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KING  作者: 香澄 るか
3/3

樋村 葵

3 



「改めて、ごめん!!」


 ナツと共に教室を目指して歩いていた凪が途中で歩みを止め謝ると、彼からは呆れたようなため息交じりの声でこう返ってきた。


「‥謝るくらいなら止めておいて欲しかったよね」


「う‥っ。全く、その通りです…ご迷惑をおかけして‥申し訳ない‥っ」


 グサッときた言葉だったが、本当のことだから何も言えずにいると、その様子を見たナツの表情が一転した。


「―て、嘘だよ。どう考えたって、兵藤が悪いし。でも、あんな質が悪い奴に向かっていく時は、何かされてもおかしくないって、次からは覚悟して行動してね」


「…もうするなって言わないの?」


 予想外のセリフに驚きを隠せないでいると、ナツは笑みを深めて言った。


「だって、俺が制限する権利は無いし、凪ならまた言いそうだから。何より、スカッとしたからさ。はは」


「‥ナツって、良い奴だよね。最高」


 今すぐにでも飛びつきたいほど、凪は感動した。その言葉に、ナツは完璧な美しいウィンクで応じる。


「ありがとう。君も最高だよ」


「ちょっと今馬鹿にした?」


「‥ちょっとだけ。あはは」



 声を上げて悪戯っぽく笑うナツにつられて凪も笑みがこぼれる。


 その時、二人が今立っている場所、1階の渡り廊下の側に生えた桜の木から、突然何かが動いているような、ガサッという音が聴こえた。


「何か今‥っ、音がしなかった?」


「したね。‥猫かな」


二人して木の上を見上げていると次の瞬間、金髪を肩まで伸ばした男が、なんてことない様子で二人の目の前に降り立った。


 目を丸くして木と地面を2度見する凪だったが、ナツは相手を見て笑顔を作った。


「なんだ、利樹かよ」


「よっ」


「‥誰?」


 彼もナツを見て笑っているので驚いていると、ナツがこちらに向き直って紹介をしてくれた。


「クラスメートだよ。F組の松島 利樹」


「え、そうなの‥っ?」


「今朝居なかったからね。― 利樹、お前どこ行っていたの?紹介するって言っておいたのに」


「ああ、もしかして転校生?」


 利樹がこちらを見て訊いてきたので頷いた。



「うん。篠塚凪。よろしく」


「おう。適当によろしく。なんだ、ナツの彼女かと思った」


「違うって。今から俺達教室に戻るところだから、利樹も一緒に来いよ。歓迎会、揃ってないからまだ出来ていないんだよ」


「へいへい。あ、でもあいつは?真緒はいいわけ?」


「…うーん、真緒は今日仕事だって。鬼頭先生に連絡あった」


「仕事‥?」


「今朝居なかった、最後の一人。真緒はモデルなんだ」


「モデル‥っ?え、ってことは芸能人?!」


「うん、まあ」


「そっか‥!それじゃあ残念だけど仕方ないね!」


 そう凪が言うと、利樹が徐にスマホを制服のズボンから取り出して言った。


「真緒の顔見る?写メあるけど」


「見る!見たい!」


 利樹から言ってくれるものだから喜んで見てみると、真緒は衝撃を受けるほどの美少女だった。


「やばいっしょ」


「うん‥やばい。可愛過ぎる‥っ!!」


「な~!ズルいよなぁ~!」


「ズルいって?どういう意味?」


「いや、何でもねぇよ」


 利樹がそう言いながらも愉しそうに笑う側で、ナツが彼に含みをもった視線を送っているのを、凪は気が付かなかった。





「―それじゃあ、凪ちゃん!おめでと「違うだろ。おめでとうは誕生日だ」


  危うくそのままクラッカーを鳴らしそうになった奏の手を、頼れるお兄ちゃんの湊が、冷静に引き掴んで止める。


「何よ、おめでとうって」


 利樹にも笑いながら突っ込まれると、奏はそうだね~!と笑った。


「歓迎会だから、ほら、いらっしゃいとか、ようこそ、とか」


 すかさずナツが助け舟を出すと、奏は納得した様子で、今度こそクラッカーを鳴らした。


「凪ちゃん、F組へようこそ~!!」


「ありがと~う!!」


「―悪い。もう始まっていたか」


「先生!」


 暫くして、好きに飲み食いしているところへやって来たのは、F組の担任・鬼頭 尊だった。



鬼ちゃん遅いよ~!もうクラッカー鳴らし終わっちゃった~!!」


「はいはい。進めてくれてありがとうな」


眉を下げて笑いながら、鬼頭が宥める様に奏の肩をぽんぽんと叩いている。


 その様子を見ながら、何となく感じていたけれど、鬼頭は一見強面で厳しそうな雰囲気だが、実のところは、こんなふうに温かみのある優しい先生なのだと気付けて嬉しく思った。


