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30:短い挨拶


「学校長、挨拶」


 校長が横の階段をゆっくりと登っていく。しっかり胸を張っていて、堂々としている。

 実は今の校長は俺らが三年になると同時に赴任してきた新しい校長で、迫力だけは県内のどの高校の校長よりも勝っていると言われている。

 まぁ、前の校長が弱々しかったから余計にそう思うのかもしれないけど。その校長の長ったらしいであろう話が始まっても、オレは前の校長と今の校長を頭の中で比べてばかりいた。


「卒業生の皆さん、卒業おめでとう。本来ならここでしっかりとした君たちへのメッセージを伝えようと思ったのですが、せっかくなので、ちょっとしたサプライズを用意させていただきました。なので、僕の話はこのくらいで。また後ほど、そのサプライズを発表したいと思いますので、お楽しみに」


「起立、礼」


 え、本当にもう終わり?

 しかもサプライズ?

 予想外に短い校長の挨拶だけでもガッツポーズものなのに、サプライズまであるとは。なんだろうね、とひそひそ話がいたるところから聞こえてくる。


 梓とも目を合わせて合図を送る。なんだろうと期待に胸が膨らむ思いだ。校長が自分の時間を削ってまで、しかもその場で出さずにあとに取っておいたことから、だいぶ自信があるサプライズなのだろうと予想がつく。期待値は上がるばかりだ。


「在校生代表の言葉」


 次に壇上に上がったのは後輩代表。井藤さんが生徒会にいたときの後輩らしく、井藤さんはその生徒の言葉を一生懸命聞いている。そうか、部活動以外にも、生徒会という手もあったか。とにかくクラスや学業以外での思い出がなにかひとつでもあれば感動することができたんだ。どうやら気付くのが遅すぎたようだ。


「卒業生代表の言葉」


 在校生代表の現生徒会長が挨拶し終わると、今度は卒業生代表として前生徒会長が壇上に上がった。

 このくらいになるとだんだん集中力が切れてきて、視線がいろいろなところに移る。

 壇上の大きな花束を眺めたり、式目の字の形を目でなぞったり、来賓の純粋な眼差しを不思議がったり、泣いている卒業生を探したり。

 いつもこういうときに限って長々しい文章をだらだら話すから、集中力が切れるのは仕方がない。さっきの校長みたいに短く簡潔にまとめてくれたら良いのに。まぁ、生徒指導部が黙っていないだろうけど。


 やっと話し終わった時にはよく分からない疲労感で体が重たくなっているような気がした。隣の木下なんかウトウトし始めて、俺の肩に何度もぶつかってきた。その度に何度もさっきのお返しだと言わんばかりにツンツンして注意したが、あまり効果はないようだった。


「卒業歌」


 代表以外の卒業生が全員起立し、先ほどまで壇上にいた卒業生代表がくるっとこちらを向いて、手を前に構えた。

 その間に卒業生のうちの一人がそろそろとピアノまで小走りで向かい、二人は目を合わせて伴奏が始まった。

 定番中の定番曲のイントロが流れ出し、すすり泣きの声が聞こえ始める。

 梓の方をちらっと向くと、やはりここでも強い感受性が発揮されたのか、みずみずしい頬に一筋の涙が伝っていた。


 体育館に光が指し、ちょうど俺ら卒業生を照らすステージのライトみたいになっている。

 卒業ソングのPVでみたことがあるような光景に、そのど真ん中にいるんだと実感する。

 歌の途中だけど、もう泣いて歌えなくなっている生徒がどんどん増えてきている。


 もしかしたら学校生活っていうのは、卒業式のときに泣けるような、そこまでさせるものが何なのか知るためのものだったのかもしれない。だから俺には泣こうとする気すら起きないんだと、そう思った。


 ”今、別れの時”


 そのフレーズでハッとした。もうすぐ梓ともお別れなんだと。何にもなかった、ただワチャワチャしていただけの高校生活だったけど、唯一心残りなもの。それが梓の存在だ。

 今日を境に、俺と梓の日々が終わる。

 もしかしたら一旦終わるだけで続きがあるかもしれないが、留学という単語は高校卒業の俺にはちょっと重たい言葉で、続きを想像するには容易ではなかった。


 短い卒業ソング。演奏が終わると、もう聞き慣れてしまった拍手の音が体育館中に響いた。これで俺ら卒業生がしなきゃいけない部分は終了。あとは多分、来賓挨拶や閉会の挨拶なんかで終わるはずだ。そう思うと気が抜けて、肩の力がふっと抜けた。こんな俺でも卒業式ともなると緊張するものなんだな。それはそれで意外だった。


 式は予想通りに進むかと思われた。だが、予想に反して校長が出てきた。何やらその後ろでは先生たちが慌ただしくしている。ステージの幕も閉じられた。

 そうか、まだあの校長のサプライズが残っていたんだ。

 何が始まるのだろう。

 もしかしてあの慌ただしい先生たちが何か出し物でもするのだろうか。

 もしそうなら……ちょっとサムい。

 申し訳ないけどクオリティは期待できそうにない。

 でもまぁ、最後くらいはそんなのでも良いかもしれない。さて、どうなることやら。


 すると、校長がマイクを握った。その表情は厳格なイメージからは程遠い、おもちゃを買ってもらった子供のような表情をしている。


「準備が整ったようですので、ここで私からのサプライズを、卒業生の皆さんにプレゼントしたいと思います! 皆さん、拍手でお願い致します!」


 拍手の中、閉じていた幕が開く。そこには思いがけない光景が広がっていた。


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