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8:嵐の前


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。勝手に見てしまいましたごめんなさい。怒るよな。そりゃ怒るよな。そして嫌うよな。なんで言ってしまったんだろう。口と頭が全然連動してくれない。

 梓が静かに口を開く。


「そうなの? 私が傷つかないようにって、黙ってくれたんだね。ありがとね。……潤にしてはけっこう優しい所あるんだね。まぁ、それも? 幼なじみのよしみってやつだったりしてね?」


 梓の暗かった顔が、ちょっと意地悪な笑顔に変わった。その時の梓の表情には、なんとなくだが、嬉しさと、優しさと、陰りが見えた。さっきの『潤にしては』は飛ばして欲しかったけど、なんとなく梓に認めてもらえた感じがして、ちょっとだけだが気分が良くなってきた。俺はそのままの勢いで、思い切ってまさるとの関係に口出ししようと思った。ここしか無い、このタイミングしか無いと思った。


「梓、あの、その、あれなんだけど……ちょっと言葉にしにくいんだけど、梓はこのままでいいの?」


「いいのって?」


 はぐらかさないでいいから。表情が本当に意地悪だ。幼なじみのはずなのに、妙に他人行儀で、まるで初めて会ったみたいになんにも情報がないですよっていう顔をしている。俺から恥ずかしい一言を引き出そうとしているのだろう。でもだからって言いたいことを別の方法で伝えるすべを俺は知らないから、結局は術中にハマってしまうわけで。


「メールもうやめたら? アイツのこと、嫌いなんでしょ?」


「嫌いって言うか、さっきも言ったけど、最初から好きじゃなかったし」


 梓が少し目をそらした。目をそらすってことは、何を表してるんだろう。……って、なんだか心理学みたいになってきた。


「それに、昔から好きな人いるし」


「えっ、誰? 俺が知ってる人?」


「秘密」


「秘密かよ」


 梓はひとつため息をついて、星空を眺めた。昔からいる好きな人? その人がまさるだと思っていた。それ以外にそれらしい人っていたか? 思い出そうとしてみるが、小さい頃から一緒にいても全く思いつかない。ということは梓の言う昔というのはほんの数年前を指していて、ちょうど俺と話さなくなってからのことだろうか。だったら何人かいてもおかしくはない。女子は男子よりも恋愛に敏感だって言うし、成長も女子のほうが早いわけだし。俺がそういうのに目覚める前に梓が目覚めているのは当然だろう。


「悩んだ時は星を眺めるといいもんね。早く元気にならなきゃね」


 梓はそう言ってぎこちない微笑みを見せてくれた。女子って強いな。自分で自分をコントロールできている。


「なぁ、梓? いつか一緒に大と決着つけに行かないか?」


 梓はすごく驚いた表情で焦って言葉を漏らした。


「えっ!? そんなのいいよいいよ。潤まで巻き込みたくないよ」


 梓が一歩前に出る。梓の顔が、まさしく目と鼻の先にある。なんだかちょっと顔が火照ほてったような気がする。


 今、俺のこと密かに心配してくれてたよな?

 今の、嘘なんかじゃないよな?

 こんな時なのに、梓は俺の心配をしてくれる。しかも考える時間もなく、だ。俺はやっぱり俺のことしか考えられていない。これが人と付き合ったことがある人とそうでない人の差なのだろうか。まず他人を想う。なんでそれができないんだろう。高校生だっていうのは言い訳にならない。梓もそうだから。俺はなんて未熟者なんだ。梓の一言一言が、俺をどんどん押し潰していく。梓との差がどんどん広がっていく。梓がどんどん高く、あの星のように遠い存在になっていく。そんな気がした。


「このままずっとこんなのに耐えるなんてさ、苦しすぎるだろ。俺さぁ、なんか梓の役に立ちたいんだよ。今まで小さい頃から色んな相談とかも聞いてもらってたし。でもさ、よく考えたら俺は梓のために何もしてやれてないわけだし。幼なじみなのに、だ。しかも――」


 その時だった。梓の細い右手の人差し指が、光速で俺の唇に向かってきて、そのまま押さえ込んだ。


「もう分かったから。それ以上はもう、何も言わないでも分かってる。幼なじみだもの」


 梓はまたぎこちない笑顔をオレに見せてきた。オレは、いろんな意味での恥ずかしさで、ひどく赤面した。


「今日、今から、大と決着つけに行く。潤にそこまで言わせちゃうなんてね。なかなか無いことだよね。ありがと。もう決めたから。……あ、潤はついて来ないで。これは私と大の事だから。心配しないで。大丈夫。大は軟弱だし。温室育ちだし」


 分かったよ、とは言ったものの、もう心の中に決めていた。『隠れて尾行してやる』と。なんかあったら格好良いところ見せるんだって。


「でもさ、大は今から呼んでも来るのかな? 結構時間遅いよ?」


「きっと大丈夫。だって大は私に会いたがってるから。何か伝えたいことがあるに決まってるよ。あれだけしつこいんだから、まさかこっちから会いに行くっていうのに拒否することはないでしょ」


「それもそうか」


 梓はおもむろに携帯を取り出すと、携帯のカメラを使って、白銀に輝く三つの星、春の大三角形を撮った。携帯電話のカメラだから絶対星を撮れているわけないけど、なんとなくその気持ちが俺にはわかった。心の目で見るっていうやつだ、きっと。


「お星様。私に勇気を与えて下さい。……いや、あの、迷子にならないようにじゃなくて。はい、ちゃんと大に言いたいこと言わないといけないから」


「いや、ボケなくていいから」


 梓はお星様と交信出来るらしい。まさかこのタイミングでボケるなんて。そして普通にツッコめてしまうなんて。これも幼なじみだから出来ることなのだろうか。目をつぶりつつ、我慢できなくてふふふっと笑う梓にはしっかりした何かが感じられる。梓は目を開き、遂に自分からメールの画面を開き、両手の親指でメッセージを打ち始めた。


『話があるから、いつもの駅前で待ち合わせでいい?』


 メールを打ち終わって前を向く梓の表情は清々しかった。何かを吹っ切った、スッキリした表情をしている。俺を見て俺も一瞬安心し、次の瞬間には違うドキドキを感じていた。俗に言う修羅場が待っているのだから。


 風が、それも北風のように冷たい風が、梓のポニーテールを激しく揺らした。遠くの方で聞こえてくる笑い声の他には何も聞こえてこない。それはまさに嵐の前の静けさのようで、頭上を飛んでいく飛行機も遠くでチカチカ光っているだけだった。


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