37:告白
ひと通り儀式を終えると、そこで解散となった。各自で写真を撮ったり、屋上でそのまま話をしたり、下に急いで行って他の卒業生が何を書いたのか見に行く奴らもいる。梓も友達との最後の時間を楽しもうと写真撮影に忙しそう。俺は梓のことを知っているので急かしたいなと思いながらも、ここで女子グループの中に飛び込んでいく勇気はないので、端の方で男子グループで固まって雑談しながら梓の動向を伺っている。
「みんなぁ、注目! 実はハナケンがぁ!」
「ば、ばか!」
眼鏡の坂木が高橋と一緒にやけに盛り上がっている。それを必死で食い止めようとするハナケン。その姿はいつもの堂々としつつも茶目っ気たっぷりなニヤニヤした感じのちょうど真反対。あたふたして冷や汗でもかいているみたいだ。また漫才でも始めるのだろうか、わらわらと集まってくる卒業生達。俺は梓の方に注目しすぎていて肝心な部分を聞き逃していたので何がなんだかわからない状態。一体、何がはじまるのか。
「えっ、何? どしたん?」
「おい潤、あれだよ、あれ。なぁ高橋?」
「そうそう! 次お前の番だからな!」
「はぁ? 何が?」
「忘れたんかぁい!!」
テレビで見るようなオーバーリアクションでその場に崩れる坂木と高橋。俺は本当に何のことだか分からず、周囲の視線を恐れて彼らと同じ目線になるまでしゃがみ込む。ハナケンも慌ててしゃがみ込んで俺らに混ざりこんできた。
「あれ? お前、今さら緊張してんの?」
「う、うるさいなぁ……ちょっと、集中させろよ」
この雰囲気、この緊張感、まさか……?
「ハナケン、まさかお前……」
「あぁ、そのまさかだよ」
ハナケンに聞いた俺に向かって、代わりに深刻そうな顔で返答してくれた高橋。
この深刻な感じは何だ?
まさか、留年?
一緒に卒業できないからこんなに残念がってるのか?
ていうかなんで卒業できないやつが卒業式に出てんだよ。
いや、お情けで最後くらいって言うことなのだろうか。
とにかく、それをネタに漫才やろうとしてるならさすがに許せんぞ。
「いやいやいや、やめとけって。二人ともそんなに騒ぐことないだろう」
「いやいやいや、ここで騒がないとどこで騒ぐんだよ」
いやいやいや、ダメなもんはダメだろう。ハナケンが今にも泣き出しそうになっている。その顔色はまさに顔面蒼白という言葉がよく似合う。可哀相に思えてくる。
「そっか。お前……来年も頑張れよ」
「来年って、お前。悲しいこと言ってやんなよ。全力尽くすんだからさぁ」
全力尽くすって、もう試験はないから挽回のチャンスも無いだろうに。
「俺の後輩になるのかもしれないもんな。そんなんなったら、なんだか嘘みてぇだな」
「え、お前もう誰かと?」
「誰かとって、どういうことだよ」
誰かと留年って、どういうことだよ。
「貴様、抜けがけか?」
ハナケンに応戦する高橋。
抜けがけ? いや、そうなると、ここにいるみんな抜けがけになるぞ。高橋、お前も抜けがけの一人だぞ。
「ちょ、ちょっと待て。整理しよう。ハナケン、お前、留年するんだろ?」
「えっ?」
固まる一同。互いに見合ったかと思えば、顔を歪めてワケガワカラナイヨと言いたげな様子。もしかして、なにか勘違いしてしまったか。
「いや、だから、留年するのに卒業式だけは形だけ出させてもらったんだろ?」
「はっ? 違うけど」
「へっ? じゃあ何?」
「え、なんだっけ? なんかあったっけ?」
「修学旅行だよ修学旅行! 思い出せよ!」
修学旅行。といえば、あの会議。あの会議の場で話していたのは恋バナ。恋バナと言えば、好きな人。ハナケンの好きな人といえば西岡さん。もしかして。
「ハナケン、告るの?」
「正解! ていうかそのくらい察しろよ!」
坂木のこそこそ話版のツッコミを食らい、やっと事態を理解した。と、同時に良い作戦を思いついた。こういう悪知恵だけはやけに頭が働く。俺はもう一度、ハナケン本人に伺った。
「ハナケン、本当に告るの?」
「……本当だよ」
