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「アルス、あそこが玉座の間よ!」
「いくぜ、兄さん!」
「ようやくここまで・・・」
悪逆非道を重ねる帝王を倒すためにパーティを組んだ王国の姫にして賢者のナルシャ、そして俺の弟にして聖騎士の称号を持つ、パルム。
そして俺は信託を受け、勇者として修業を重ねたアルス。
「よく来たな、勇者アルス」
俺たちがいるのは戦火によって燃え、崩れかける城の玉座の間。
この大陸の覇者である帝国の騎士王、バルドルは漆黒の魔装に伝承にも表れる魔剣グラムを装備してアルスを玉座より見下ろし声をかけきた。
火に包まれようとものともしないその姿、まさに王。いや、魔王の風格だった。
その気配のせいか火が、瓦礫が彼を気づ付けないように避けているように見える。
そして、何よりその声は覇者の風格そのもので声を聴き、思わず膝間づいてしまいそうになる。
『カット!はい、OK。冬夜君、いい演技だったよ』
その声に、彼は現実に引き戻された。
---ピトッ
「冷たっ…。廉次、また」
「冬夜、おつかれ。アルスの演技よかったぞ」
「はぁ・・・。お前もバルドルよかったぞ。思わず膝間づいてしまいそうだった」
オレンジ髪の明るい男と前髪を目元まで隠した男。
オレンジ髪の男が今アルスの声をやっていた守屋 冬夜。
目元を隠した少し暗い男がバルドルをやっていた藤堂 廉次。
二人は幼馴染で同期の声優だ。
「冬夜、廉次、お疲れ。冬夜、今夜わかってるでしょ?」
「はは、また二人でデートかい?お熱いことで」
「うるせえ、今日は違うよーだ」
冬夜に今夜の予定を聞いてきたのは2人の同期である向峯 空華。
冬夜の彼女で賢者ナルシャの声優を務めている。
「兄貴、もうちょいクオリティ下げてくれよ。本気で膝間づきそうになったぜ」
軽い口調に茶髪の小柄な男。彼は廉次の弟の聖騎士パルムの声優を務める時皆 道也。
苗字は違うが、血のつながった廉次の弟である。
チャラいように見えるが、実は病弱なのだ。
しかしそれでアフレコ現場の士気を落としたくはない。
だから、青白かった肌を焼き、元気な人間の代名詞=チャラ男ということでそういうキャラづくりをしているけなげな奴なのだ。
「お姉ちゃん、守屋さん、道也くん、お疲れさま。みんなとっても良かったよ。廉次先輩すごく似合ってました!アニメも人気だし、私の作品をみんなが演じてくれてうれしい」
そう言ってスタジオに突入してきたのはペンネーム:N&T
で活動しているライトノベル作家にして空華の妹、峰崎 夏美。年は冬夜や廉次の2つ下で道也と同い年だ。
そして今アフレコしている「ネオルス大陸戦記:光と影の序章」の原作者だ。
今日はアニメ最終回12話のBパートを取りきり、もう一つのアフレコであるすでに決定した第2期用のPV。
『カット!はい、おっけー。クランクアップ』
『お疲れ様でしたー!』
その後のアフレコも終わり、廉次は影を薄くして急いでトイレに駆け込む。
収録中、アットホームな雰囲気のアフレコと聞いていたが、最終回のせいかみんなの空気が張り詰めており異様な空気にトイレと言い出せず30分くらい我慢してたのだ。
トイレの中でほっと一息つく。
『廉次さんは?』
『まだ、スタジオのはずです』
そして出てくると、廊下からスタッフの声が聞こえた。
急に自分の名前を呼ばれて思わず隠れてしまう。
『おい、打ち上げ場所の予約はとったか?』
『冬夜さんと空華さんがとってくれました。それで・・・確か、今日夏美さんが告白するんですよね?』
『バカ!聞かれたらどうするんだ。あの人は知らないんだろ?』
『す、すみません・・・。』
廉次は、その会話を聞き「ようやくか」とつぶやいた。
気づくと先ほどしゃべっていたスタッフはどこかへ行ったようだった。
