20:花言葉
梓は急に話題を変えた。
「カリフォルニア・ポピーの花言葉って、知ってる?」
知ってる。俺はあの時、盗み聞きしてたから全部知ってる。ほんの数時間前に公園であった出来事を思い出した。大が梓にその花の鉢を渡して……あれ? 花言葉って、何だったかな……もう忘れてしまった。
「えっ……知らんけど」
本当は知ってるんだよ。知ってるけど、ちょっと思い出せないだけなんだ。
「カリフォルニア・ポピーの花言葉は、『私の願いを叶えて』。私には、秘密の願い事があるの。それを潤に叶えてもらえたらなぁって」
「秘密の願い事?」
また梓の意味深な発言が増えた。秘密って言われると、逆に気になるんだよなぁ。
「そう。秘密の願い事。あっ、教えてって言っても教えないからね。何せ秘密なんだから」
梓と一緒にいると聞きたいことが尽きない。昨日と今日だけで梓の知らないことがどんどん増えてしまっている。秘密の願い事を聞かせて欲しかったが、何も聞き返さなかった。と言うより、聞き返せなかった。ここでしつこく聞くのは、なんとなく格好悪い気がしたから。
「そっか。じゃあまた明日な!」
「……うん。おやすみ」
俺は梓と軽い挨拶をして、今度こそ家に帰ることにした。深夜徘徊なんてあんまりしたことないから、一気に眠気が襲ってきた。ゴミ捨て場を通りすぎようとしながら、ここで寝てしまうのを想像してみる。ゴミ収集車に弾かれて、きっと死んでしまうだろう。眠気を我慢しながら隣の家の前についてひと息ついた。やっと帰ってこられた。
ポケットの中から鍵を取りだし、まず門をそおっと開けた。立ち止まって1つ深呼吸。
ここで俺に見つかれば確実に怒られる。当然だ。こんな夜遅くまで、何の申告もせずに出かけたことなんて今まで無かった。絶対に怒られる。見つかりませんように、見つかりませんように。
正面のドアから横に回って、縁側と正面ドアの真ん中にある壁を、そこにある太いパイプをつたって、一気に駆け登った。この太いパイプのちょうど上には俺の部屋の窓があり、窓は、いざとなった時のために、ちょっとガタガタ揺らせば鍵が開くように緩めておいたのだ。小さい頃からこのパイプを登って遊ぶのが好きだったので、今日もすんなり登ることが出来る。 それこそ忍者のようにスルスルと駆け登っていく。ふと上を見ると、部屋の中から妙なオーラを出している人影が見えたような気がした。
まさかねぇ。
悪い予感がしたが、半分とちょっとすぎまで来たのに降りるのはなんだかもったいなくて、登りきることにした。すると、人影のようなものの方から、怪しげな声がしてきた。
「じゅ〜ん〜くん、こんな時間にどうしたの?」
悪い予感は的中したらしい。人影をよく見ると、それはやはり母さんだった。母さんはニヤニヤと怒りが混ざったような顔をしている。母さんの背中には、なんとなく我慢の二文字が分厚く書かれているような気がする。
「えっ、あぁ……ちょっと……ね」
身体中から血の気が引いていくのが分かった。 分かってはいたが、もうここから撤退するわけにも行かない。そうすればもっと悪い結末になるのは分かっている。わかったわかった。もう降参しますので、許してください。怒られる覚悟で自分の部屋まで登りきった。
部屋に入ると、そこはまるで、ファンタジー風RPGで言う、最終ボスの部屋みたいな雰囲気が漂っていた。こんなのいつもの俺の部屋じゃない。一体全体どうなっているんだ。その部屋のど真ん中で、母さんは仁王立ちして般若みたいな顔をして待ち構えている。お母さん、レベル、九九九。攻撃力、九九九九。暴力、九九九九九。権力、九九九九九九……勝ち目なんてないや。
窓際のベッドを飛び越え、すぐそこの床に正座し、頭を床に擦り付けた。
「あんた、どこほっつき歩いてたの!」
「あんた、今何時だと思ってんの!」
「あんた、なんでこんな事するの!」
ドラマか何かで聞き覚えのある台詞が、最終ボス、いや、母さんの口から次々と溢れ出てくる。聞き流せ、聞き流せ。どうせ素直に答えても怒られるだけだ。聞き流して、しっかり謝るしか無いんだ。
「明日が卒業式だってのに、全くこの子は!」
「いや、もう今日が卒業式の日だよ」
ついついノリでこういうしょうもないことにツッコんでしまう。悪い癖である。
「余計な事を、言わんでよろしい! 全くこの子は! もう!」
とうとう母さんからげんこつと言う名の隕石が落っこちてきた。
「もうあと何時間かしたら朝だから、早く着替えて寝なさい!」
母さんが部屋から出たのを確認すると、ほっと胸をなでおろした。こんなの今日が最後だ。高校さえ卒業すれば、あとは大学でひとり暮らししてやるんだ。明日への希望なんて綺麗な言い方ではなく、むしろ母親からの逃亡として大学生活をとらえてしまっている。でもまぁ、仕方ないよね。怖いもん。
梓も一人暮らしを始めるのかな。だからあんなにダンボールがあったんだろうな。そうなると隣の家どうしだった今までとは大きく何もかもが変わってしまうな。そう考えると、急にまた梓の顔が見たくなってきた。窓から梓の部屋をのぞくと、カーテン越しに明かりが灯っているのが見えた。なんだか安心すると共に、なんだか寂しさも感じた。




