story;4
記憶を巻き戻すこと数時間前。
母さんに問い詰められた父さんは、母さんを連れて寝室に入っていた。
少しして出てきた母さんの顔はとても嬉しそうだった。
「どうしたのお母さん?」
「レンジ!今日はおめかししてこうね!」
「・・・はい?」
うれしそうなお母さんは物置からミシンとお裁縫セットと何色もの布を取り出した。
「フフ、久しぶりに腕がなるわ・・・。ああ、想像して、理想を。創造しなさい、己がすべてをもって。さて・・・始めましょう」
「「・・・・」」
母さんはミシンやお裁縫道具の設置を終えると、自分の胸に手を当てて祝詞のようなものを唱えると、別人に用に作業に集中し始めた。
「・・・父さん。どういうこと?」
「ああ、そっか。レンジはゆりが服を作ているところ見たことないのか」
「母さんが、・・・服作り?」
「そうだよ。ゆりは俺と結婚するまで有名なデザイナーだった。世界的有名ブランドの部門長を務めるくらいね。ゆりはね、普段押しに弱いけど、ファッションや仕事に関しては妥協しないし、自分の意見を貫き通す女性だった。・・・みてごらん。とっても楽しそうだろ?」
そういう父さんに言われるがまま前に回ると、そこにはいつになく嬉々としてはさみで布を切り、線を引き、縫う母さんの姿があった。
・・・ああ、これが。俺の知ることのできなかった、母さんの姿。
前の人生において父さんがあんなことを言い出したこともなければ、母さんのこんな姿を見たこともなかった。
そういえば、かつて遺品整理をしたときに大量の布とミシンがあったことをいまさらながら思い出した。
あれは・・・母さんの、だったのか。
俺が、この新しい人生を踏み出して変えてしまった記録。
これがこの先どう影響していくのかはわからない。
けれど、今ここにある光景をつかみ取れたことに…俺の後悔はなかった。
「できたー!」
作り始めて早3時間。
俺は本を読み、父さんは昼食の準備を進めていた。
夕食は立食式のバイキングとのことで軽い食べ物のうどんの準備をしていただけだが。
「お、もうできたのか。さすが、ユリ!」
「母さんで来たの?・・・おお!」
俺と父さんは手を止めて母さんの完成品を見る。
そこには何百万とするような、スーツと遜色のない大人用と子供用のスーツ一式に薄い青みがかったドレスがあった。
「やっぱりすごいな・・・」
「これが・・・手作り?」
「ねえ、アキラさん。どう?いいでき・・・って、ああ!お昼!?急いで準備を・・・」
「あ、大丈夫。百合が集中しているのを見ていたから僕が用意したよ。うどんだけどね」
「あ~、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いいって。それよりごめんね。急に」
「いいんですよ♪だって、久しぶりに会うのですから。それに・・・」
服を完成させるのに集中していた母さんはお昼のことをお思い出し慌てるが、父さんがすでに作ってくれていることを知ると、顔を真っ赤にして申し訳なさそうに謝る。
父さんはそれよりも急に出かけることになったことを謝るが、その理由を知っている母さんはなぜかとてもうれしそうに僕を見つめる。
それと今の言葉から察するに、父さんが急に出かけると言い出したのは二人の知り合いに関係しているとみて間違いないだろう。
服は向こうで着替えるらしいので、外出用の正装に着替える。
父さんスーツの内ポケットに仕事に使う指ぬきの特殊手袋を持っているのを見た。
最近知ったのだが、父さんの仕事は警察官だ。
どこ所属は知らないが、格闘技がすごいのはこの間バイクに乗っていたひったくり犯を引きずり落として、首トンで意識を刈り取り、ナイフを取り出してきた相手に対し、母さんに内緒で一緒に買い食いしたたこ焼きについていた爪楊枝。
さらに、かろやかな身のこなしでナイフを華麗によけ、持ち手に爪楊枝を指し、ナイフを離した瞬間投げて捕まえた。
かっこいいからどうやるのか教えてもらおうとしたが、父さんは苦い顔をして「そのうちな・・・」と言ったのをよく覚えている。