「篠塚、どうだ?王に会った感想は。それに、このクラスの連中たちも」


「そうですね‥集約すると驚きです。でも、ナツ達が居てくれるお陰で心強いです!」


「‥そっか、そうだよな。でも、言ったように佐伯も付いているし、俺は、お前ならやっていけそうな気がしている。篠塚には、何かそんな可能性を感じるんだよな」


「本当ですか?だとしたら、嬉しいです」


「‥もし、お前もこのクラスを去ることになっても、俺は変わらずお前の先生で在りたいと思っているし、何かあったらいつでも、何だって相談しろ」


「はい‥!ありがとうございます!」


 「お前も」その言葉だけで色々なことが伝わってくるようで切なくなるが、貰った言葉は嬉しかった。本当に、鬼頭先生は優しい。良い先生だと思った。


 最初はどうなることかと思ったが、何だかんだ歓迎会をちゃんと開いてくれて、信頼できる人間(ナツや鬼頭)も居る。


それだけで十分じゃないか。頑張っていけそうだと、凪は笑った。




・・・・



「ほいじゃ!凪ちゃんまたあっした~!」


「うん。バイバイ」


 無事に一日目が終了し、寮生だという奏と湊とは校舎で別れ、ナツたちとも校門を出たところで別れたあと、思わぬ男に遭遇した。


「赤城…!」


 ブラウンの瞳が声に反応しこちらへ動く。


「よう」


「…もしかして家がこっちなの?」


 そんな気はしないのに、悪い予感を払拭したくて、敢えてそんなことを訊いてみた。


「篠塚 凪、お前のことを待っていたんだよ」


「…やっぱり、か。何?偉そうな新参者を指導にでも来たわけ?」


 この際もう敬語は使う必要ないかと開き直ると、赤城は一瞬驚いた顔をしたが、何故かおかしそうに笑った。


 会議の時は仏頂面しか見なかったから、笑うことに驚いた。


「お前、やっぱ面白」


「面白いって何よ?あの、たった数時間に曲芸でもやってみせたかしら?」



「まぁ‥ある意味そんなもんだ。お前みたいなやつ、今まで見たこと無かったから」


「王様に盾突くような愚か者ってことよね」


「そうじゃねえ。‥俺達に、臆せず、真っ向から自分の意見を言ったやつ」


「え?」


 予想外の言葉に驚いているうちに、赤城が凪に歩み寄って来て言った。


「―けど、最初で最後。もう二度と俺に関わるな。この忠告をするために待っていた」


「…どうして?」


「俺と関わったらろくなことにならねえ。困るのはお前だ」


 それだけ言い残し去って行こうとする後ろ姿に向かって、凪は問いかけた。


「それは、あなたが裏切り者だから‥?」


 何も答えないが、赤城が立ち止ったのを見て確信を得る。


「言いたくないことなら別に何があったとか聞かない。でも、どうするかはあたしが選んで決めることよ。誰にも指図はさせない」


「…言うな、お前。でも俺は、ウチにお前を入れる気は無い」


 少し笑みがこぼれた様に見えたが、最後にはこう言い置き、今度こそ立ち去って行った。


「‥何よ、素直に、ありがとうくらい言えないわけ?可愛げない」


 殆ど見えなくなりかけている赤城の背中に、凪は舌をだしながら言った。


 すると、鞄に入れていたスマホが着信を知らせて震えているのに気がつく。


 確認すると、相手は叔母だった。


「もしもし?叔母さんどうかしたの?」


≪あ‥、凪ちゃん!麗が倒れて今病院にいるのよ。今からでも〇〇〇病院に来られるかな?≫


「え‥っ、お母さんが‥っ?どうして‥?!」


≪仕事中に眩暈を起こしたみたいで‥。今はベッドに横になって落ち着いているけど≫


「そっか‥!うん、学校も終わったし直ぐ行くね‥っ!報せてくれてありがとう!」


 電話を切ると凪は急いで病院へ向かった。


 病室は叔母に確認済みだったため、病院に着いて直行すると、顔色はすぐれないが笑顔の母に出迎えられた。


「凪、驚かせちゃってごめんね」


「ちょ、起き上がっても大丈夫なの‥?」


 上体を起こしてベッドに背を預けている様子に心配するも、先生に看て貰って、適した薬を出してもらったからだいぶ楽になったのだという。


「本当に、ごめんね。今朝まで普通だったのにね‥」


「うん‥だから聞いたときはビックリした。ねえ、原因は何だったの?」


「そうねえ‥ちょっと頑張り過ぎちゃっていたみたいで、ストレスによるものだろうって」


「麗みたいに、眩暈を起こす人は少なくないって先生が仰っていたわ」


 母の話に、叔母がそう付け加えた。


「‥ストレスか。お母さん、引っ越す前まで、辞める職場の引継ぎとか荷造りで忙しくしていたからね‥」


 凪が母親の忙しくしていた姿を思い起こしながらつい神妙な顔で言うと、母は気丈な笑みを浮かべる。


「荷造りは、凪や雅くんが協力してくれたお陰でまったく苦じゃなかったけどね!」


「…でも、これからは今よりもっと協力して生活して行こう!あたし、もう少し家事とかできる様に頑張るし!」


