18:CD買いたい
それから5分くらい歩くと、目の前に様々なコロッケが並ぶ店頭に着いた。辺りには、香ばしい美味しそうなコロッケの匂いが漂っている。その匂いの奥では、まだ若いコロッケが油の中で弾けるような音をたてている。その時、俺ら二人の気配を察したのか、看板娘のコロッケおばちゃんがゆっくりと歩み寄ってきた。
「いらっしゃい……あ、梓ちゃんじゃない! おつかい? 偉いねぇ」
梓はまたもお母さんのようなしっかり者の振る舞いを見せた。
「今日はねぇ、うちの隣に住んでる神崎潤くんのねぇ、初めてのねぇ、おつかいでねぇ、それでねぇ、ついて来てあげたの。偉い?」
梓が自分の歯を全ておばちゃんに見せるように、一生懸命な笑顔をした。
「うんうん。偉いよ」
コロッケおばちゃんも負けずに笑顔を作る。
「えへへ」
「ところで、今日は何を買いに来たんだい?」
コロッケおばちゃんの顔がにゅぅっと俺の方に向いた。
「……カニクリームコロッケ下さい」
「いくつ買う?」
俺は小さな右手でピースサインを作った。が、なぜかすぐに薬指が起き上がってきた。
「みっちゅ!」
コロッケおばちゃんから出来立てのカニクリームコロッケを入れた買い物袋をもらって、母さんから渡されていたお金を差し出した。それを受け取ったコロッケおばちゃんは、慣れた手つきでおつりを用意して、俺に丁寧に渡した。
「はい、おつりね。ありがとうねぇ」
達成感と充実感とコロッケのいい匂いで、嬉しくなってニンマリしている。
「さぁ、帰りましょ!」
また強引に梓に引っ張られながら、来た道を忠実に歩いた。しかしこの年頃の男の子は冒険好きな本能が一番働きやすく、俺は寄り道したくてウズウズしていた。
「ねぇ梓ちゃん、ちょっと寄り道せん?」
俺のその一言で、俺と梓はちょっと道を外れ、銀杏の木の横に岩がある、いつもの公園に行く事になった。その頃は一面銀杏の実が落ちていて、木枯らしが吹き、ちょっと肌寒かった。俺は岩にぴょんと飛び乗り、同じように梓も飛び乗るようにして座った。大きな岩だが、小さな二人が座るにはちょうどいいベンチだった。
「ん。これ」
俺は三つ買ったコロッケの内、一つを梓に渡した。
「えっ、いいの?」
「うん。いいよ!」
「これ実は好きなやつなんだ! ありがとね!」
「いいえ」
俺は残り二つの内一つをとって、かじるようにしながらコロッケを食べた。ほくほくとした食感と、立ち上ってくる湯気が、なんだか温かった。
――こんなところにも梓との思い出があったんだ。今になって考えると、街中、梓との思い出だらけだ。この商店街に限らず、街中が梓との思い出だらけ。
「ちょっと、前っ! 前っ!!」
聞き慣れた梓の声で、思い出の世界から急に現実の世界に戻された。ぼぉっとしていた目を無理やり見開くと、目の前にはド派手なトラックが行く手を塞いでいた。
「ヤバッ!」
トラックに触れるギリギリのところで右に急カーブし、細い道に入る。静かな夜によく響くクラクションにかするかかすらないかの瀬戸際で、間一髪逃れることができた。
「危なぁ。どしたの? ぼぉっとして」
「いや、なんでもない。なんでもない。大丈夫だから」
ジェットコースターに乗ったときくらいのハラハラドキドキ感を味わった俺と梓は、目の前のCD屋さんを通りすぎようとした。
「ちょっとそこで! そこで止まって!」
さっきの急カーブの時の心拍数を保ったまま急ブレーキをかけた。
「ちょ、ちょっと! ちょっと! 俺を殺す気!? 心臓に悪いわぁ」
「ゴメンゴメン。ちょっと買いたいCDがあるからさ」
この店は二十四時間営業のCD屋さんなんだが、こんな寂れた商店街で二十四時間営業して果たして利益があるのかどうかは分からない。だが、少なくとも卒業式前夜に深夜徘徊する俺らみたいなマセた奴には絶好の溜まり場となっている。今時の悪はコンビニで集団でたむろしては近所の人達の恐怖の的になっているが、それと同じ現象が目の前で広がっている。
「不良いるね。どうしよ」
「大丈夫、俺が行ってくる」
とは言ったものの、さっきの大に向かうよりも数段怖い。勢いだけで言ってしまったことに若干後悔している。
「え、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって! そこで見てて!」
俺は恐る恐る店の前まで進んだが、不良に絡まれると思うと、どうしてもそれ以上前に進めなかった。その時、絡まれないかと、ずっと見ていたせいか、不良と目が合ってしまった。
「ん? 何?」
「いや……ちょっとこのCD屋に用事が……」
「ぁあ? どけってこと?」
「いや、そんなんじゃなくて……すいませんでした!」
俺は何にも出来ずに、側で見ていた梓の所に戻るしかなかった。
「ごめん……やっぱり今日はやめとこうか」
「うん……」
その時の梓は、なんだか凄く残念そうな顔を見せた。
「大丈夫だって! 今日じゃなくてもさ、また買いに来ればいいじゃん!」
焦りながら必死に声をかけたが、梓から意外な言葉がかえってきた。
「……今日しかないから」
今日しかない? だって、梓の家からは近いはずなのに。
「え、なんで?」
梓は、やってしまった! という表情で答えてくれた。
「あ、いや、なんでもない! なんでもないよお!!」
また梓は無理矢理明るい顔を作った。
「さっ、帰ろ帰ろ! 早くしないと朝になっちゃう!」
そう言うと梓は俺の自転車の後ろに股がった。あの言葉が妙に気になったが、なんとなくあえて深くは探らなかった。
その時、遠くの方から花火が上がる音が聞こえた。突然の出来事に、俺も梓も目線がそっちに行く。花火大会ほどではないけど、かろうじて形を保っているしょぼい花火。なんでこんな時間に、こんなタイミングで季節外れの花火と出会うんだろう。今日は色々ありすぎて頭がついていかない。早く送って、すぐに寝よう。疲れがどっとやってきた。