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17:商店街


 俺はなんとなく目線をどこに移したらいいのか分からなくて、携帯電話を取りだした。

 さっきラジオを聴いたせいで残りの電池残量が三分の一しか残ってなかった。横に表示されている時計を見て、俺はテストが0点だった時のように少しだけ焦った。

 現在時刻、二時三十六分。やばい。梓を早く家に帰さないと。 


 俺はなんだか嬉しそうな梓に向かって、「さぁお嬢様、そろそろお帰りの時間でございますですよ」と、わざとらしく貴族風の言葉をかけながら左手を梓の方に向け、ペダルに足を載せた。すると梓はノリよく、差し出している俺の左手に右手をちょこんと乗せて、出発準備のためにキチンと横向きに座った。


「ほれ。寒いだろ?」


 さっきまで着ていた学ランを脱ぐと、梓の肩にかけた。狭い肩幅に、俺の学ランが力なく乗っている。 


「あ、ありがと。でも、そしたら潤が寒いんじゃない?」


「俺は大丈夫だから。ずっと自転車こいでたから、汗かきそうだよ」


 ていうかもうすでに汗をかいている。袖をまくって、暑い暑いと過剰なジェスチャーをしてみせると、ふふふ、と笑ってくれた。それが妙に嬉しかった。


「じゃあ……着させてもらうね。ありがと。ところでさ、ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」


 こんな夜中にまだどこか行く気か、と思ったが、よく犬がCMでウルウルした可愛らしい目付きをしているような目をしながら梓が俺を見つめてくるので、不覚にもドキッとしてしまい、全てを風にゆだねることにした。もうどうにでもなれ。


 自転車の荷台にいる梓を確認し、ペダルを強く踏みこんだ。冬の夜中に幼なじみと二人乗りで二人乗りだなんて、出来すぎている。


「ねぇ、潤?」

「ん? 何?」

「今どこに向かってる?」


 しまった。梓には行きたいところがあったんだった。


「えっ……梓の家の方向だけど」


「じゃあ、次の次の角を右に曲がってくれない?」


 右に行くと寂れた商店街の先に、大通りが広がり、駅に繋がる。また駅の方に戻るのだろうか。そうすればまた帰りが遅くなってしまう。


「あ、いいけど……どこに行くん? 早く帰らないとそろそろまずいよ」


「へへ。大丈夫大丈夫。秘密だよ」


 梓のしたい事が全く理解出来なくて、ただただ梓の言う通りに進んでいくだけだった。


 そのまま真っ直ぐ進むと、寂れた商店街が見えてきた。

 この商店街は美味しいコロッケ屋さんがあったのだが、不況で店を閉めてしまったのが今から五年前、中学生になりたての時だった。

 閉店にギリギリなるかならないかの時、おつかいで俺が買った「カニクリームコロッケ」がその店で最後に売れた商品だったと、その店のおばちゃんから聞いた。

 そこのおばちゃんは地元の名物おばちゃんで、昔から、『コロッケ姉さん』と呼ばれたりしていて、世代が変わる毎に、『コロッケママさん』『コロッケおばちゃん』に変わっていくほど人気があった。


 この商店街で今も“商店”として成り立っているのは、一番奥のラーメン屋と、その向かいにある新しいCDショップだけとなってしまっている。


 あのコロッケ屋さんには、もう一つ思い出がある。俺のはじめてのおつかいが、あのコロッケ屋さんだったのだ。四才の時、近所でおつかいをテーマしたテレビ番組の撮影があり、俺の母さんはそれに便乗するかのように、俺にいきなりおつかいを頼んだのだった。




――懐かしい思い出。


 当時の大好物があのコロッケ屋さんのカニクリームコロッケで、よくお母さんと手を繋ぎながら買いに行っていた。その頃ちょうど梓がはじめてのおつかいを済ませており、いつも一人で平気な顔をして買い物に行っていたりしていたのが、なんとなく羨ましかった。そこで、それに気付いていたのか、俺の母さんははじめてのおつかい場所をあのコロッケ屋さんに決めたのだろうと、今になってやっと気付いた。


 当時、とりあえず勢いよく家を飛び出したのだが、少しすると、一人ぼっちが怖かったのか、行く時と中身が変わっていない財布を手に、すぐに家に帰ってきて玄関に座り込んでいたらしい。それでも母さんは無理やり小さい頃の俺を追い出し、なんとかおつかいをさせようとしたらしい。しかし、そこまでしても俺はすぐに家に帰ってきて、玄関に座り込んでいたそうだ。


 そこに現れたのが、梓だったらしい。これもあとから聞いた話だが、俺の母さんは小さい頃の梓に事情を簡単に説明し、「一緒に行ってあげてくれない?」の一言に、梓がいい返事をしたと言うことで、梓のお母さんと電話で連絡をとって承諾を得たあと、俺と梓の二人の背中を押し出すようにおつかいに出したそうだ。


 小さい頃の俺と梓はしばらく二人で歩くと、そのうちまた俺の『帰りたい症』が発症し、家に向かって走り出したそうだ。申し訳ないのは分かっていたが、「たかが幼稚園に通っている俺には、まだ早かったんだ」と理由をつけておつかいを勝手に諦めた。


 その時、走り出すために大きく振った左腕を、誰かに掴まれた。俺の左腕と自分自身の体の進行方向がちょうど反比例して、俺は無理やり引き戻された。


 梓だった。梓は俺と目が合うと、不気味な笑顔を作って見せた。


「ほら、潤くん行くよ!」


 その後も何度か帰ろうとしたが、全部梓に阻まれた。何度も引っ張られた腕は、痛みが限界に達していて、次に引っ張られたら抜けるだろうと思うくらいだった。その頃の俺はただの細くて小さい子供だったため、男の子よりも先に成長期が訪れる女の子の前では屈するしかなく、ただただブスッとして悔しい気持ちを抑えるしかなかった。さらに追い討ちをかけるように、周囲の人間が俺ら二人を見て「頑張ってね!」とか応援してくるから、もう逃げることは出来なかった。


 コロッケ屋さんが見えてきた。黄色い看板に、昭和初期チックな文字で『昔ながらのコロッケ』と書かれている。梓は、ブスッとしている俺を引っ張るようにして先を歩いている。


「もうちょっとだからね! もうちょっとで着くからね!」


「……はぁい」


「ほらもっと元気出して! いつまでもブスッとしてるんじゃないの!」


「……はぁい」


「んもぉ」


 お母さんみたいな振る舞いをする梓に、周囲の人間は感心の意を示し、俺はますますブスーッとなった。


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