異世界・オン・ステージ
幸い、誰にも見つからずに2階のご主人の部屋にたどり着くことが出来た。
やれやれ、階段からわりと距離があるなぁ。
屋敷の主人はトイレに行くのが大変だっただろう。
私は扉の前の床に膝を付く。
…メイドくんの証言通り、おかしな所はない。
掃除が行き届いているのだろう。ゴミ1つ落ちていないな。
…扉を開けて、ご主人の部屋に入る。
明るいうちに部屋の中に入ったのは初めてだ。
昨日とは違って、部屋の中は汗が流れるほど暑くはなかった。
…それ以外に、部屋の中に違いはない。
部屋は荒らされた様子もなければ、血溜まりも血渋きもない。
ここで『水属性の魔法』とやらを放っていたはずだが、床のカーペットには濡れていた痕跡は全く残ってない。
気絶する直前、跡形もなく消えたように見えたが、見間違いではなかったようだ。
やれやれ、魔法とやらは超技術だな…
ご主人の死体を観察する。
服装は乱れていない。やはり抵抗する間もなく殺されてしまったのだろう。
そして、背中の傷以外に目立った傷はない。やはりこの傷が致命傷だろう。
…確かに傷のまわりの服が、水が乾いたような跡で依れているな。
そして、鋭い槍のような物が突き刺さったような傷痕… やはりナイフが凶器ではないようだ。
ふむ… 私の推理は間違っていない。
あとは、残りの10%…
…やはり、痕跡は見当たらないな。
さて、これでメイドくんの証言の確認も取れた。
推理は完成したと言えるだろう。
…廊下からバタバタと足音が聞こえてくる。
ずいぶんと早いご到着だ。
「見つけました!」
「この殺人犯め!」
扉が勢いよく開けられ、執事服の老人と、コック帽を被った初老の男が部屋に飛び込んできた。
どちらも見覚えのある顔だ。メイドくんの話から推測するに、ブライトさんとサウスくんだろう。
…私は、腰のホルスターに手を伸ばす。
最後の最後まで、銃を使うのは待つべきだが…
「逃げようったってそうはさせねぇぞ!『アクア・イル…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
メイドくんが私とコックくんの前に割り込んでくれた。
…危なかった。銃を使っていたら、ただでさえ低い私の心証が更に下がっていただろう。
「サンディさん!何故、犯罪者を…」
「ち、違うんです!彼の話を聞いてください!」
メイドくんの必死の説得で、執事さんとコックくんは戦闘態勢を解いた。
おお… メイドくん、ファインプレーだぞ。
「何があったんですの?」
「………」
「さ、サンディ?どうしたんだよ?」
「…で?俺は誰を連行すりゃいいっすか?」
騒ぎに駆けつけた他の人物も部屋の中にゾロゾロと入ってくる。
あの真っ赤な髪の娘がお姉さん。その後ろに隠れているのが妹さんかな?
で、犬耳の男の子が召使いくんで…
…鎧を着ている男は誰だろう?警備兵か、門番かどっちかだろうか。
とにかく役者は揃った。
…あとは、推理を披露するだけだ。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
まずは探偵のテンプレート通りのセリフ、ここは外せない。
…何人かの眉がつり上がった気もするが、あまり気にしない。
「皆様にお集まりいただいた理由は1つ。真犯人の正体を暴くためでこざいます」
…探偵には、警察のような権力はない。
元々、私がいた国では『名探偵』という肩書きがあったが、ここにはその肩書きもない。よって、知名度による権力もない…
権力とはすなわち、説得力だ。これがあるかないかで、大きく印象は変わる。
「…あなたが真犯人ではなくって?」
「それを判断するのは私の推理を聞いてからでも遅くないかと…」
では、今の私にどうやって説得力を出させるか?
…それは、観客を引き込める演出だ!
どれほど観客を引き込めるかで、説得力に違いが出る。
今のようアウェイな状況においては尚更だ。
「さて皆様、ご主人がお亡くなりになったのは何故でしょうか?」
「決まってるだろ!お前がサタンさんを殺したから…!」
「いえいえ、そういうことではありません。…何がご主人の致命傷になったか、ということです」
いきり立ったコックくんを言葉で抑え、私はご主人の死体に近づいた。
警戒しているのか、鎧くんも私と一緒に死体へと近づく。
「おそらく、背中の傷が致命傷だということには違いありません。しかし、明らかにナイフ以外の凶器によってできた傷なのです」
「…ちょいと失礼っす」
鎧くんが死体を覗きこむ。
…確認を終えた鎧くんは、私を見て頷いた。
「…確かにこりゃナイフで刺された傷じゃねぇっすな」
「そう!つまり、凶器はナイフではなかったのです!」
皆の顔が驚きで染まる…
…いや、1人だけ顔色を変えてない人物がいた。
お姉さんが、私に向かって指を突きつける!
「…だったら、何だと言いますの?結局お父様を殺せたのは、部屋にいた貴方だけですわ!」
その指摘は半分当たっていて、半分間違っている。
私以外でも犯行が可能だった人物が4人いる。
「いえ、そうとは限りません。執事さん、コックくん、召使いくん、メイドくんは死亡推定時刻の間にアリバイない時間帯があります。誰でも部屋に入ることが出来ました」
「わ、私もですかぁ!?」
メイドくんが心外だと言うようにぷりぷり怒っている。
…私も君が犯人だとは思っていないが、推理には順序があるのだ。
アリバイのない君を外すことは出来ない。
「…だったら、あなたは誰が殺したと思っているんですの?」
お姉さんが怪訝そうに質問してくる。
周りの観客も皆、不思議そうな顔をしていた。
…いいぞ、少しずつ観客を引き込めることが出来てきた。
「ご主人の遺体には抵抗の跡はありません。つまり、不意討ちで殺害されたと考えられます」
「お父様が犯人に気づかなかったか、背中を預けられる人物が犯人か、のどちらかということですの?」
お姉さんの言うとおり、そのどちらかだろう。
では、どちらの推理が正しいのか?
「服に崩れた様子はないので、別の場所から運ばれた可能性は少ない。部屋の中が殺害現場でしょう。…つまり、ご主人は誰かを部屋の中に招き入れたことになる」
「…お父様が犯人に気づかなかった訳ではなさそうね」
つまり、犯人は背中を預けられる人物… この屋敷の住人の誰か、だということになる。