スタジオに戻ると中では真剣に何かを話す道也と夏美の姿があった。
二人は同い年で、仲がいい。
とてもお似合いだと廉次は考えていた。
「廉次?どうした」
「廉次君?」
二人を眺めていると後ろからの声に驚いてしまった。
振り返るとそこには不思議そうにしている二人の姿があった。
「冬夜、空華。・・・いや二人とも仲いいと思ってな」
「おや、おや。嫉妬かな?」
「お、これは今夜期待できますな」
二人は廉次の覗いていた扉の窓から中を見て察したようにニヤニヤする。
なぜか楽しそうにしているのかわからない廉次はどうしてか聞こうとしたが、先ほど廊下でスタッフたちが話していた内容をお思い出した。
…二人は知ってるんだよな。
そう思うと、少し心が苦しくなる。
「そういえば、打ち上げやるんだってな。それも二人が予約したんだって?」
「お、もう夏美から聞いていたか。そうだ、これから行くぞ」
「行くぞ~!」
夏美からは聞いてないが正直弟も告白シーンを兄に見られるのは嫌だろう。
そう思った廉次は特に否定もせず、冬夜の腕に絡みつくほほの赤い女性にあきれる。
「空華、もうできてない?冬夜、飲ませただろ?」
「お疲れの一杯って言って勝手に飲みやがったんだよ。はぁ・・・」
「私は酔ってないからだいじょ~ぶ~♪」
そんな空華に苦笑いをしながら控室へと歩き出す。
「そうか。まぁ、・・・ほどほどにな。それじゃ」
「荷物取りに行くのか?」
「うん。後、監督にも挨拶してく」
「ああ、了解。待ってるからな~」
廉次はもちろん今日の打ち上げ会場を知らない。
しかし、廉次は冬夜を安心させるように後ろを向いて手を振っておいた。
「ありがとうございました」
監督への挨拶(話が弾んでちょっと長くなってしまった)も終え、荷物をもってエレベーターに乗る。
携帯を見ると、着信とメッセージが何件も来ていた
それを見ようとすると、着信のバイブレーションとともに夏美という文字が浮かぶ。
「もしもし?」
『もしもし!先輩、今どこですか⁉』
「え、スタジオ出て帰るところだけど?」
『な、何でですか⁉打ち上げ場所知ってるんですよね?』
「あー、えっと悪い。知らない・・・」
『・・・もう、入り口で待っていてください!』
そういって電話は切れてしまった。
とりあえず入口で待っていると、走る音が聞こえてくる。
そちらを見ると夏美ちゃんが大慌てでこちらに走ってきており、その後ろに車から降りた冬夜たちが見えた。
そして・・・その後ろの反対車線に今にも寝そうな運転手が運転するトラックが見えた。
廉次は迷わず走り出した。
夏美も驚きながら笑顔で走ってくる。
夏美はまだ後ろのトラックに気づいていない。
廉次と夏美の距離が1メートルを切ったとき、
トラックは運転手が眠った影響で大きく右にそれて夏美に向かってゆく。
それを見た廉次の決断は早かった。
それなりに運動のできる廉次は筋肉を最大限まで使って一瞬で距離を詰めて夏美をはねのけ…挟まれた。
遠くで、冬夜たちの声が聞こえる。
「おい、救急車!」
「電話してる!あ、もしもし・・・・」
「廉次先輩、先輩。ごめんなさい・・・。私、私・・・」
「兄貴、死ぬなよ!今日のために夏美は、夏美は・・・・」
みんないい声だな・・・。
廉次は薄れゆく意識の中でそう思った。
故に最後に無意識に言葉が出た。
「楽しい人生だったな・・・」
それから、廉次の意識は戻らなかった。
このネオルス戦記は新人賞を受賞した注目作品であり、のちにこのラノベはオリオンヒットまで行く超大作となる。
しかし、アニメは1期しか公開されなかった。
それは作者の強い要望と彼以外のだれがバルドルを演じても違和感しかなく、作れなかったためである。
全世界のファンを納得させるために公開されたPVは世界中を震撼させ、彼の生前に吹き込んだアニメが再びブームを起こすのだがそれはまた別のお話・・・。