「え、何? 聞こえない」
「本当にするよ」
「何を」
「告白」
「なんて?」
「告白すんの」
「ちょ、何? 聞こえない」
「こ・く・は・く・す・る・の!」
「誰に?」
「に・し・お・か・さ・ん・に!」
「だ、そうですよ。西岡さん?」
「うぇ?」
ハナケンが振り向いた先に、西岡さんが立っていた。西岡さんは信じられない様子で固まっている。ハナケンももちろん固まっている。なんせ周りには卒業生ほぼ全員。しゃがんだ俺達と西岡さんを取り囲むように見物している。
西岡さんが一歩前に出た。空気を察して静になるギャラリー。遠くの方のざわつきが、さらに遠く感じる。
「花田君」
「は、はい」
「今の本当?」
「は、はい」
長い沈黙が流れる。俺らは協力してハナケンを前に押し出すが、いつも前に前にと行っているハナケンの姿とは程遠く、その体は思ったよりも重たくなっている。ここは追い打ちでなんか素敵なひと言だったり正直な気持ちだったりを言わないと。と心の中で応援するものの、ハナケンは固まってしまいいつもの感じが出せない様子。なんとかしてあげたいが、ここで俺らが出しゃばるのもなんだか違う気がして、高橋や坂木と目は合うが、手助けはどうもできそうにない。このままだと何も出来ないまま終わってしまうぞ、ハナケン。後悔するなよ、ハナケン。
「えっと……ごめんなさい!」
「は、はい……」
こうして、ハナケンの告白はあっさりと終了。何やってんだハナケン、いつもの調子で行けばよかったかもしれなかったのに。逃げるようにその場を離れる西岡さんは一度もこちらを振り向いてはくれなかった。ハナケンはその背中をいつまでも眺めていたが、階段を降りていく音が聞こえたときには、もう下のアスファルトに視線が移っていた。ギャラリーがぞろぞろと何かを察して離れていく。気付いたら屋上には俺とハナケン、そして高橋と坂木の4人だけ。
「いやぁ……お疲れさん」
「もー調子狂ったわぁ。なんにも出来なかったじゃーん」
「すまんすまん。俺だって別に悪気があったわけじゃないからさ。応援だよ応援!」
「どうせ10年後には笑い話になってるんだから、そういうことにしといて!」
「お前ら絶対その前に漫才のネタにするだろ」
「しないしない」
10年後か。何してるんだろ、10年後。俺らまたこうして仲良く話せたりしてるのかな?
「じゃあ、そろそろ帰るか! 下に行ってももう紙飛行機残ってないっしょ。じゃ、みんなお元気で!」
「また同窓会で会おう!」
「同窓会っていつになるかな?」
「……明日とか?」
「いや早すぎだわ」
坂木と高橋が帰り支度を始めた。最後までそんな調子の二人。明日か。明日になれば、梓はもうこっちにはいないんだな。そう思うと急に梓のことが気になり始めてきた。卒業式も終わったし、そろそろ家に帰って支度するのか、それとも直接空港へ向かうのか。まぁどちらにしても、まだまだ急ぐことはないが、そろそろそのことも考えていないといけないだろう。
梓を追いかけて、できるだけ二人きりになれるタイミングで、気持ちを伝えないと。ていうかなんで昨日言えなかったんだ。今日こそは言わないと。もう明日はない。使命感にかられた俺も、坂木や高橋と同じように帰り支度を始めた。
しかし、その時。
「……潤くん?」
「ん?」
君付けしてくるなんてハナケンらしくない。さてはなにか企んでるな?
「次は……君の番だよ?」
あ。
さっき言ってた“次お前の番だからな”はそういうことだったのか。
確かに修学旅行のときに言ってしまっていたが……もしかしてこの後強制的に?
自分で仕掛けておいてなんだが、さっきのハナケンみたいにしたくはない。言うならちゃんと自分から堂々と男らしく言いたい。でもさっきのことがあるから、ハナケンは俺を逃したくはないのだろう。復讐心にかられているはず。
ヤバイと思ったので、全速力で屋上から去り、階段を駆け下りた。
後ろの方でするハナケンの声には聞く耳を持たずに。




