援すら必要のない、作業めいたものです。
討伐した小物が両手で数えきれなくなった頃、私がそう提案するのも自明の理でした。
「――もっと深部へ進むべきです」
「え?」
刃に付着した血を拭うアメリアが、心底不思議そうに呟きます。
「え、でも、持ち場を離れるのは」
「それでもです。……このままでは、再昇格など……アメリアだってS級に戻りたいでしょう?」
「…………戻りたいには、戻りたいけどさ」
剣先を摘まみながら呻くように話す、煮え切らない態度でした。それが少し、私の気分を害さなかったといえば噓になります。
「アメリア……どうして私の言うことが聞けないのですか」
私の言うことが絶対のはずです。私だけが彼女を見捨てないので。
「……うん、わかったよ」
と、少しの逡巡の後、アメリアが目を伏せたまま応えます。これでよかったのです。
◆
遠見の魔術は、広域に放射させた魔力から反射する情報をもとに視覚を拡張する、極めて高度な魔術である。
多量の魔力を必要とするため、S級の”魔術師”であるイヲも自分以外の使い手は片手で事足りるほどの人数しか知らない。
ロンド地下迷宮からは少し離れた森林の大樹の一つに背を持たれさせ、瞑想めいて瞳を閉じたまま、イヲはぼやいた。
「おいおいおい。先に進むのかい? 無茶するなあ」
イヲのまぶたの裏に広がるのは、シエルとアメリア、その動向。
”白銀の牙”からひとり離れ旅に出て、それでも彼女らが気がかりであって、自己満足からとった行動であった。
プライバシーの観点から決して褒められたものではないが、心置きなく出発するためにはこうして覗き見によって彼女らの行く末を見届けなければならない、と、イヲはそう感じていた。
イヲの予想では、冒険者など辞めて、田舎に帰って土いじりでもしてくれるはずだったのだが、こうして再び迷宮へ――それも、かつて攻略に失敗した地へ赴いたことは頭が痛くなる事実であった。
「……ん?」
ふと、二人以外に、もうひとつ人影が映った。高度な隠密技術に裏付けされた、イヲの俯瞰視点からでないと見つからないほどのノイズだ。
そして、その正体に気が付き、イヲは笑んだ。
「はは、考えることは皆同じじゃないか」
どうしても、愛着もあったのだろう。不安定な二人を放っておけない、というのは”白銀の牙”内での共通認識でもあった。
褐色の肌に銀の短髪。狼じみた獰猛な目玉。野生児の如き身軽さでシエルとアメリアに追従する青年の姿。
元”白銀の牙”構成員である、弓手のロウカクであった。
彼が故郷に帰るなどと噓をついてまで、このようなストーカー行為に及んだことは意外ではある。けれど、遠方より見守るイヲも人のことを笑えないことは自覚していた。
「まあ、ロウカクがいるなら安心か――んん?」
もう一つ、気づきがある。
しかし、先のほのぼのとした楽観の気づきではない。
イヲ以外の誰も決して知覚できないほど微小な、けれども致命的なものであった。
迷宮内の魔力の歪みを感じる。
本来、尋常の迷宮であれば、停滞して見えるほど魔力の動きは小さい。だのに、イヲの視界に映る迷宮魔力は確かにひずみ、ねじれ始めていた。
明らかな異常。
実際にその現象の発生を目視したことはないが、それでもイヲは直感する。
「……肥大化による、迷宮構造の変化」
だとすれば、まずい。非常にまずかった。
迷宮は生き物である、と太古の文献にもある通り、迷宮は常に成長している。
それは迷宮の主を滅ぼすまで止まらない法則であった。
しかしそれは植物が徐々に伸びていくような、微々たるものである。はず。
このように急速な肥大化、変化、成長は、イヲはかつて見たことがない。
ロンド地下迷宮は、いま明らかに、成長期にあった。
これが迷宮内にどのような影響を及ぼすか、それは計り知れない。
魔物の生態系、強度の変化か、より複雑な構造となるか、とにかく良性の変異は望めないだろう。
そして、彼女らは恐らく転移石を持っていない。
それが最悪の結果を生む可能性を醸しだした。
「……ああ、もう。メンドイなあ!」
再びぼやき、額に流れた冷や汗を拭ってから箒にまたがる。
イヲの目的地は、ロンド地下迷宮となった。




