第5話 突然のこと
ある土曜日。
俺は家にいた。
親や弟たちはどこぞへ旅行へ行ってしまい、俺一人だけが家に残された。
まあ、色々理由はあるのだが、高校の宿題が終わっていないっていうのが一番大きいだろう。
休憩と称して、今でのんびりとテレビを見ていたら、インターホンが鳴り響いた。
「はいはい、どちら様ですか……」
家の中にある受話器を外し、外の人に聞いた。
「もしもし、少しかくまって!」
彼女だ。それも妹もいるような声がする。
「どうしたんだ」
「いいから、早く!」
あわてて扉を開けに行く。
「どうしたんだよ、一体全体」
「理由は後で言うから、どこか隠れる場所ない」
汗だらけの二人にタオルを渡しながら聞いてみる。
「隠れる場所って…とりあえず、パニックルームがあるけど」
家の中に不審者が入ってきて、家から出ることができない場合、完全に防ぐことができる部屋としてパニックルームを用意していた。
1週間分の水と食料も用意されている。
「ここに隠れていて。言うまで絶対に出ちゃダメだ」
「ありがとう」
隠し扉を閉めると、同時にインターホンが鳴った。
「はい、どちら様ですか」
「少し尋ねたいことがあります。お手数ですが、外に出てきていただけませんか」
粗い画像から判断すると、その人は、全身真っ黒だった。
黒スーツ、黒サングラス、黒ステッキ、黒の皮靴、カッターも黒色だ。
唯一違うのは肌の色ぐらいだろう。
「ここからではいけませんか」
俺が言うと、その人は左の内ポケットから写真を一枚取り出した。
間違いなく、彼女たちだ。
「この人たちが、こちらに来ませんでしたか。または、最近見かけたことは」
「残念ながら、見たことないですね」
さらっと嘘のことを言う。
ばれないように、祈り続ける。
「そうですか、では、見かけたらこの名刺の電話番号までご連絡ください」
そう言って、その人は名刺を一枚取り出すと、ポストに投函してそのまま隣へ歩いて行った。
居なくなったことを確認すると、彼女たちをパニックルームから出した。
「あの人は、誰なんだ」
「なんて言ったらいいんだろう…」
「お姉ちゃん、もう隠しておくことはできないよ。この人まで巻き込んじゃってるんだし」
何の話か、見当がつかないが、姉妹には分かっているようだ。
「わかった。でも、私のこと、嫌いにならないでね」
最初にそれだけ断って、続ける。
「ベクトルって、何か分かる?」
「方向と量を持った矢印みたいなものだろ。それがどうしたんだ」
俺は、すぐに聞き返す。
「じゃあ、あのリモコン、ちょっと見ておいて」
姉が指さしたのは、普通のテレビのリモコンだ。
そのリモコンが、こっちの方へ動いたかと思うと、すぐに姉の手のひらに載っていた。
「これが、私たちの能力」
驚いている俺を差し置いて、姉妹は話を続ける。
「原子の一つ一つにベクトルを与えて、私の意のままに操る能力。そのかわり、効果が出るまでに数秒のラグが起きるんだけどね」
「それさえ克服すれば、後はどうとでもできるっていうことか」
彼女たちは、同時にうなづいた。
「だから、こんなこともできる」
妹が、右手にコップを出し、中には見る見る間に水が入る。
左手にはビスケットを持って、それを食べ始めた。
「すべては、原子を思うどおりに動かせるからこその芸当よ」
妹が言ったが、姉が少し周りを警戒しながら言った。
「でも、この能力は、色々なことに悪用されることができるの。だから、私たちは研究所から逃げ出した」
「研究所?」
初耳だ。
「私たちが生まれたのは、とある研究所なの。そこでは、人が持つ特殊な能力について調べていたわ。だいたい、全人類の0.1%ぐらいがその能力を持っているという報告もあるわ」
姉が続けて説明するが、よくわからない。
だが、とある思い出にたどり着いた。
「それって、こんなことも、特殊な能力の一つになるのか」
俺が出したのは、燃え盛る光の球だった。
「多少熱低めだが、これもその能力の一つか」
「ええ、そうよ」
妹がコップの水をかけて、球を消した。
「で、さっきの黒まみれの男は…」
「研究所の所員。私たちを研究所へ連れて帰ろうとしてるの。両親は、研究所の職員で、色々なことをしていたわ。その過程の一つが、子供の遺伝子操作」
「そんなこと、倫理的に許されるのか?」
「当然、ばれたら私たちも消されてたわ。でも、それを覚悟の上だった。死ぬというのが怖くなって、私たちは逃げ出した。両親は、ついこの間まで一緒にいたけど、あの男を見るなり私たちに逃げろと言ってから……」
泣きそうになっている彼女たちをどうすればいいか、俺には分からなかった。
だが、とっさに二人を抱きしめていた。
「大丈夫さ、俺ん所の両親には、ちゃんと話を通しておく。それよりも、高校はどうするんだ」
「ここから通っていいのなら、そうなるけど、荷物を家に置きっぱなしだから…」
その時、玄関で物音がして、声が聞こえてきた。
「ただいまー。あれ?お客さんが来てるの?」
親が帰ってきたのだ。
帰ってくるなり、すぐに事の顛末を話した。
すると、両親も何やら考える顔をして、数瞬後にはその顔も消えていた。
「分かった。好きなだけいなさい。荷物の心配はしなくても大丈夫」
この時ばかりは、父親がカッコよく見えた。
こうして、彼女たちは、俺の家から通うことになった。
あの男は、それきり見なかった。