24:集団連行
急な呼び出しにビクッとするハナケン。
「ぁ、ぇ、オレ? まぁちょっと行ってくるわ。もし泣いて帰ってきたらその時は慰めてな。じゃっ!」
ハナケンはそう言うと、一応服装だけはちゃんと直して教室を飛び出した。卒業前の職員会議をしているはずなのに、何が起こっているのだろう。何か本当にやらかしたんじゃないのか。まさか昨日のがバレたか。となると、参加していた俺も叱られてしまうかもしれない。げっ。そうなると色々ややこしいことになりそうだ。女子のひそひそ話に聞き耳を立てると、更にその不安は倍増した。
「まさか、昨日のあれなんじゃない?」
あれ?
あれって何の事だ??
やっぱり前夜プチパーティがバレたか?
気になって仕方がないので、意を決して聞いてみる。
「あれって……何かあったん?」
「実はさ、昨日な、潤と上岡さんが途中で帰った後、場所を移動して河川敷で花火やってたんだ。そしたらさ、なんだっけな……なんか……飛ぶ花火があるんよ。それやってて。で、風に吹かれたやつがたまたま人の家に入っちゃって。やばいって思って、急いでみんなで逃げ帰ったんだよね。それかなって思って。私もけっこう不安でさ、昨日眠れなかったんだよねぇ」
「なるほどな」
それでみんな眠たそうだったのか。調子乗りのハナケンのことだからいつかは何かやらかすかもしれないとは思っていたが、まさか卒業式前日に花火をしてそれが民家に入ったのに逃げ出すなんて。それは流石にまずいだろう。まさかこんな大事になっているとは思ってもみなかった。
それで通報か、またはそこの住民が学校に来たかしたわけだろうな。自分には関係なかったのかと内心ホッとした。本当にそこの場にいなくてよかった。
すると、ハナケンの呼び出しからちょうど五分たった時、また生徒の呼び出しが始まった。
「生徒の呼び出しです。三年A組、朝倉、赤峰、井藤、内原、木下、坂木、反川、高橋、西岡、向井、桃井、安田。至急、第一会議室に来なさい。繰り返します。……」
一瞬頭の回転が追いつかなくなる。
いや、多すぎだろ。
卒業式の日にこんなことになるなんて。体育館にいるはずの下級生たちの間でも話題になっているかもしれない。先生も先生で最後まで対応に追われたりしたのだろうか。先生って大変だな。
「やっぱオレらもか……」
「絶対こうなると思ったんだって」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない。って、誰かが言ってただろ」
「誰がだよ」
「んじゃ、行ってくるわ。潤だけずるいわぁ」
「いや俺ほんと関係ねえし」
先にクラスの中でも中心的な男子グループが教室からだらだらと、ぞろぞろと出て行った。それに続いていくように残りの男子や女子グループもぞろぞろと教室を後にしていく。教室には、みんなの荷物と、俺だけが残った。また俺だけが教室に残されたのだった。
さっきまであんなに狭かった、騒がしかった教室がもぬけの殻だ。この景色どこかで見たことがあると思ったが、今朝のことだった。今朝もこんな感じだったなぁ。黒い塊が押し寄せて、まるで一つの塊が動いているあの感じ。そう、あの魚のあれだ。名前は結局最後まで思い出せなかったが、あの魚のやつだ。小学校の頃、国語で習った、あれだあれ。なんだっけ。
まぁ良いや。
それより、せっかく集まったのに一気にいなくなるなんて。一瞬でまた暇に戻ってしまった。
「一気に静かになったもんだな……」
あまりに突然の事で、つい口に出してしまう。教室は、さっきまでの賑やかさとはちょうど真反対の、シーンとした雰囲気が漂っている。体育の授業中はいつもこんな感じなのかな。なんて。開けっ放しの窓の内側で、カーテンが春風に揺られて頭を優しくなでてきた。
遠くに聞こえる他クラスのざわめき。何があったのか聞きに来た他クラスの数人の男子グループ。「何があったんだよ!」なんて聞いてくるが、多分知ってたら俺も呼ばれてると思うよ、としか答えられなかった。さすがに夜中に騒いで民家に花火入れたのに逃げたから怒られてるなんて、口が裂けても言えない。
いつものメンバーが全員呼ばれていってしまったので、その後ぞろぞろ教室に入ってきた他のクラスメイトはあまり話したことがない人ばかり。最後の日だからって思い切って色々話してみるのも手だが、そういう勇気がなかなか出ず、結局自分の席で携帯電話をいじったりして待った。
そんな時ふと思った。こういうなんでもない小さい思い出の連続が、いつか大きな塊になって“思い出”になっていくのかもしれないと。
だから、部活とか修学旅行とか文化祭だとか、そういう大きなイベントだけじゃなくて、なんでもない教室内のちょっとした出来事が高校生活の思い出になっていくんだ。きっと。
今まで自分には何にも残っていないと思っていたが、そうではなくて、こういうものの積み重ねが大事だったんだ。それは川に落としてしまった自転車がやがて島になっていくようなもので、上流から流されてきた土砂がハンドルやサドル、籠にどんどん蓄積されていって中洲となり、苔が生えて草木が生えてくるという過程そっくりであって、川の中州はどこからともなく現れたり、外から突然持ってこられたりはしないのである。
とはいえ、ハナケンたちのようにそこまで激しい思い出はなくて良かった。最後に怒られるなんて……。
いや、案外それもいつかは笑える日が来るのかもしれない。青春っぽいといえば青春っぽいのかもしれない。怒られても、蓄積さえすれば、思い出となるのだろう。
じゃあ俺には一体何が蓄積されたんだろう。いつものノリと、多少の知識と……梓?
なんだよ梓の蓄積って。別に何もねーし。
そういえば梓、まだ来てなかったんだな。何してんだろ。
携帯電話でメールを打ってみたが、すぐに返事は来なかった。