その日の夜、久しぶりにとある拳法を思い出した。
あれはアレンジが加えられているが父さんの父さん。つまり俺のじいちゃんの流派の動きだった。
俺は父さんが死んでじいちゃんたちに引き取られるまで、じいちゃんにあったことがなかった。
そのため思い出すのが遅れた。・・・というか、あの地獄の訓練を考えると記憶を封じていたというのが正しいかもしれない。
さて、話が脱線したが俺と母さんも身支度を整える。
母さんは普段化粧をしないが、今日は薄くだがして言うようだった。
父さんに「・・・やっぱり、きれいだね」と言われ照れている母さん。
その時、ピンポーン。とチャイムが鳴る。
仕方ないのでおれが近くにある杖を使って鍵とドアノブを開ける。
するとそこには初老のいかにも執事と言った男性が立っていた。
「なるほど。あなたが・・・ごほんっ、失礼。藤堂 アキラ様はいらっしゃいますか?」
「父さん、お客さん!」
僕がそう叫ぶと廊下から顔を見せる父さん。
その瞬間、老人から3本のナイフが父さんめがけて投げられたのが見えた。
「危ないですよ。舟知さん・・・!?」
「いえ、・・・すみませんでした、坊ちゃま。それと、ご子息にお声掛けいただけませんか?このままだと無理やり解かなくてはならないので」
投げられた3本のナイフを父さん名難なく片手ですべて取る。
老人は父さんの知り合いのようで腕試しのようなものだったのだろう。
しかし、俺はその光景に冷静ではいられなかった。
父さんが傷つかないことはわかっている。
しかし、ナイフを投げたということ自体が問題なのだ。
俺は舟知の背中にのぼり、頸動脈に手を添えていた。
明らかな殺気を込めて。
「レンジ!」
「!?あ、ごめんなさい」
俺は父さんの声に意識を取り戻す。
そして自分が何をやっていたかを見て、すぐに下りて謝る。
舟知は息をのみ、「いえ、問題ないですよ」と普通に言う。
そして服を整えると、何ごともなかったように自己紹介を始めた。
「お久しぶりです、アキラ様、ゆり様。そして初めまして、レンジ様。私の名前は舟知 一郎。舟知とお呼びください」
老人はそういって挨拶をする。
この老人はどうやら母さんたちを知っているようだ。
「久しぶりですね、舟知さん・・・」
「今日はよろしくおねがいします。ほら、レンジも」
「舟知さん、さっきはごめんなさい。今日はお願いします」
「いえ、かまいませんよ。私の不注意と不手際です」
父さんは久しぶりだというのに気まずそうに返事をし、逆に母さんは嬉しそうに挨拶をする。
俺も母さんに促されるまま、謝罪とともに挨拶をすると、舟知は特に気にした用もなく笑顔で答えた。
「それでは皆様の準備はよろしいようなのでこれよりお車へとご案内させていただきます」
舟知さんの後に続き、マンションの駐車場に出るとそこには立派なクラシック車が止まっていた。
「それではどうぞ」
舟知さんが後部座席の扉を開け、そこに俺と母さん、父さんの3人が座る。
「それで、舟知さん。これはどこに向かっているのかな?」
「皇国ホテルです」
「・・・はい?待ってくれ、皇国ホテル?」
「はい。皇国ホテル最上階にて開かれているZEROグループ主催のディナーパーティーに参加していただきます」
「なっ!?・・・なんでそんなことになっている!俺たちだけじゃないのか?」
「いえ、その会食後に時間はとってあります。ですが終了後なので夕食をそこでとってはいかがかとのこと。バイキングとはいえ皇国ホテルのVIPクラスの料理ですので、味は補償いたしますよ」
「ところで皆さん、最低限のドレスコードの服装のようですがよければ服をお貸ししますよ?」
「いや、結構。ゆりが作った服があるからな」
「ほお、ゆり様が。なるほどそれなら、どんな服よりも素晴らしいものでしょう」
俺はこの時、この言葉を父さんのいつもの母さん大好き発言のせいだと思っていた。
けど、それは大きな間違いだった。
それがわかるようになるのはパーティーに参加した後のことだった。