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5:前夜祭


 校舎と校舎に挟まれた中庭は滑走路のような平坦ではなく、植樹もしてあるし芝生もあり、座れるベンチも多くはないが、ある。そんな中庭の中心では、もうクラスの大半が揃っていて、何やら静かに、そして怪しげに、準備が始まっていた。なんだ、実は俺や梓が来る前からみんなどこかで隠れて待っていたんだ。


 先生が一人もいない、生徒の生徒による生徒のための秘密の前夜祭。大声で盛り上がれることはないと思うが、こういうちょっとした反抗が青春っぽくてワクワクする。


「よぉ! お二人さん。いつからいたんだ?」


 話しかけてきたのは自前の懐中電灯を2つも持ってきているハナケン。やはりあの丸っこいシルエットはハナケンだったようだ。


「ハナケンが手ぇ振ってくるちょっと前だよ。部室の裏でずっと待ってたんだ」


 ギョッとするハナケンと、何も分かっていない俺の間に、一瞬沈黙の時間が流れる。ハナケンの表情はなんというか、半笑いだけど恐ろしいものを見てしまった、みたいな表情で、きっと懐中電灯で顔の下から照らせば数人の女子が叫びそうな感じの表情だ。そんな顔して見なくても。幼なじみ同士で一緒にいただけじゃないか。


「……ぇ、部室の裏ってまさか!? えっ!? まさか!?」


 ハナケンのわざとらしいオフザケっぽい言葉に、梓も何かに勘づいたようで、なんだか気まずい。お互いがチラっと横にいるお互いを見てしまい、目が合ってしまった。途端に目線を外す梓。我関せずといったところだろうか。ハナケンが目を細めてじぃっと俺の方を見つめてくる。やめてくれ、そんなに見つめられても困る。


「ちぃがうよぉ! ちょっと話したぐらいで別になんにもそんなこと……なぁ?」

「……あ、ぅ、うん。何もないよ! 何もない! 無いです!」


 しかしハナケンは相変わらず目を細めて軽くニヤけているだけ。俺も梓も、やはり互いに顔をチラチラと見合って、その度にどこかへ目線を逃がすしかない。ぎこちない。なんとか話題を逸らせないと。


「とりあえず食べようよ。乾杯もね。ハナケン、お前言い出しっぺだろ早くみんなの前に立てよ。なっ!」


 ハナケンや他のクラスメイトが持ってきた懐中電灯を上に向けて並べて囲んだちょうど真ん中にハナケンが立ち、乾杯の音頭をとった。みんな持参のペットボトル飲料で乾杯し、俺も梓と駄菓子屋で買ったコーラ味のなにかをぶにっとぶつけ合った。昔から変わらない、ぬるくて炭酸感のない黒い液体。小さい頃からこれが俺と梓のコーラだった。


 別にこれと言ってイベントがあるわけではない。みんなでお菓子や飲み物を持ち寄って、授業と授業の間の休み時間の延長戦をしているだけだ。見慣れない私服姿にちゃちゃ入れたり、近所にできたショッピングモールが高齢者だらけなのを話題にして話していたり、クラスメイトのちょんぼ伝説を話したり。もうこれからは一生できないだろう教室でのあの休み時間を、飽きるまでしようということらしい。


 次第にプロレスが始まったり、漫才が始まったりと徐々にイベントらしくなってきた。またやってるよ、なんて梓に教えようとちょっと後ろを向くと、梓は別世界にいるような、隔離されたようにベンチでちょこんと座っていた。 オレは梓の方にノリでふざけてオーバーリアクションの忍び足で近づいて行った。ゆっくり、ゆっくり。気付かれないように……。背中に近づいた時、バンッと両肩を叩いて驚かそうとしたが、梓の携帯の画面が見えて躊躇ちゅうちょした。


 画面には、同じようなメールが数件並んでいた。


『梓、会いたいよ』

『そろそろ答えてよ。会おうよ』

『僕は君に会いたいんだ。今度会わないか?』

『このままじゃ嫌なんだ』

『映画とかはどう? それとも食事がいい?』

『ねぇ、どう?』

『返事してください』

『頼むよ、返事くれよ』

『あずさあずさあずさ』


 件名を見ただけでそれとわかるメール。普通じゃない。俺はそう思った。梓はそれらのメールを見ながら携帯をぎゅっとにぎって、悩ましげに肩を落としている。さすがの俺でも空気を読んでその場を逃れようとした。こういうドロドロの恋愛に足を突っ込むのは避けたいところ。だけど……やっぱり放って置けなかった。俺はしれーっと梓の横に同じようにちょこんと座った。梓はささっと携帯電話を隠した。


「あ、潤くん。楽しんでるー?」

 

 なんともいえない表情でとにかく明るく振る舞おうとする梓。俺はできるだけ落ち着いて、梓のためだと思いながらゆっくりと口を開いた。


「あのね、梓。えっと、あの、さ、さっきからどうしたん? その、何かあったんなら俺に言ってくれてもいいし、あ、だって俺ら幼なじみじゃん? 幼なじみなんだし、こう、気軽に相談とかしてくれたら嬉しいっていうか、いや、別に嬉しいっていうそういうんじゃなくって……」


 ダメだ。やはりアドリブじゃなくてちゃんとメモ機能か何かに下書きすればよかった。うまく振る舞えていないのは誰が見ても明白だ。こういうとき、大人ならさっと手を差し伸べるようなスマートな振る舞いができるのだろうが、今の俺のレベルではどうしようもない。


「えっ……そうかな? 普通だよ。普通。てか大丈夫? なんかあった? 聞こうか?」


 梓は、無理矢理な作り笑いをして、なんとかこの居心地の悪い空気を変えようとしていた。無理している。俺が梓を慰めなければならないのに、実際は梓が俺を慰めようとしている。いかんいかん。


 しかし梓の態度に少しだけがっかりした。幼なじみって、何でも言えるから幼なじみなんじゃないかなと一瞬だけ思ってしまったから。作り笑いやなんかが急に他人行儀に見えて、残念だった。しかしそれは梓に対してではなく自分自身に対してでもある。梓にそうさせたのは俺自身なのだから。


「そっか。……ならいいけど」


 俺は下を向いてしまった。向くしかなかった。真正面から梓のことを見ることができなかった。本当は、もっと話題を広げて笑い合って、なんとかいつもの梓に戻ってほしかったから。その方が、梓の笑う顔が見られると思ったから。けど、それって本当に心から笑った顔なんかじゃないんだよな。梓が本当に心の底から笑える、救われるためにはどうすればいいんだろう。考えても、何も思いつかなかった。


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