第10話 第2段階
通路はセメントを流し込んだそのままの形になっていた。
ごつごつした足元に、懐中電灯を照らしながら、一歩一歩慎重に歩いていく。
俺のすぐ後ろを歩いている姉や、俺にずっとひっつきぱなしの妹。
それに先頭にいて、何を話しているのかわからない会話をしている互いの父親。
その間には、俺が初めてであった人たちがずっと黙々と歩いていた。
コツーン…コツーン…と足音の一つ一つが不協和音として反響している洞窟の中で、俺たちはどこへ向かっているのかすらわからない状況だった。
「どこに向かってるんだと思う?」
一言ずつ俺の言葉そのままに反響するが、気にしていられなかった。
誰かと、ずっと話していたいという感覚にかられたのは、初めてのことだ。
「"聖域"だと思う」
前を歩いていた男が俺に話しかけてきた。
「聖域?」
「エルハード公爵曰く、"この世に存する聖域、1つは神のみもと、1つは人のみもと、1つは土地のみもとにあり。聖域が一つに通じる土地、存する土地のみもとこそ宙の穴なり…"そういうことだよ」
こけそうになる妹をかばいながら、彼らに歩調を合わせる。
「エルハード文書は、今まで発見されている写本を突き合わせて編纂されている。その結果、一冊の共通するものを中心として、他を付属とした。それが今伝わっているエルハード文書の体系だよ。自分が話したのは、付属の方にのみ書かれている文章さ。そんなのがごろごろある」
さらっと説明してくれたのはありがたいが、躓きそうになっている人を支えながらその話を集中して聞く事は、難しかった。
「着いたぞ。"宙の穴"だ」
灰色にみえる壁が音もなくスルスルと上へ退く。
急に真っ白な光が目の前から降り注いできた。
それが部屋の電灯だと気づくのに一瞬を要したが、目が慣れるのには、数分かかった。
ようやく目の前がわかるようになってから、俺たちは歩きだした。
中はどこかの教会のようになっていた。
十数列ならんだ木製の長椅子と、それに正対している演台。
演台の4mほど上には『生命の樹』が描かれている。
ここだけは、地上にあった他の部屋と違って、屋根は半球状になっていた。
「教師さん、どこにおられますか!」
俺の父親がかなりの大声量で、"教師"を呼んだ。
「わしならここじゃ」
いつの間について来ていたのかわからないが、俺たちが通ってきた同じ通路から中に入った。
彼が入ると同時に、扉は閉められた。
「さて、ピースはそろったのか」
「ええ、5大元素、上中下。全てそろいました。配置もわかっています」
「ならば、早々に進めるのがいいだろう」
教師は、そう言い切ると、一人だけ演台へ登った。
かがんで何かを押すポチっという音が聞こえると、長椅子がすべて下へもぐり、代わりに上に描かれている絵とまったく同じものが出てきた。
「さて、これから言うところに、それぞれ立ってほしい」
姉と妹の父親が部屋の中に集まった14人を見回しながら、それぞれの名前を言ってから、13か所の小さな円のところに立たされた。
教師といわれた老人だけは、相変わらず演台の後ろに立ったままだった。
「教師、終わりました」
「分かった。では、陣を発動させる。みな、力をためてくれ。水は水、火は火、雷は雷といったように……」
それぞれ、手を伸ばしても届かない距離にいるからこそ、干渉するということを考えずに済んだ。
「"3つの柱、神の子ルシファー、知恵の実たる林檎よ。陰陽たる両極を混沌へ、善悪たる道徳を廃虚へ、上下たる人の子を神へ"」
左手に金色の天使の像、右手に赤いリンゴの実をもった教師が、そういうと同時に、俺たちは白と黒が極端に入り混じりながら、決して交わっていない光に包まれた。