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運命  作者: 尚文産商堂
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第6話 記憶喪失

彼女たちが、俺の家に居候するようになってから、すぐさま時間は過ぎ去って、いつの間にか3年生になっていた。

その日、俺たちは帰る最中だった。

「ほら早く」

「ちょっと待ってよ」

俺が一歩速く歩いていると、少し遅れて姉がやっくるはずだった。

すぐ横に、いつものように彼女が来ることはなかった。

ドスンという鈍い音が急に聞こえて、振り返ると同時に鞄が路上へと飛ばされ落ちる音が聞こえてくる。

彼女を見ると、路上に顔面から倒れていた。

「おい、大丈夫か!」

周りにいた同級生や後輩たちも、心配そうな顔をして彼女の周りを取り囲んでいた。

何人かは携帯電話で警察や救急に電話をしている。

そんなとき、すぐそばからベージュ色をした車が急発進をしているのが見えた。

「まて!」

よく見ると、後ろ左側がへこんでいる。

「おい、こら!」

瞬時に電気玉を作り、その車にぶつける。

時速300km以上で飛ぶ10億ボルトになすすべもなく、後部座席がはじけ飛んだ。

みたところ、運転席と助手席にしかいなかったから、おそらく大丈夫だろう。

そんなことよりも、彼女の方が心配だった。

「大丈夫…か……」

ぴくりとも動かない彼女を見て、俺は本気で心配になっていているのがわかる。

背中は冷や汗でぬれていた。

ようやく救急車が来たのは、事故が起きてから10分弱経った時だった。


すぐさまストレッチャーに乗せられ、病院へと運ばれる。

彼女の傍らに俺が乗る格好になり、救急隊員の邪魔をしないように彼女の手を握り続けていた。

簡単に止血だけして、酸素マスクをとりつけられた状態で、血圧や体温などをずっと観察されていた。

時々、道路の舗装の段差とともに、中の機械が揺れ動く。

そのたびに、俺はびくびくしていた。

『フィリピン』にある『ペトロナスツインタワー』の屋上同士で、5cmしか幅がない棒を綱渡りしている感覚だ。


病院の救急入口からストレッチャーごと手術室へと入っていく。

後ろでは、救急隊員が病院に用意されていた別のストレッチャーをそのまま救急車に運びいれて、すぐさま出動した。

俺はそれを目の端で追いかけているだけで、心は手術室の壁の向こうにいる彼女へ向かっていた。


手術室の前のベンチに腰掛けていると、俺の両親と妹がやってきた。

「お姉ちゃんは?」

唐突に、妹が聞いてくる。

肩で息をしているところを見ると、学校で連絡を受け取ってすぐにこちらへ走ってきたのだろう。

ここから学校まであるいて約30分かかるから、走ったら15分~20分ほどで到着するんじゃないかと、勝手に思った。

俺は黙って、手術室を指さした。

「20分ほど前から、ずっとランプがつきっぱなしさ。俺らにできることといえば、ここから無事で行くことを祈るしかないんだ」

妹は、俺のすぐ横に座って、もたれかかってきた。

「大丈夫だよね……」

落ち着いたとはいえ、まだ息が少し荒い妹の頭を、ゆっくりとなでてやる。

「ああ、もちろん大丈夫さ」

だが、その確証はどこにもなかった。


手術室の前でうろうろしていること4時間。

突然、扉の上にあった赤ランプが消えて、ストレッチャーとともに手術に携わった人たちが出てきた。

その中の1人が、俺らに気付くと近づいてきた。

「彼女の親御さんでしょうか」

「そうです」

血が付いたゴム手袋を、手術着の前右にあるポケットに適当に突っ込み、俺たちに話をした。

「今回の手術を担当した執刀医です。手術は無事に終わりました。1週間程度は最低でも入院していただく必要があります。本日は麻酔が効いているでしょうし、起きることはないですが、傍にいたいというのであれば、部屋番号をお教えしますが……」

「お願いします」

妹が、執刀医にズイッと近づく。

「ええ、HCUに入院することになります。この病院ですと、039号室ですね」

HCUとは、高度治療室というものらしくて、集中治療室であるICUから一般病棟へ移される時に、経過観察の部屋として使われることになっているらしい。


039号室へ行く前に、両親は先に家に帰るということで玄関で別れた。

学校側へは、明日は休むことを伝えておくということなので、俺たちは安心した。

それから3階の突き当たりの部屋へと向かう。

ナースステーションがエレベーターの目の前にあり、そこを左に曲がりトイレを挟んで右に曲がった突き当たりになる。

部屋は個室になっていて、一人だけでいるのが廊下から見えるようになっていた。

ただ、扉のところに、面会謝絶の赤色をした札がかかっており、中に入ることができなくなっていた。

俺たちは仕方がなく、部屋の前に椅子を持ってきて扉の開閉の邪魔にならないようなところに置いて、眠った。


翌朝、看護師が起こしに来てくれて、中へと案内してくれた。

「すこし、ショックを受けるかもしれません」

そういうと、扉を開けた。

彼女は、ベッドの上で半身を起してこちらを見ていた。

頭には幾重にも包帯が巻かれ、左足にはギプスがはまっていた。

点滴管からは一滴ずつポタリポタリと彼女の体の中へ入っていく。

「あなたは…だれ?」

彼女の第一声には、確かにショックを受けた。

「記憶喪失、なんです。今の彼女には、基本的な日本語と中学校クラスの知識だけが備わっています」

看護師は俺と妹に説明する。

「つまり、高校1年生で出会った俺については、何も覚えていないということ……」

看護師に聞くと一回だけ、しっかりとうなづかれた。

「ですから、妹さんのことは覚えています」

それだけが、唯一の救いといったところだろうか。

「俺は、お前のことを忘れない…絶対に」

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