4:俺の過去
そう言えば、俺の隣に女の子がいて、二人きりでいるというのは中学の低学年以来で、その頃隣にいたのもやっぱり梓だったと思う。それまではあまり恋愛に興味が無かったし、男女関係なく友達大勢とワイワイ騒ぎながら日々を過ごす方が楽しいと思っていた。
男女関係を強く感じるようになったのはほんの数年前からで、中学を卒業し高校に入学した頃だったように思う。それまでワイワイやっていた友達が、突然彼女がどうとか彼氏がどうとか、そういう話題を急に出すようになった。たしかにあの頃はとにかく新しい友達関係ができやすい時期だったし、そういうものへの憧れと言うか、なんとなく彼女というものは高校生になったら出来るものなのだと思っていた。しかし実際高校生になってみると全くそういうことはなく、なんだか自分だけ置いてきぼりな気分だった。
それからというもの、とにかく彼女を作らないといけないと思って必死になって誰かを好きになろうとした。すでに彼女がいる友だちからは紹介してやると色々な他校の女子生徒の連絡先をもらったりもした。その他校の女子生徒たちとグループで遊びに行ったこともあった。
でも、一回遊んだきりまるで糸が引きちぎれたかのように、関係がほとんどなくなってしまった。メール等はたまに交わすくらいで、その内容も下らないことばかりで、一向に恋に発展しそうになかった。お互いに距離ができてしまい、やっぱり向こうも無理して遊ぼうとしてくれていたのかなとさえ思ったこともある。次第に連絡しなくなって、そこから先は特になにもない。
このことを、実は梓も知っていた。クラスの中の噂ネットワークは恐ろしく、なんでも筒抜けになってしまう。梓も素直に俺のことを応援して、不気味なほど熱心に話を聞いてくれたこともあったし、時には背中を押してくれたこともあったが、その期待には答えられなかった。
そんなことを考えながら、お互い無言のまま歩を進めた。無言になるのは多少は気にするが、でも別にお互いがお互いの領域を侵さないようにしているだけだし、梓もそこまで空白の時間を気にしていることもないだろう。幼なじみならではの空気感と言うか、距離感が、無言をそこまで大きな問題にはさせていないようだった。
新道沿いの歩道を歩き、踏切を超えて橋を渡っていく。知っている道だけど、自転車に乗っているときとは速度が違うので、看板の文字までくっきり見えるし、自動販売機のブーンという重低音までくっきり聞こえた。電車通学の梓はこの景色とは違う景色をいつも見ているんだよなと思うと、お互い見慣れた景色なのは知っていても、なんとなく俺が梓にこの街を案内しているような気がして、変な気持ちになった。梓だって昔からこの街に住んで、俺と一緒に何度もこの辺に来ているはずだけど、たった数年間一緒に隣にいなかっただけでどうもあの頃の間隔を取り戻せないでいた。
そうしていると、学校に着いた。身長の低い校門を先によじ登って、梓を上から引張る。いつかのジャングルジムを思い出しながら、小さい頃は逆の立場だったな、なんて思い出した。できるだけ足音を残さないようにアスファルトの地面は避け、湿った土のグラウンドの縁を進んでいく。グラウンドの方の空はもう、一番星を見つけられるとかそんなレベルの問題ではなく、下手すれば星座だって観察できるのではないかというくらいまで暗くなっていた。
携帯電話を開けて時計を見てみると、前夜プチパーティの始まる予定時刻より、一時間ほど早かった。早めに来るのはいつもなら悪いことではないのだが、今日は違う。こんなに早いと、最後まで残って部室の鍵の管理をしている仕事熱心な体育教師に見つかってしまうかもしれない。そうなると前夜プチパーティの存在が見つかってしまう。まずいと思い、とりあえず部室の裏の目立たない場所に潜むことにした。
「集合時間よりかなり早く来ちゃったから、ちょっとここで待っとこうか」
「うん、そうだね」
何となくだが、梓との距離がさっきから数センチづつ、徐々に近づいているような気がする。気のせいだろうけど。
ふと、わが三年A組の教室の方向を見る。その三年A組の教室のを越えた向こう側には、前夜プチパーティが行われる予定の、中庭がある。
俺は三年A組の教室を見ながら、あと12時間後にはあそこにいるんだよな。なんて思って、ちょっと不思議な気分になった。この学校にいれるのも、あと24時間もないのである。大した青春チックな思い出があるわけでもないけど、急に寂しくなってきた。
それから数分後、ようやく唯一残っていた車のライトが付き、校門から光が伸びていたかと思うと、徐々にその光が細くなって、やがて消えた。照明の無いだだっ広いのグラウンドの先に、月明かりで微かに野球のマウンドが見えている。
「……よし、そろそろいくかっ!」
「うん! なんだかドキドキしてきた。ホントはこんな事しちゃいけないもんねぇ」
梓ちゃんがそんなこと言うもんだから、俺までなんだかドキドキしてきた。変な緊張感が漂う。もしバレてしまったらどうしよう。しかも二人一緒にバレてしまったら。こんな時間にこんな場所で男女二人で何をしていたのか、変に言い訳してそれが広まって変な噂なんかになったらどうしよう。いくら明日卒業だからって、その後永遠に離ればなれになるわけでもないと思うので、一生変なことを言われ続けられるかもしれない。流石にそれはまずいと思った。
「だ、大丈夫だって! 多分、もう何人か来てるはずだよ。……ほら、あそこ!」
俺はグラウンドへと続く道のフェンスの、破けて穴になっているところを指差した。そこにはちょうど人が一人入れるくらいの穴が空いていて、怪しげな人影が三つ、街灯の明かりで浮かび上がっている。おそらくハナケン、高橋、坂木のいつもの3人組だろう。アイツらいつも一緒に馬鹿してるから、こういうときもきっと一緒にいるはずだ。
「な?」
「あ、本当だ。あれハナケンかな? なんかシルエット丸くない?」
「たしかに!」
そう言って二人でコソコソと笑い合う。その時、不意に梓の手が俺の肩に当たった。ただかすかに触れただけなのに、どんどんそのことが気になってくる。この手はわざとだったのか、単なる偶然なのかはわからなかったが、とにかく手が肩に触れたということ自体、その事実がなんだか妙に気になったのだ。
怪しげな人影3人組は俺ら二人に気づいたのか、こちらを指差して、無言で手を振ってきたのが見えた。
「行こうか」
「うん、行こう!」
さぁ、最後の思い出作りの始まりだ。俺と梓は校舎と校舎の間にある中庭に向かって密かに歩きだした。