凶器の謎
「では何故、ご主人は犯人を部屋の中に招いたのでしょう?それは、ご主人の最後の言葉で推理することが出来ます」
「お父様の…?」
「召使いくん、証言をお願いできるかな?」
「ぼ、僕?」
召使いくんは急に話を振られて動揺した様子で、たどたどしく話してくれた。
「え、えっと… 『水はもう必要なくなったんだ、すまない』って言ってたよ」
「水…?」
召使いくんの証言を聞いた執事さんが口を開く。
どうやら自ら証言してくれるようだ。
「ご主人様が20時に持って来てほしい、と頼まれた水でしょうか?」
「おそらくそうだと思います」
執事さんと召使いくんの会話のあと、私は咳払いをして注目を集める。
…皆が私の顔を食い入るように見つめてくる。
皆が私の推理に引き込まれてきた…!
「では、何故水が必要ではなくなったのでしょう?執事さんに頼んでおいて、自分で取りにいくことはないでしょう」
「…だ、誰かから水を受け取ったから?」
メイドくんの発言に、頷く。
部屋にはコップが置いてあった。
これは誰かから水を受け取った証拠だろう。
「では、その『誰か』とは?殺される直前に会っていた人物だ、かなり怪しいでしょう」
「お待ちなさい!」
…お姉さんが私の推理を止めた。
お姉さん… かなりの切れ者だな。
「…もし、水をお父様に渡した『誰か』が犯人だとすれば、チュウはお父様と会話することは出来なかったはずですわ!」
確かに、水を渡した『誰か』が犯人がご主人を殺害した場合、遺体となったご主人が召使いくんと会話できるはずがない。
だが、その疑問には反論が可能だ。
「…召使いくんは部屋の中を見ませんでした。おそらくその時に犯人はすでに部屋の中にいたのでしょう」
「え…」
召使いくんが私の推理に驚いている。
…この後の話はあまり聞かせたくないが…
「つまり、犯人が水を届けにお父様のお部屋に入った直後、チュウが水を届けに来た、ということかしら」
「その通りです。そして、召使いくんが去った後に犯人はご主人を殺害した…」
おそらく、犯人は20時に召使いくんが水を届けにくるとは知らなかった。
ゆえに、召使いくんが水を届けたタイミングと、犯人が水を届けるタイミングが重なってしまったのだ。
犯人としては、誤算だったはず…
ご主人と召使いくんが扉を介して会話する、水を届けた『誰か』がご主人を殺害する。
この2つを同時に成立させるには、このタイミングしかない。
「召使いくんとご主人が話している間、犯人は黙って2人の会話を聞いていたはずです。…部屋の中でね」
「そ、そんな…!」
召使いくんの顔が一気に青ざめ、犬耳がペタンと下がる。
彼が部屋の中を見ていたら、犯人の犯行を防げたかもしれない。
…もしもの話なんてものは、ただの妄想だ。君が気にする必要はない。
「…また、召使いくんとの会話を終わって、すぐにご主人は殺害されたはずです。ご主人が殺害されたのは20時から1分以内だと推測できます」
水を届けた後、何分間も部屋に留まり続けるのは不自然だろう。ご主人も警戒したはずだ。
つまり、犯行は迅速に行われたと考えるべきだ。
「…俺にはよくわかんねぇんだけどよぉ、つまり、誰がサタンさんを殺せたんだ?」
「まだ容疑者を絞ることは出来ません。召使いくんが嘘をついている可能性もありますからね」
逆に言えば、嘘をついていない場合、私が犯人である可能性が薄れるということだ。
嘘をついていたとしても、召使いくんが私を庇う必要がない…
つまり、私が犯人の可能性が、一気に薄れたことになる。
「だ、誰が犯人なんですかぁ…?」
「犯人は… 凶器によってわかるでしょう」
ご主人を殺害する際に使った、凶器。
…その凶器を調達出来た人物が真犯人だ。
「き、凶器は何なのですの!?」
「それは、ご主人の遺体の状態で推理できます」
私はご主人様の致命傷に指を指す。
皆の視線がご主人様の遺体に集中する。
「傷に注目してください。…濡れた服をそのままにしておいたような跡が残っているのがわかりますか?」
「…わかるっす」
「け、けど、どうして滲んでいるんですか?」
犯人が傷に水をかけたからだろうか?
…否、犯人がそんなことをする必要はない。
「それは… 凶器が融けたからです」
「と、融けた?」
…呆気に取られている観客を置いて、私は推理を続ける。
「遺体に突き刺さった凶器は、体温によって急激に融け、服を濡らした… 」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
お姉さんが慌てて私の推理を止めた。
…彼女は気がついたようだな。
「そ、その凶器って…!」
「…言葉通りの意味です」
ご主人の致命傷となった、鋭い槍のような凶器。
それは…
「遺体に刺さった氷の凶器は体温によって融けた… ということです」