 大事にはならないみたいで安心したが、顔を見るまでは気が気でなかった。今頃になって少し震えていた手で母の手を握ったら、想いが通じたのか、素直に頷いてくれた。


「ありがとう、凪。頼りにしているわ」


「うん!あ、何か飲み物買って来るね!」


笑顔を見て気が緩んだ凪は、院内のコンビニへ向かった。



・・・・



「お母さんは緑茶、叔母さんはミルクティ、そしてあたしはココアっと‥」


凪が陳列棚から3人分のドリンクを取り出しレジに向かおうとした時、小学生くらいの少年が、ジュースを手にレジに向かうのが見えた。


かわいいなと思って見守っていたのも束の間、少年が既にレジに着いていたにも関わらず、来店した二人組の若い男達が割込んできた。


「店員さん、タバコある?」


 彼らは少年の存在など気にもせずに、堂々とレジの前に並び立っていた。その所為で何も悪くないのに少年の表情は曇っていき、彼らに怯えている様にも見えた。


 凪はすかさず少年へ駆け寄ると、そっと優しく声を掛けた。


「大丈夫?ボクは何も悪くないからね。お姉ちゃんがちゃんと見ていたから」


「うん‥!」


 凪の言葉に少し少年が晴れやかな表情を見せるが、その間にも、男たちは店員とやりとりを続ける。


「は?コンビニなのに、煙草も酒も無いってマジ‥っ?」


「‥すみません。当店には院内患者の方々も多くいらっしゃるので、タバコやお酒といったものは置いておりません」


「有り得ねえ!だったらコンビニ名乗ってんじゃねえよ!」


「マジそれな!」


 その言葉に、凪は頭にきた。


「有り得ないのは一体どっちよ」


「「は…?」」


 声に反応して男達二人が漸くこちらに目を留めた。


「コンビニの店員さんが言っていることは真っ当なことだし、その前に、あなた達は、この男の子が先に並んでいたのに割込んで来たでしょう!」


「は?見えていなかったし」


「それに、年功序列って知らないのか?年上には譲って当然だろう」


「そうそう。俺達の方が長く生きている人生の先輩なんだから。敬えよ」


「あんた達最低…。悪い大人の良い例だわ。歳だけ無駄にとって情けない!」


「何だと‥?」


 男達の眉が怒りで持ち上った時、凪と男達の間に見知らぬ若い男が入って来た。


「誰だよ、あんた」


「知らねえやつは引っ込んでいろよ」


 男達が粋がって男性を突っ撥ねるが、男性は勿論引き下がることはなく、彼らを見てこう尋ねた。


「兄ちゃんら、いくつや?」


「え‥?21だけど」


「21…ほう。21か。俺は25やで」


「そ、それがどうした!」


「意味が解らねえ!」


 男達が矛先を男性に変え、苛立ったように睨み付ける。


 すると、次に、男性はこう言ってのけたのである。


「年功序列ねえ…。なら、この場で今一番年上の、俺の言う通りにしてもらおうか?」


「「な‥っ」」


「さっきっから話声聴こえとったけど、俺も、この女子高生とまったく同じ考えや。やから君ら、しっかりと、割り込みした男の子に頭下げるんや」


「冗談じゃねえ‥っ」


「ふざけんな!」


「ふざけるな‥?さっきまで、自分らが言うてたことやろうが。男なら自分の言葉に責任たんとカッコ悪いで」


 今まで威勢があった男達だったが、男性が笑顔を消して彼らを睨み返すと、気圧されたように、威勢を失い大人しく言うことを聞いた。


 その後、居た堪れなくなった男達は走り去っていった。


「おにいちゃん、ありがとう」


「おう!泣かんと偉かったな!」


 駆け寄る小学生に、さっきまでの姿が嘘のように笑顔を見せる男性。


『凪、偉かったな!』


 その姿に、凪は一瞬昔を思い出した。その後、少年は無事に会計を済ませ、迎えに来た兄弟と、こちらに手を振りながら笑顔でお店を出て行った。


 自分も支払いをして病室へ戻ろうと思った時、さっきの男性が凪に声を掛けた。


「これ、落としたで。本当は、店先でこれ見付けて、姿が見えたから届けるために来店したんや」


 みると、男の手には凪の生徒手帳が握られていた。


「そうだったんですか‥っ、ありがとうございました」


「おう。個人情報輩なんやし、次からは気をつけや」


「はい‥!」


 親切な人で良かったと思っていると、男性が凪に言った。


「‥その制服、王林高校?」


「え‥?あ、はい」


「俺の友達が王林OBやねん」


「そうだったんですか!」


「今の王林‥どう?」


「え?」


 笑っていたのも束の間、男性が気がかりな様子で訊ねてきた。


「何か‥風の噂で聞いたから。生徒が5つのチームに分裂しているって」


「ああ‥KINGたちのことですよね?でも、正確に言うと6つですかね」


「どういうこと‥?」



 友達を想ってか、表情を曇らせる彼に胸が痛くなった凪は、一度母たちの元へ戻って飲み物を渡してからもう一度男性と会って話しをすることにした。



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