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2:幼馴染



 夕焼けのオレンジと夜になりそうな藤色が空で滲んでいる放課後、俺は一旦家にカバンを置いて、集まり等にはかかせないお菓子を買いに、自転車で近くの駄菓子屋を訪れた。


 ガラガラと引き戸をあけると、所狭しと並んでいる駄菓子に囲まれた。そこは昔ながらの駄菓子屋で、小さい頃にはよく小さい手で小銭を握りしめながら店内を散策していたのを思い出す。あまりにも久しぶり過ぎて駄菓子屋のおっちゃんが元気かどうか心配だったが、ピンピンしていたので安心した。


 俺はとりあえず、ポテチみたいなやつやら、出来るだけ大人数で食べられるものを手に取り、最後に、いつものスルメの串刺しをプラスチック容器から抜き取った。

 他にも水飴やガムなどたくさんある。でもやっぱり俺にとって、スルメの串刺しは特別なものだった。懐かしい甘ったるい焦がし醤油の香りが、手にとってすぐ鼻をくすぐる。

 スルメの串刺しは、小さい頃によく買って食べていたもので、唯一自分だけの食べ方がある代物だ。小さい頃から必ず、駄菓子屋の近くにある公園の、銀杏の木の下にある巨大岩に座って食べていた。その巨大岩も、成長した今となってはちょうどいい椅子みたいになっている。


「はい、全部で428円だから……400円ね」

「えっ、おっちゃん、いいの?」


 おっちゃんは恐る恐る店の奥の部屋を見渡して、にこっと微笑んだ。


「……ばあさんが寝てるから。今のうち、今のうち」


 ばあさんと言うのは、ここらでは有名なケチばあさんで、値引き交渉しても絶対に値引きはしてくれない。普段はこの店で働いていて、たまに今日みたいに息子であるおっちゃんに店を任せる時もある。


「そっか。ありがとっ!」


 寝ているばあさんを起こさないようにゆっくりと店の引き戸を開け閉めして、自転車にまたがり、公園の“巨大岩”を目指した。


 まだまだプチパーティーまで時間はある。スルメを食べてゆっくりしてからでも十分に間に合う。公園の入口の柵の近くに自転車を置き、岩まで歩いて、その岩にドカッと座った。



 肌寒い公園には、俺以外に全く人影がなかった。俺がまだ幼稚園に通い始めた頃は、ギリギリではあるが、テレビゲームで遊ぶよりも外で鬼ごっこやケイドロや、キャッチボールをすることの方が多かったのを思い出す。よくここで幼なじみとキャッチボールしてたなぁ、なんてことを思い出した。


 俺には幼なじみが一人だけいて、女の子だが、男の子のように皆でケイドロや鬼ごっこをするのが好きなやつだった。キャッチボールも得意で、その子は抜群にコントロールが良くて、いつも皆の前で空き缶を遠くからゴミ箱へ投げ入れていた。


 と、そんなことを思い出していると、さっき自転車を置いた方から影が見えてきた。セーラー服を着ていて、少し高めの位置に結わえてある短めのポニーテールの、見慣れた女子高生がどんどん俺に近づいてくる。暖かいような、冷たいような、その間のような中途半端な温度の風が、黒髪で短めのポニーテールを軽く揺すった。その人影の手には、見慣れた紙袋。さっき俺が行った駄菓子屋の袋が握られている。見慣れたその人影は俺の姿に気づくと足を止めた。人影の正体は、クラスメイトの上岡梓だった。


「あれっ? 潤くん?」

「梓? えっ、どしたん?」

「いやっちょっと駄菓子屋によって買い物してから学校向かおっかなって思って」

 そう言いながら、梓ちゃんはちょっと微笑んで見せた。

「まさか俺と全く同じ考えとはね。さすが幼なじみ」


 上岡うえおかあずさ、通称、あずさは、俺と同じ三歳の、しかも同じ春の日に“公園デビュー”を果たした。それから親同士が仲良くなったこともあり、俺らはよく公園で遊ぶようになり、幼稚園でもよく一緒に過ごした。小学校では“六年連続同じクラス”と言う運命のいたずらまで経験した。


 中学では同じクラスにはなれなかったものの、常に成績上位の梓が、成績下位の俺に勉強を教えるという、情けない関係となっていた。高校受験に間に合うように特訓してくれたおかげで同じ高校を志望でき、受験会場まで行くのも一緒だった。


 高校に入ってからは、俺は自転車通学、梓はバス通学となって、一緒には通学する事は無くなった。いや、意図的に無くした。家を出る時間が偶然一緒だったので毎日のように姿は見えたが、お年頃な俺らはなんとなく目を合わせづらくて、一緒に学校に行くということが恥ずかしいことだと考えるようになっていた。


 幼なじみだからって、常に相手と一緒にいて相手のことを知り尽くしているわけではない。男女であるということを意識し始めてからは、普通の女友達よりもむしろ話しづらい。自分が全部知っていることはなくても、相手は自分のことを全部知っているかもしれないなんていう矛盾した不安が常につきまとっていた。


 さて、梓は気にしていないかもしれないが、俺は変な空気が流れていることに敏感に反応している。このまま無言の間が続いていくのもしんどいだけなので、何か話しかけないとと思った。色々と話題を考えて約三分。やっと一つの答えにたどり着いた。


「あの、良かったらさ、今日の前夜プチパーティ、一緒に行かん?」

 

 幼なじみだからね。幼なじみだから、誘っても別に不自然じゃないよね。ずっと一緒のクラスだったんだし。悪いことじゃないでしょ。そう自分に言い聞かせるように言い訳を紡いでいく。


「あ、うん。良いよ良いよ! ちょっと休憩してスルメ食べて、それから歩けばちょうどいいだろうし。さや達には先に行ってるって連絡しとくわ!」


「え、先約あったの?」


「うん、でも、大丈夫大丈夫! 幼なじみなんだから、ね!」


 梓が自分と同じような言い訳をしてくれることに、どこか少しだけグッと来るものがあった。


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